戦争の足音
アデレードは、厩舎にいた。
そこには、2頭の馬。
王から贈られた馬とダリルから贈られた馬。
婚約のプレゼントにダリルから軍馬を贈られたのだ。
ダリルに連れられて、軍馬の牧場に行ったアデレード自身が選んだ馬である。
一目で目についた。
私と同じ。
それは、とても綺麗な馬だった。
薄い体色、赤い瞳、白いたてがみ、アルビノと言われるものである。
どこにいても目立つ、だが太陽に弱いと言われ、大人に育つまで生きられない個体も多い。
軍馬に生まれながら、軍馬に不向きな馬。
アデレードの湖への散策ぐらいなら問題ないが、もしもの時にアデレードを乗せて逃げるには心配があると、ダリルは反対したが、アデレードは譲らなかった。
逆境を生き抜いた馬、あれが欲しいと言うアデレードに、ダリルが折れた。
「ロビニーゴル。」
アデレードは軍馬の名前を呼びながら、顔を撫でた。
夕方、陽が落ちるとアデレードは軍の調教場でロビニーゴルを走らせていた。
ダリル、マックス、ショーンが王の執務室に呼ばれた。
そこにはすでに、ワイズマン第一師団長、オロナソル第二師団長、サンベール議長が揃っていた。
王も師団長も、厳しい気配をだしている。
3人は、その時が来た事を悟った。
「トルストが国境に兵を集めている。
第一師団をトルスト国境に派遣する。
第二師団は、アレクザドルの動向を見極めたうえで、派遣する。ヌレエフ王国にアレクザドルが進軍するようなら、ヌレエフに向かってもらう。」
王の言葉は、すでに師団長と話し合っていたのであろう。
「ダリル・バーラン。
総司令官の指揮権を与える。
すぐに出立せよ。
マックス・バーラン、ショーン・サンベール、従軍せよ。」
王が指令を出すと、すぐに周りが動き出した。
師団長は緊急事態を発令をして、各部隊長を招集した。
サンベール公爵は貴族議会を緊急開催し、すでに用意してあった物資の手配をする。
明日の早朝には、第一陣が出立する。
軍の調教場にいたアデレードもただならぬ状況だとわかった。
夜に向かう時間だというのに、司令塔に人が集まって行く。
たくさんの足音と、大きな声が響く。
まさかという思いと、とうとうという思いが湧き起こる。
ロビニーゴルを急いで厩舎に戻し、自室に向かう。
アデレードについている護衛兵達は、すでに悟っているようだ。
彼等は軍人だ、自分達の出陣が分かっているのだろう。
「姫様。」
自室に戻ると、ミュゼイラとアリステアが待っていた。
「戦争が始まるのね?」
アデレードの問いに、ミュゼイラは首を振る。
「まだ、わかりません。
先程、王の使いが来られて、明朝第一師団がトルスト国境に向かい監視体制に入ると言われました。」
王太子のダリルが遠征するとわかる。
戦争になったら、ダリルが死ぬかもしれない、大けがをするかもしれない。
恐い。
会いたい。
ダリルに会いたい。
「明日の出立を見送りに行きます。
貴女達ももう休んで。明日の準備をお願い。」
せめて遠くからでもいい。
邪魔にならないところから一目だけでも、ダリルの姿を見たい。
アデレードの気持ちがわかったのだろう。ミュゼイラ達は明日の出立時間の前に参ります、と言って下がった。
アデレードはベッドに入ったが、興奮して眠れない。
ダリル達は今夜は寝ないで準備をしているのだろう、と思うと更に眠れない。
どれほどの時間がたっただろう。
深夜、アデレードの部屋の外で声がする。
「僕が出て来るまで、誰も部屋に入れるな。たとえ陛下であっても。」
ダリルの声がする。
アデレードはそれがわかると、とび起きた。
アデレードの寝室に入ってきたダリルは、アデレードが起きていても驚きはしない。
「寝れなかったのか?」
はい、と答えるアデレードは、ダリルに抱きしめられた。
「仮眠をとるために、少し時間ができた。
ショーンはユリシアに会いに戻ったよ。」
会いたかった、とダリルが言う。
私も、とアデレードが答える。
「君の身体が大人になるまで待つつもりだった。
けれど、今欲しい。」
ダリルの瞳はアデレードの瞳をとらえている。
小さくアデレードが頷いた。




