(小話) トルスト燃える
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嬉しくって、小話を追加しました。
アデレードは生まれた地を踏んでいた。
ギリアン王太子亡き後、トルスト王国は後継者争いと敗戦の賠償。
苦難の道を歩いていた。
キリエ侯爵が病を患い、介護のかいなく亡くなったのは、そんな最中であった。
アデレードとショーンはウォルフとベイゼルに守られて、カーライル・キリエ侯爵の葬儀に参列したのだ。
「生涯をトルストの平和にかけた人だった。
義父上がいなければ、もっと早く開戦して、長い戦いになったであろう。立派な人だった」
ショーンがアデレードを慰めるように言う。
「ええ、そうね。でも子育ては不器用だったね」
クスクスとアデレードが笑う。
つられてショーンも笑顔を見せる。
「アデレードがキリエ侯爵だ。けれど今のトルストではその価値は低いだろう」
治安は悪化し、物価も不安定だ。
各地で暴動も起きている。
キリエ侯爵が亡くなった今、王家の権威も貴族の統制もまとめる者がいなくなった。
もともと腐敗した貴族が多かった、それでも国という形を維持してきた。
ダリルをやっと説得して葬儀に来たのだ。
トルスト王国は危険が大きい。王都に長居することは出来ない。
「お嬢様、ありがとうございました」
アデレードとショーンに使用人の青年が礼を言う。
この青年に見覚えはなく、アデレード達が出て行ってから雇った使用人のようだ。
「お嬢様が泊まった宿屋の食堂で助けてもらった者です。
ショーン様からの手紙を持ってキリエ侯爵が来られて、僕と母はこのお屋敷で働くことになったのです」
ショーンの頭に思い浮かぶのは、バーランに逃げる途中に泊まった宿屋の食事の時の事。
アデレードもウォルフもベイゼルも思い出したようだった。
酔っぱらった貴族が食堂で働く女性に絡んで、ウォルフが助けたのだ。
そのことをショーンはキリエ侯爵に支援の手紙を書いた。
その女性には子供がいた、その子がこの青年か。顔も覚えていないが、立派な青年になっている。
「お嬢様、すぐにトルストをお立ちください。
僕は解放軍に所属しています。今夜、我らは決起します。
大恩ある侯爵様の為にも、同志が安全な道をご案内します」
その言葉でショーンは全てを悟った。
キリエ侯爵は王家存続を諦めて、平民達の解放軍を支援していたのだろう。
「ありがとう、君達に武運があることを願うよ」
その時だ、緊張がはしり、ウォルフとベイゼルが腰の剣に手をかけたのを、ショーンが止める。
「ショーン様、扉の影に誰かいます」
ベイゼルの言葉で、男が出てきた。
男はアデレードの前に来ると片膝を突き、頭を下げた。
「僕は解放軍指導者、ジュンクといいます。
キリエ侯爵は我らに教育を与え、支援をしてくださいました。
そのご令嬢で、バーラン王太子妃であるアデレード様を、命に代えてもお守り、必ず国境までお届けします」
アデレードは葬儀の参列で黒衣だが、その美貌が損なわれるどころか闇の女神の如くだ。
「父はトルストの平和を願う人でした。
その父が、貴方達がトルストの平和に一番近いと考えたというなら、それが天意なのでしょう」
ウォルフ、ベイゼル、ショーンを従えるアデレード。
解放軍の男達の目にも戦いの女神に見えるのかもしれない。
「私に人手を割く必要はありません。私を守る者がここにいますから。
ただ、ご助言の通りにすぐにここを立ちましょう」
アデレードの言葉をショーンが引き継ぐ。
「僕はショーン・サンベール、公爵だ。新しいトルストになった時は、僕が外交を受け付けよう。
覚えていて欲しい」
「必ず」
ジュンクと青年が深い礼をする。
ショーンが御者となり、アデレードの乗せた馬車の両脇をウォルフ、ベイゼルが伴走する。
王都を抜け、馬車が止まった。
馬車から降りて後ろを振り返って見た、アデレードの瞳に炎が映る。
王都が燃えていた。
生まれ育った国が燃えている。
アデレードの頬を涙が一筋流れる。
捨てた国だった、でも今だけは悲しまさせて。
ショーンもウォルフもベイゼルも何も言わず、遠くの炎を見ている。
これは新しく生まれ変わる為の炎。
「アデレード様、参りましょう。すぐに混乱が大きくなります。
その前に国境を越えたい。夜通し駆けます」
ウォルフに急かされて、アデレードは馬車に戻った。
闇夜を照らす炎が、人々を救う炎であることを願って。
とうとうトルストが無くなってしまいました。
もし、ギリアンが最初からアデレードを大事にしていたら。
もし、婚約解消しなかったら。
アデレードもショーンも出来ることをしただけのこと。
ギリアンもそうだったはず。
最後までお読みくださりありがとうございました。
violet




