トルスト王国の未来
トルスト王とアデレードが会見したのは、翌早朝のことだった。
それぞれが兵士に守られ、国の存亡をかけての交渉である。
アデレードの護衛として来た事務官達が、実に役に立った。
文章能力は、軍人とは比べ物にならない。
昨夜、宿屋の一室で事務官達と軍幹部、ショーンが草稿を繰り返した。
胸をはってドレスを翻し、アデレードはトルスト王の対面に立つ。
王太子の婚約者という位置にありながら、会った事のなかった王。この人も、周りに任せたままの人だったのだろう。
バーラン王家の血筋を取り込む、それだけが目的の婚約。
王の横に立つ人を見る。
カーライル・キリエ侯爵。
アデレードの父である。
この人は、バーランとトルストの戦争を避ける為に手を尽くした人であった。
子供を後妻に任せて奔走したが、戦争に突入した。
カーライルは、アデレードがその場にいることに驚くばかりだ。
「なんて事を!
こんな危険な場所に来るなんて!!」
カーライルの声が響き、今にもアデレードの元に走って来そうである。
「私にとって、生まれた家が一番危険な場所でした。」
アデレードは、苦笑いするように答える。
カーライルが、何度後悔しても取り戻せない時間をアデレードが言う。
「それでは、こちらの条件を述べます。」
ショーンがカーライルに一礼すると後を受ける。
バサッと取り出した書面をトルスト側に渡す。
受け取って王に見せるのは、キリエ侯爵。
王の顔色が変わり、キリエ侯爵が異論を唱える。
「とても、この条件を飲むことはできません。
国の半分がなくなる。」
「では、我々はこのまま王都に進軍しましょう。
国の半分ではなく、国が無くなります。」
まだ18歳というのに、貫禄さえあるショーンである。
ショーンもアデレードも子供ではいられない時を過ごした。
そこで、トルスト王がアデレードを見る。
「姫には、トルストの血が流れている。
共にこれからを歩もうではないか。」
今更ながら、それを言うか。
その気持ちがあったなら、もっと早くキリエ侯爵の進める和解案を実行していただろう。
敗戦してもなお、保身に走るのか。
それまで黙っていたアデレードが口を開いた。
「その時は、終わりました。
これだけの犠牲の上で、それでは終われません。
どちらの国の兵士も誇りを胸に戦いました。
それをなかったような事には出来ない。」
その瞳は燃えるようだ。
「ギリアン王太子殿下は、将として責任を取りました。
これが正しいかはわからない。けれど、どの兵士にも家族がいて愛する者がいた。
私達は国をかけて戦いました。
それをギリアン王太子殿下はわかっていらっしゃいました。」
私もわかってます、とアデレードが付け足す。
まず自分の首を差し出して国民を守る気持ちはないのか、と問いたい。
父はこの王を知っていたのだ。
だからこそ、母を守りたかったのだろう。
ダリルと生きる道を選んだアデレードには、他の道はない。
バーランで生きていく。
「残念です。」
身を翻し、決別と言わんばかりのアデレードに、後ろから声がかかる。
「待ってくれ!
国民にこれ以上の犠牲を負わせるわけにはいかない!」
キリエ侯爵が書面を握りしめていた。
「陛下、ご決断を。」
カーライルもショーンもアデレードもわかっていた。
近いうちにこの国は無くなる。
ギリアンが亡き今、後継者争いは避けられない。
内戦に突入するかもしれない。
バーランが占有した地域は、その混乱から避けられることを。
けれど、現在のバーランは、アレクザドルと戦争中でもある。
未来は誰にもわからない。
トルスト王とアデレードが、書面にサインをし、終戦が宣言された。
敗戦国トルストは、国土を大きく減らす事になる。
さようなら、キリエ侯爵。
もう会うことはないだろう、父親に別れを思う。
ロクサーヌが亡くなった時に、カーライルが悲しみのあまり、アデレードを遠ざけた時からこうなる運命であったのだ。
父親から捨てられたと思ったトルスト時代。
だが、今、父親を捨てる。
トルスト軍はギリアンの遺体を引き取り、バーラン領地となったザプールの町を去る。
もう、アデレードの心はここにない。
バーラン軍は今も、ヌレエフとアレクザドルの国境で戦っている。
アレクザドルの10万の大軍に、数では大きく劣っている。
苦戦しているのが、わかっているのだ。
バーランの第1師団はトルスト戦に、第2師団がアレクザドル戦にと別れて戦ってきた。
援軍として第1師団を連れて駆けつけたい。
ダリルの元に行きたい。




