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国境線を越えて

とんでもなく高飛車な事を言っているとアデレードも思う。

だが、自分が戦力になることはない。

ならば、兵士を鼓舞するのが役割ではないのか。


家族の為、国の為、もちろんだ。

戦の女神を演じようではないか。



バーラン軍は夜明けと共にトルスト陣営に急襲した。

トルストにとって、バーランの王子に矢を射ち、士気が上昇していたところに受けた奇襲である。


アデレードは後方から様子を見ていた。

敵も味方も無傷という訳にはいかない。

運び戻される傷ついた味方の兵士達。目を背ける事はできない。これが戦争なのだ。

それでも、バーラン軍が追い詰め、トルスト軍が撤退を始めた。


開戦してから、短くはない日数が経っている。兵士の疲労もたまっていた。

初戦から有利に進んだバーランが、マックスの負傷があったもののトルストを追う形になった。



トルスト後方司令部にウォルフ、ベイゼルが率いる第2部隊が斬り込んだ。

兵士に守られてギリアン王太子がいる。


ギリアンが剣術に優れていたとしても職業軍人とでは、ギリアンに勝ち目はない。

バーランは将であるマックスが倒れても、戦闘を続け、アデレードが来たことで復活した。

トルストはギリアンをなくしても、戦闘を続けられるだろうか。


兵士の数ではトルストが勝っていただろう。

お互いに長い年月準備を重ねての開戦であった。

両国の違いは、ショーンとアデレードの存在なのかもしれない。


ショーンが立てた土砂崩れを起こす作戦は、綿密な調査と知識がなければ、的確に土砂崩れを起こせるものではなかった。

そして、戦局が有利であっても、マックスの戦線離脱で兵士の不安が出るところをワイズマン師団長やショーン、各部隊長が補い、アデレードの参戦で一気にたたみかけに出た。




朝日が完全に昇るころには、決着が着いた。

バーランの勝利である。


ロビニーゴルに乗ったアデレードが国境を越えた。

もう、戻る事はないと思って越えた国境だった。


充満する血の匂い。動ける者はすでに救護室に運びこまれた。

捕虜も収容され、そこにあるのは息絶えた兵士の骸。


「姫様、こんな所においでにならず、後方の基地でお待ちください。」

返り血でどす黒くなった軍服を着たベイゼルが、迎えに出た。

「ベイゼル、ケガは?」

「大丈夫です、支障になるほどではありません。」


「バーラン王族として、私は見届けねばなりません。」

アデレードの顔色は悪い。

王都から駆けて来て、すぐの出陣である。

安全な後方だったが、戦闘の場に立ったのだ。

体力も精神力もギリギリの状態でいる、と見てとれる。



捕虜になることを抵抗したのであろう。

敗戦を感じていたのであろう。

責任を取ろうとしたのか、王太子である矜持が捕虜になる事を否定したのか・・

トルスト司令部の中には、ギリアンの変わり果てた身体が横たわっていた。

その側にはショーンが涙を流していた。

かつて、友と呼んだ仲であった。


「アデレード、お前の手で目を閉じさせてやってくれ。」

アデレードが来たことを知ると、ショーンが声をかけた。


目を見開いたまま息が絶えているギリアンの瞼を、アデレードはそっと閉じさせてやる。

それは、アデレードとギリアンが初めて触れた瞬間。

婚約者の時は、病気が移るとギリアンはアデレードに触らなかった。

ショーンの結婚式で会った時には、痛い程の視線を感じていた。そこには侮蔑はなく・・・

「お休みなさい。ギリアン殿下。」



どこかで違う道はあったのだろう。


もし、ギリアンが最初からアデレードに優しくしていたらとか、カーライルが再婚しなかったらとか考えてしまう。


あまりにたくさんの犠牲であった。


アデレードの頬を涙が伝う、戦争なのだ。

建物の外では、バーラン兵士達が勝利の歓声をあげ、処理をしている。

そこまでだった、アデレードが自分を保っていられたのは。


「アデレード!」

ショーンが崩れ落ちるアデレードを受け止める。

意識が薄れていくアデレードに、

「よくやった、ゆっくり休んでいいよ。」

ショーンが声をかける。

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