アデレードの選択
ダリルは、馬をヌレエフ王国に向けて走らせていた。
供はフランドルと第一部隊。
トルスト戦が有利に進んでいる今、アレクザドルとの開戦に備える為だ。
アレクザドルが大軍で隣国ヌレエフに進軍しているとの情報で、ヌレエフと共闘で迎え討つバーラン第2師団と王であるルドルフに合流するのだ。
ダリルが抜けた後、弟のマックスが将となるが、第1師団長のワイズマンがいるので心配はなく、トルストとの戦闘はこのまま有利に進むと思われた。
「殿下、ヌレエフは雨季です。」
出立前にショーンから言われた。
アレクザドル戦の戦略は、もう何度も練ってきた。
そのうちの一つに雨季にのみに効果がある作戦がある。
「殿下、ご自身を囮に使うつもりですね?」
ダリルが答えないのを、肯定ととったのだろう。
「あの作戦は、殿下が囮なら効果は絶大ですが、味方の最後尾を走ることになります。
囮自身が巻き込まれる可能性が大きい。
音に注意してください。」
ショーンの言った言葉が、馬を駆るダリルの脳裏によみがえる。
バーランとトルストの開戦の情報は、各国を駆け巡る。
諜報員を忍ばせてあるアレクザドルは、直ぐに手を打ってきた。
ヌレエフ王国への進軍である。
トルストと交戦に軍が行っているバーランの、背後から狙うような形である。
ヌレエフからの要請を受け、ルドルフが第2師団と援護に向かう。
ヌレエフは小さな農業国家で、軍の規模も小さくアレクザドルの進軍に耐えれそうにない。
元々、ヌレエフだけでなくバーランを視野に入れているアレクザドルは、10万の大軍と王太子と第2王子が指揮官として出てきている。
トルスト国境では、土砂崩れを乗り越え戦闘が再開されていた。
山岳部を越えた斥候部隊は、トルスト駐屯地に火矢を射るも、思うほどの効果はでなかった。
トルストも、何年も戦争の準備をしてきたのだ、簡単にはいかない。
反対に、トルスト側から大量の部隊が山の中に潜り込む形になった。
それは偶然が重なった結果だった。
トルストの部隊は、バーラン軍の駐屯地の近くの山まで忍んで来ていた。
追い風に乗って、矢は遠くまで飛ばす事ができた。
マックスの警護が離れた瞬間、背後から矢が飛んできた。
「殿下!!」
矢を受け倒れるマックス。
兵が山に入るも、トルストの兵を逃がしてしまった。
トルスト側に、将を射た者が逃げ帰るということは、一度に戦況が変わることもありうる。
マックスを元ナデラート伯爵邸に運び治療をすると同時に、ワイズマン師団長が進軍を始める。
バーラン兵に動揺があるものの、それを考える余裕を持たせない。
マックスが負傷した報は王都にも届いた。
王が第2師団と遠征した後を、サンベール公爵をはじめとした議会が預かっている。
王と王太子の代理で王妃とアデレードが臨席している。
「殿下の傷の状態は!?」
報告の兵に議員が尋ねる。
「意識はおありですが、予断を許さない状況と医師の診断であります。」
王妃は口を両手で押さえ、震えるのを耐えている。
「サンドラ様。」
アデレードが小さな声で王妃の肩に手を添える。
その間も戦況の報告は続く。
「サンベール参謀の指示で山狩りを続行しております。
こちらには詳細な地図があり、有利な状態でありますが、殿下の負傷で兵に多少の不安が出ています。」
サンベール参謀、ショーンの事だとアデレードも理解する。
旗印となるべき王族の不在で、敗戦への不安がでているのかもしれない。
ガタン。
アデレードが立ちあがった。
「私が行きましょう。」
「なりません!」
大声をあげたのは、サンベール公爵か、王妃か。両方であろう。
「軍の訓練も受けておらず、戦場に向かうなど危険すぎます。
アデレード様は普通の姫君なのですよ。」
サンベール公爵がアデレードを止めようとする。
普通の姫君。
言われた言葉にアデレードが微笑む。
今まで、普通などと言われた事があったろうか。
「公爵、ありがとう。
でも、行かねばなりません。」
その場にいる誰もが、アデレードの気迫を感じ取っていた。




