トルスト進軍
ガッシャーン!!
グラスが割れて派手に飛び散った。
ギリアンが手に持っていたグラスを叩きつけたのだ。
報告を持ってきたのは、取り巻きの一人で、ゾーテック・スマトラ。
ショーンとも学友で、ギリアン王太子の婚約者だった頃のアデレードを知る一人でもある。
あのアデレードに、ギリアンがこうも固執するようになるとは思いもしなかった。
ゾ―テックの知るアデレードは、ショーンに連れられ王宮に来ても、ソファーに大人しく座っているだけのガリガリの子供だった。
女の子らしいところなどなかった。
「ダリル・バーラン王太子とアデレード・キリエ・バーランの婚約は、アデレード姫の後援にサンベール公爵家がつくことで決定したようです。
国内最大派閥を尊重したということになります。」
ゾーテックが報告を続ける。
第一、ギリアンにはすでに婚約者がいるのだ。
小国とはいえ、王女である。
「ギリアン、冷静になれ。
婚約解消したのは、お前の方だろう。」
「そうだ、それが間違いだった。
あんなに美しく育つとは思いもしなかった。」
ギリアンは机の引き出しから、国境地帯の地図を取り出す。
「ゾ―テック、すぐに進軍だ。
父上は悠長すぎる。
キリエ侯爵の反対など、抑えてしまえ。
鉱脈地帯の開発が優先だ。」
鉱脈が優先ではない、アデレードを手に入れるのを優先だ。
ギリアンは、今の婚約を解消して、バーラン王国に結婚を申し込もうと思っていたが、その時間はなくなった。
長らく国境地帯の問題は解決できずにいて、条約締結することも難しい状態が長く続いている。
最初は、ギリアンに反対していた王も、先制攻撃で優位に立つべきとの考えにいたった。
お互いが戦争を思慮に入れていたため、準備はすでに整っていた。
数日後には、バーラン国境にむけて全軍が王都をたった。
ギリアンはこのまま進軍し、バーランの王都まで行く気でいる。
そうすれば、軍隊に脅えているアデレードをそのままトルストに連れ戻すことができる。
ガリガリのアデレードは、いつ来ても部屋の隅で脅えて座っていた。
そのまま美しく育ったと、ギリアンは思っている。
戦争が始まれば終結するために、バーランはアデレードを差し出すしかない、とギリアンは単純に思っている。
アデレードが聞いたら、バカにして大笑いしそうである。
トルストも長い間、戦争とは無縁であった。
王とギリアンの思惑は違っているが、二人とも戦争は初めてである。
戦争に進んだトルストは、もう戻る事はできない。
ギリアンは国境に着くと、軍幹部からの説明を受ける。
明日の進軍にむけ、念入りに打ち合わせが進む。
そのころ、ダリルは国境近くまで来ていた。
ギリアンが国境の砦に入った事は情報を得ていた。
今夜中には、バーラン側の砦に着く事ができるだろう。
すぐに会議に入り、迎え撃つ準備をする。
以前からショーンに、調査させていた国境である。最新の地図も作製されており、山岳部が戦場となる可能性がある。
バーラン軍にとって恐いのは、ギリアンよりもキリエ侯爵である。
戦争回避派だった、キリエ侯爵が戦争でどうでるかで、戦力が大きく違ってくる。
ダリル達は砦に着くと、まず馬を休ませた。明日はどれほど走るかわからない。
「殿下。」
ショーンが声をかけてくる。
「あちらに用意ができてます、先に食事にしましょう。
それから軍略会議です。
隊長達にも30分後に集合と声をかけてあります。」
わかった、とダリルは答えると足早に砦の中に入った。




