終戦にむけて
マックスは治療を受ける為に、バーラン王宮に戻る事になった。
戦場では、医師達も思うように治療が出来ないからだ。
大量の捕虜達は、元ナデラート伯爵領内で収容することになった。
ナデラート伯爵領は没収され、今は王家預りとなっているので都合がいい。
逃げ帰ったトルスト軍によって、トルスト王国内ではギリアンの死亡も敗戦も伝わっていることだろう。
王族であるアデレードが、終戦調停のため、トルスト王都に向かう事が問題だった。
ギリアンが生きていたならば、ギリアンとアデレードで調印ができたが、ギリアン亡き今、トルスト王と調停するしかない。
敗戦国のトルストに入る事は危険を伴う。
トルスト側にとっても、王都までバーラン軍が進軍するという事は、バーランに従属させられる可能性もあるのだ。
国境線の変更だけでは済まない。
国の存亡が関わってくる。
そうならない為にも、トルストは穏やかにバーラン軍を迎え入れると考えられていた。
倒れて運ばれたアデレードの意識は直ぐに戻ったのだが、数時間の休養を必要とした。
アデレードが休養に使った部屋から出ると、既に会議は白熱していた。
王族の調印は必要だが、アデレードを危険に遭わせない、という共通した意見が、アデレード不在でなされていた。
「姫様には危険が多すぎます。」
一歩も譲らないのが、第1師団長ワイズマンだ。
ワイズマンは、トルスト王が国境に出向いて来るのを待つべきだと言うのだ。
「ギリアンを早く帰してあげたい。」
アデレードは、周りの人間が思いもしなかった事を言う。
「私はトルスト王都に向かいます。
いつ来るか分からないトルスト王を待つより、進軍したい。」
この中では最年少であるアデレードが唯一の王族だ。しかも女性で、武術の心得はない。護身術を少し習った程度である。
「早く終結して、国民を安心させたい。
今も、アレクザドル国境では第2師団が戦闘しています。そちらに援軍をまわしたい。」
ドンドン!
扉を激しく叩く音が響いた。
ワイズマン第1師団長は、目配せをすると部下に扉を開かせる。
飛び込んできたのは、警備兵だ。
「トルスト王の親書を持ったトルスト兵が来ております。」
「私が確かめに参ります。」
ワイズマンはアデレードに礼を取ると立ちあがり、建物の外に向かう。
その後を追いかけるのはショーン。
元々、トルストの後方指令基地である建物だ。
大きくない建物だが、不慣れな場所である。
警備兵に案内されて外に出ると、数人のトルスト兵が膝をおって礼を取る姿勢で待っていた。
「師団長、あの者は昔、トルスト王宮で見た事があります。」
ショーンがワイズマンに中央にいる者を指す。
ショーンは、ギリアンの学友としてトルスト王宮に出入りしていたのだ。ギリアンの侍従や王の側近と顔を会わす機会もあった。
「初めてお目にかかります。
第1師団長とお見受けいたしました。
私はトルスト王よりの親書を持って参りました、ガイド・コールマンと申します。」
敵陣営となっているところに、僅か数名で来たのだ。命がけであるのだろう。
たとえ敵兵であっても、敬意を払うべきとワイズマンは思う。
ショーンを見ると頷いている。
「こちらへ、姫君の元に案内しよう。」
ワイズマンを先頭に、トルスト兵は厳重に監視されて建物の中に入った。
コールマンは、アデレードを見て目を見開いた。
「昔、殿下に挨拶に来られた姫君をお見かけした事があります。」
手に持った親書を差し出しながら言う。
「その時の私は、どのようでしたか?
隠さずに答えてください。」
薄絹のドレスを身にまとうアデレードは、誰が見ても美しい。
「ご病気とお聞きしてましたが、痛々しい程に細いお身体でした。」
今のアデレードからは想像もできない姿をコールマンが言う。
アデレードはショーンを見て、首を縦に頷いた。
「間違いない、王の側近と確認した。」
ショーンは親書を受け取ると、アデレードに手渡す。
アデレードは親書に目を通すと、ワイズマンとショーンに渡した。
トルスト王はすでに出立して、ここに近いザプールの町を目指しているという。
その町で終戦調停をしたいとの旨であった。
「わかりました。
受けましょう、トルスト王に返事を持っていってください。
その前に・・」
アデレードがコールマン達に返事をする。
「隣の部屋にギリアン王太子がいます。
兵に案内させましょう。」
アデレードの言葉で、バーラン兵がコールマン達を案内する。
アデレードはその間に、ショーンの指導を受けながら、返事の親書を書き始めた。
「ギリアン殿下!!」
縋りついて泣いているのだろう。すすり泣きの声が聞こえる。
ギリアンはベッドに安置されて、ショーンが血を拭き、衣服も整えてあった。
コールマン達は隣室から戻ると、アデレードからの親書を受け取り、トルスト王に報告するべく飛び出していった。




