グレッグの贈り物
ダリルの治療が済む頃に、ヌレエフ国王と王太子が、アデレードに面会を申し入れてきた。
ルドルフ、ダリル同席での面会である。
「夜分に失礼とおもったのだが、早くお会いしたくて。」
そう言って挨拶するのは、ヌレエフの王太子ダーカンである。
明らかに、アデレードに陶酔しているのがわかる。
「戦場で遠くから、お見かけした姿も美しかったが、近くで見ると妖精の如く儚げで美しい。」
よくぞ、軍馬に騎乗される、と変な感動さえしている。
王都から付いて来た事務官達よりも、もっとアブナイ。
「戦場では、何もありませんので休戦になったおりには、何か贈らせてください。」
今にもアデレードの手をとりそうなダーカン王太子にダリルが牽制する。
「今回の褒賞ということなら、ありがたくお受けするが、それ以上は困る。
これは、私の婚約者ですので。」
貴殿は、妻帯者であろう、とダリルが念をおす。
「いえ、決してそのような。
姫君にお礼を言いたかっただけで。」
ダーカンがあわてて取り繕う。
「これは疲れていて、休ませてあげたいのです。
向こうのテントで会議の準備ができています。」
ダリルにそう言われると、ヌレエフ国王と王太子も引き下がらざるを得ない。
トルスト戦、アレクザドル戦、計らずもアデレードは和平をもたらす立場となり、敵国兵士にまで、心酔されるようになった。
アデレード本人が知らないアデレードが作り出され、歩き始める。
戦争を止める為に、命をかけて戦場に降り立った儚き姫君。
アデレードの容姿は、イメージそのものだった。
翌日には、アレクザドル側から、アデレード立ち会いの希望がだされ、急遽ドレスの調達という、戦場に似つかわしくない騒動が起こる。
幸い、バーラン王妃からの届け物としてアデレードのドレスを、代理大使が元トルスト領に運んできたのを、アデレードの後を追った事務官達が持ってきた。
真新しい軍服など、手に入らない戦場での調印式で、アデレードだけが泥ひとつ付いてないドレスである。
ロビニーゴルに騎乗するために、華やかさはなく、薄絹が重なり光のような色合いをだしている。
リボンも、宝石の飾りもない。
髪に一輪の野の花が挿されている。
ダリルの補助をしながら、アデレードが調印式の場に現れると、全ての男達の目を引く。
グレッグが、忌々しそうにダリルを見る。
昨夜のうちにダリルの生存報告は受けていたが、自分の目でアデレードと一緒にいるところを見ると舌打ちをしたくなる。
バーラン王が証人となり、アレクザドル王国とヌレエフ王国の休戦の調印がなされた。
後は、速やかに帰国になるはずだが、グレッグがアデレードの元にきて礼をとる。
「休戦の証に、これを。」
そう言って差し出したのは、国宝にでもできそうな、大粒のルビーのネックレス。
「姫の愛馬の瞳だ。」
自分の瞳の色を持ってこないのは、上手いと言うしかない。
受け取って着けるしかないからだ。
「ありがたくお受け致します。」
アデレードは受け取ると、首に着けた。
この2日で、これだけの物を用意した国力。
休戦を受けてやった、と言わんばかりだ。
「よく似合う。
これで、休戦がなされた。」
グレッグが満足そうに言う。
「姫がそれを身に着けているのを見ると、休戦を確認することが出来る。」
それは、身に着けなくなると、休戦が終わる可能性があると言っているのだ。
王太子が亡くなり、アレクザドルは国内の調整に入るだろうが、やがて台頭してくるだろう。
グレッグは自分が王太子になる準備をしていたはずだ。
広大な大地と国民、新しい兵士を増員するのは目に見えている。
ダリルとグレッグの視線は睨み合うようである。
それぞれの軍が国に戻る。
戦争が終わる。
アレクザドルとは休戦であるが、戦力が落ちた今、当分は危機的状況になるとは考えられない。
戦後処理、それには膨大な資金も時間も必要だ。




