来訪者
孤児院の中では、突然現れた男達に、シスターも子供達も恐れて寄り添っていた。
ベイゼルも外は守っていたが中に入るのは初めてである。
ディランが子供達に文字や計算を教えているので、孤児院内部に入っている唯一の大人の男になる。
「シスター、大騒ぎになって申し訳ありません。
きっと、怖くないと思いますわ。」
アデレードが奥から出て来て、シスターと子供達に声をかけると前に出て、カーテシーをする。
グレッグは片眉をあげ、アデレードを見る。
「こんなところで、お会いするとは思いませんでした。アデレード姫。」
シスター達は、物々しい雰囲気に縮こまっていたが、グレッグの姫という言葉に驚く。
「それは、驚かせて申し訳ありません。グレッグ王太子殿下。」
アデレードが呼ぶ名前は自国の王太子だ。シスターも子供達も、アデレードの名前は知らなくとも、グレッグの名前は知っている。
「それにしても、困ったわ。」
アデレードが困るのも当然だろうと皆が思うが、アデレードはとんでもない事を言う。
「お昼御飯、シスターと子供達の分しか作ってないの。
こんなに大勢になるとは、思わなかったのですもの。」
上手に出来たのよ、とアデレードが微笑む。
返す答えに躊躇している間にアデレードは続ける。
「そうだわ、殿下。手伝ってくださいな。
兵士の方は、子供達に聞いて野菜を畑から持ってきてください。私、虫がダメですから、洗ってから持ってきてくださいね。」
「アデレード姫!」
グレッグが声を荒らげるが、アデレードは平気だ。
「殿下には、私が調理しますから楽しみにしてください。」
ニッコリ笑って言うのはとんでもないことだ。
「バーランの姫がここで何をしているのだ?」
グレッグの言う事がもっともな事である。
「孤児院でしているのは、奉仕です。アレクザドルでは違うのですか?」
「私が、この国に姫を閉じ込めると思わなかったのか?」
グレッグは苦笑いしなから、アデレードに問う。
「考えましたけど、私、正々堂々と来ましたから、堂々と帰ります。
それより、大鍋が重いの。殿下こちらで手伝ってくださいな。」
と言いながら奥の調理室に向かうアデレード。
ディランは文官で力がないの、とまで言っている。
「兄上、とんでもない姫ですね。」
そう言えば、拐われた時も出戻った姫だった、とオットーは思い出す。
「この世に、二人といない稀有な姫だ。」
グレッグの言葉に周りの者も納得するしかない。
結局アデレードは、グレッグとオットーに大鍋に水を入れさせて湯を沸かした。
その間に、アデレードはじゃがいもの皮を剥きだしたが、見ている者が不安になるようなナイフ使いだ。
アデレードが指を切りそうで、グレッグが何度息を飲んだかしれない。
出来上がったのは、具材が少ない薄いスープである。アデレードはありったけの食器に盛ると、グレッグや兵士達の前に置き、食事の席に着いた。
アデレードが何の躊躇いもなく、薄いスープを食べるのを、グレッグは不思議そうに見た。
王家の姫だ。どんな贅沢もできるだろう。
だが、この姫は薄汚れた孤児達と、同じ席で同じ物を食べている。
欲しい、この姫を欲しい。
グレッグの脳裏に、今までとは違う意味の欲しいが沸き上がる。
美しい容姿に強い心。そして、慈愛の魂。
「美味しいでしょ?
私、料理の才能があると思うの。」
「とんでもない、姫は刃物を使ってはダメだ。
周りの者の心臓が止まりそうだ。」
グレッグはあわてて首を横に振る。
「あら、ここに来る前にはヌレエフの孤児院でも奉仕してきたのよ。」
どこも大丈夫でしたわ、と笑っているアデレードだか、ミュゼイラ達の顔色を見ても苦労が窺い知れる。
グレッグは、何故にこうなっている、と思わざるをえない。
だが、楽しいと感じている。王子として生まれて、こんな経験はなかった。オットーなどはすでにアデレードに懐柔されている。
「アリステアが焼いたパンよ。食べてみて、美味しいから。私は形作りをしたの。」
アデレードはオットーにパンを渡している。
姫は子供のお手伝いであるが、姫の侍女になる程の貴族の女性が、パンを焼くのもありえないことだ。
姫の為に、身に付けたということだ。
この姫の周りには、こういう者が集まってくるのであろう。
天の配剤、というのかもしれない。
そして、今の自分は姫の陣営にいるのだ。姫が認めることだけが、陣営の一員になる資格なのだろう。
ここで、姫を閉じ込めればどうなるかなど、わかっている。
姫の身体は手に入っても、天意は失くすのだ。
この姫が欲しい、愛しいと思う。
私は、男として生きるのか、王として生きるのか。両方を手に入れることができるのか。




