出陣する
ダリルは腕の中で眠るアデレードを見つめていた。
愛しい。
頬には痛かったのだろう、涙のつたった跡がある。
起こさないようにしていたのに、アデレードが目を開けた。
「ダリル。」
アデレードが小さく名前を呼ぶ。
「時間だ、もう行くよ。」
ダリルが動くと、アデレードから吐息が漏れる。
「帰ってきて。」
アデレードの手がダリルの胸におかれる。
「幸せすぎて怖い。
幸せがなくなりそうで、怖い。
絶対に帰ってきて。」
ポロリ、と涙がアデレードの頬をつたい流れ落ちる。
強いアデレードがダリルの前だけで見せる弱さ。
この娘を守るために戦うという強い思いがダリルに沸き上がる。
この国を守るため、この娘が安心して暮らせるようにするために自分は行くのだ。
細い肩を抱き寄せると、お互いの体温が混ざり合う。
何度もキスをしてから、ダリルがベッドから出て服を着始めた。
「無理をさせた。まだ寝ていなさい。」
ダリルがアデレードに声をかけるが、アデレードは這ってでも見送りに行くのはわかっている。
「いってくる。」
「いってらっしゃいませ。
ご無事をお祈りしております。」
視線が重なる。それを断ち切るようにダリルが背を向け部屋から出て行った。
ダリルが去った部屋に静寂が訪れるが、アデレードは手を伸ばし、ベッドの上に散らばった夜着を手に取る。
「ミュゼイラ。」
アデレードが声を出すと、居間に控えていたであろうミュゼイラがすぐに寝室に入ってきた。
「出陣式に参列します。
用意をお願い。」
ミュゼイラはアデレードに手を貸し、ベッドから出るのを手伝う。
ダリルが寝室から出て行くのを待っていたであろう侍女達が、湯あみを介助し、ドレスを準備する。
彼女達に隠し事は出来ない。
朝日が昇ろうとしていた。
窓の外は薄明るくなっていく。
神になど祈ったことなどない。
でも、今は祈りたいとアデレードは願う。
どうか加護を与えたまえ。
窓の外に陽が射してくる。
夜が明けると、王宮前の広場で出陣式が行われた。
騎馬兵を中心とした、大隊が並び、王の激励を受ける。
緊張関係にあった両国だが、戦争からは遠ざかっていた。
漆黒の軍馬に乗ったダリルが、王の前に進み出た。
儀式用ではなく実用性のある軍服を着ている。
王族としてアデレードは、王の後ろに王妃とともに控え、言葉もなく見つめている。
朝の肌寒いぐらいの空気が緊張を伝える。
「我、ダリル・バーランは、ここに勝利を誓う。
家族を、愛しい人を守る為、我らは進む。
必ず、栄光を持って帰る。
皆の者、生きて帰るのだ!」
ダリルの宣誓に、大地に響くほどの歓声があがる。
軍全体が震えている。
広場に居るのは数千の武官だが、門の外には下級兵士3万が待機している。
ダリルの馬が駆けだすと同時に、武官達の馬も隊列で追いかける。
その後を3万の兵士が追う。
土煙と地響きをあげ、大軍が王都を駆け抜ける。
物資を運ぶ軍の巨大な馬車が隊列で続く。
その全ての姿が消えるまで、見送りの人々は直立でみていた。
サンベール公爵の横には出陣するショーンを見送りにユリシアも来ていた。
避けられない戦争。
ユリシアもアデレードも、誰もが大事な人の生還を願う。
朝陽を浴びて、遠征軍は王都を抜けた。
真っ直ぐ国境に向かう。
3万を超える隊列がトルストに向かって進む。
ダリルは先頭を駆ける。
直ぐ側を駆けるのはフランドル。
ウォルフ、ベイゼル、マックス、ショーンと脇を固める。
トルスト国境には、警備部隊1万が駐屯している。
だからこそ、トルストも安易には進軍できないでいるのだ。
トルスト王国は、ギリアン王太子が指揮していると報告を受けている。
あいつ、か。
ダリルの口元に笑みが浮かぶ。




