ロビン
ショーンにとって、たとえ誰がロビンの父親であっても、血の繋がった兄弟になる。
ショーンがロビンの唯一の家族だ。
ショーンは、ユリシアとサンベール公爵に、ロビンを引き取りたいと告げてあった。
もちろん、サンベール公爵家にではない。バーラン国内の子供のいない家に預けるつもりでいる。
「僕はロビンを引き取りたいと思っています。弟ですから。」
ショーンの言葉を予想出来なかったのであろう、スミスが目を見開く。
「父親として暮らしたスミス会長に確認をしてからと思いまして。」
スミスが首を横に振りながら答える。
「多分、私が父親なのでしょう。
だが、あの子といるとジェリーを思い出してしまう。」
ロビンが生まれた時は、嬉しかった。楽しいこともあった。
今は、カインに対しての罪悪感となってしまう。
「私に父親としての権限はありません。
そちらで引き取ってもらえるなら、その方が幸せになるでしょう。」
それでも、育てると言って欲しかった、とショーンは思う。
ジェリーが一番悪いが、追い詰めたのは男達だ。
ショーンはもう会うこともないだろうと、スミスに別れを告げ、商会を後にする。
自分の知る母親は優しかった。キリエ侯爵邸で変わっていく母親を見た。
父が浮気して、母を追い出した時に、母の心は壊れたのかもしれない。弱い人だったのだ。
古びた修道院でショーンはロビンに会った。
敗戦国の修道院は栄養状態もよくない。小さなロビンは痩せていた。
それでも、清潔な衣類を着ていた。修道女達が子供達を大事に育てているということだ。
国は次期王位を争って混乱状態が続いている。それでも、人は生きていかねばならない。
「君がロビンだね。僕はショーン・サンベール。」
君の兄だよ、という言葉が続かない。
ショーンは泣いて言葉が出なかった。
ロビンの瞳はショーンと同じ色だった。
兄弟なのだ、ロビンを抱きしめてショーンは泣いた。
小さなロビンの身体は温かい。
小さな手は、全てを許すようだった。
ショーンの人差し指をロビンが握りしめる。
「君は僕の弟だ。」
この子を守りたい、この子に罪などない。
二人で手を繋いで馬車に乗った。
ロビンを引き取る時に、幾ばくかの寄付を修道院にした。
修道院にいる孤児達が少しでも、平穏に暮らせるよう願いをこめて。
戦争は、たくさんの孤児を生み出していた。
戦争は早くに終結した。もし長引いていたらと、ぞっとする。
街も人ももっと荒れていたろう。
ショーンは鉱山には寄らず、そのまま帰国した。
バーランがショーンの母国だ。
ロビンを連れて、軍司令部に回る。訪ねたのはワイズマン師団長。
「その子が話していた子供か。すぐにベルンストを呼ぼう。」
ロビンは父に棄てられ、母に置いて行かれ、今、兄と別れる。
小さな魂に幸せを願わずにはいられない。
間違いなく弟なのだ。
子供は、愛情を与えられるのが当たり前のことなのだ。
アデレードには、ロクサーヌ亡き後、それが欠けていた。
ショーンが人を雇ってロビンを育てることもできるが、ユリシアと家庭がある以上、淋しい思いをさせるだろう。
血ではない、愛情のある家庭で育ててもらうのが一番いい、とショーンは考えるのだ。
コンコンとノックの音がして、軍人が入ってきた。
「師団長、お呼びと聞きました。」
そこにいたのは、ショーンもトルスト戦で共に戦った第4部隊長のベルンストだった。
「ベルンスト、先日話した子供だ。」
ワイズマンが、ショーンと手を繋いでいるロビンを紹介する。
「軍師の?」
「ベルンスト隊長、久しぶりです。
貴方が、ワイズマン師団長が推薦する人物だったのですね。
僕の弟のロビンです。」
トルストからバーランまでの旅で、すっかりショーンになついたロビンは、ショーンにへばりついている。
「母は亡くなり、父のいないこの子は一人なのです。」
ショーンがサンベール公爵家に婿に入ったことは、多くの者が知っている。
婚家に引き取る事は、難しいのがわかる。
「私でよろしいのですか?」
ベルンストが確認するように、ショーンを見る。
「ベルンスト隊長にお願いしたい。
弟をよろしくお願いします。」
ショーンが立ちあがり、頭をさげる。
「軍師、顔をあげてください。
妻が喜びます。ずっと子供が欲しかったのです。
こんな小さな子供とは思ってませんでした。可愛い。」
ベルンストがおずおずと、ロビンに手を差し出す。
ビクンとロビンはしたが、ショーンが手助けすると、ベルンストの手を握った。
「名前はロビン、2歳です。」
ショーンがベルンストに言うと、ロビンも2歳と指をたてる。
「可愛い。」
ベルンストの口から洩れる言葉。
「出来るなら、たまに会いに行っていいだろうか?」
ショーンが、ベルンストに尋ねる。
「もちろんですよ。
ロビンは我が家の子供になりますが、軍師と兄弟でなくなるわけではありません。」
ショーンが、ロビンの養子先として希望したことは、子供を望み、愛情深く育ててくれる夫婦。
ロビンと手を繋いで歩くと、幼い足では時間がかかるが、温かいという感覚が生まれる。
ショーンにとって初めての感覚であった。
子供の笑う顔は、こんなに幸せを与えてくれるのだ、と知った。




