ザプール
ザプールは、バーラン国境に向かう街道沿いにある小さな町である。
ウォルフ率いる第2部隊が、先行隊として調査に向かう。
アデレードという主君を守る為にも、万全の態勢で臨まねばならない。
トルスト王がどのような態度に出るかもわからない。
常ならば、ウォルフとベイゼルがアデレードの護衛にあたるが、軍に属する以上、戦争時はそうできない。
王都からアデレードを護衛してきた事務官達が、その任にあたった。
ウォルフ達が彼等に任せる事が出来たのも、アデレードに付いて数日であろうが、麗しい姿と強い志に心酔しているのが分かる程であったからだ。
「これからトルスト王国内に進軍します。
決して略奪や女性達への乱暴をしないように。私は決して許しません。」
進軍前にアデレードは軍の前で宣言した。
それは、これから統治するようになるかもしれない地域なのだ。
住民の協力は不可欠である。
バーラン兵士の姿に、ザプールの人々は建物の中に隠れているようだ。
自国が敗戦したことは、すでに知れ渡っており、バーラン兵が無謀な要求をするのではと思っているのかもしれない。
ウォルフは町で1番大きい宿屋に入ると店主を呼んだ。
出て来た店主は、首を斬られるとでも思っているのか、逃げ腰である。
「大丈夫だ、安心しろ。
ここを借り上げる。もちろん宿代を払う。」
ウォルフの言葉に、店主は安心したようで表情が一気にゆるんだ。
「旦那様、いったいどれぐらいの兵の方が来られるのでしょうか?」
どれほどの兵を詰め込むのかと、不安に思っているようだ。
食事や寝具、初めてのことに戸惑っているのだろう。
「店主、ここには我が主が滞在することになる。
厳重な管理を我々は求めているし、我々がこれから確認に入る。
よかろうな?」
ウォルフの言葉に、ブンブン頭を振って、店主が頷く。
「それから、女中がたくさん必要だ。それも若い女だ。」
店主は震えあがって、ウォルフに取りすがった。
「旦那様、どうかお許しを。
この小さな町では娼館などなく、若い娘は町の娘しかおりません。」
店主は泣きそうに震えている。
ははは、とウォルフが笑うと、店主はさらに震えあがる。
「お前も人が悪いな、店主、大丈夫だ。」
ウォルフの横からベイゼルが口をはさんだ。
「我が主は、姫君だ。
姫君の世話をする女が必要なのだ。」
姫君と聞いて、店主は腰を抜かさんばかりである。
この戦争で、トルストでは万を超す死者が出ている。
負傷者はもっと多い。その将が姫君などとは思ってもいなかった。
「だが店主、姫君に何かあれば、この町はすぐに焼きつくされる。
わかっておろうな?」
「分かっております。」
店主は、床に着くかと思うほど深く頭をさげる。
だが、その店主は、やがて到着したアデレードを見て更に驚く。
姫君といっても男勝りの大柄な女性を想像していたであろうが、アデレードはまだ少女だ。
赤い眼、白い鬣の軍馬に乗っているが、薄絹のドレスで長い髪をたなびかせている。
なにより美しく人目をひく。
馬も異質だが、騎乗の主は戦場にいること自体が信じられない。
馬を降り、アデレードは周りを見渡して、第2部隊の人員を確認した。
「ウォルフ、ベイゼル御苦労でした。」
アデレードが声をかけると、ショーンが先導して宿に入って行く。
「しばらく世話になるわ。」
アデレードに声をかけられた店主たちは驚くばかりだ。
バーラン王家の姫君と聞いている。王族が自分達に声をかけるなど思いもしてなかったようだ。
「店主、この宿には氷室がありますか?」
「は、はい。」
「悪いけど、後の棺を入れて欲しいの。
トルスト王が来るまで、出来るだけ綺麗な状態でいたいから。」
ショーンは店主に多めに支払うと、女中達にアデレードの身支度の手伝いを指示した。
ワイズマンは兵達に棺を氷室に運ぶように指示すると、警備の配置を始めた。
宿の中も外も厳重な警備体制となる。
ザプールの町は、まるでバーランに占領されたかのように、バーラン兵であふれた。
アデレードの姿を見た者や、バーラン兵が統率がとれていて強奪などをしないことから、町では徐々にバーランを受け入れる態度になってきた。
明日の朝には、トルスト王も到着すると連絡が来た。
戦争終結に向けて、人が集まる。




