制裁
軍馬のスピードと体力は、アデレードを驚かせた。
ダリルと一緒に乗った事はあるが、一人だとこれ程のスピードがでるのか。
体格も、アデレードが乗っている馬とは違う。
土煙をあげ、ダリルを先頭に多くの軍馬が国境に向かう。
アデレードの後方を守るように、ベイゼルを乗せた馬が駆ける。
目指すはハイデル・ナデラート。
襲撃犯の自供だけだが、間違いないだろう。
さらにこれから罠をかける。
襲撃犯を捕まえた場所まで戻ると、アデレードを乗せていた馬車に軍馬を繋ぐ。
犯人達が向かうはずだった館に、馬車を向かわせるのだ。
そこにいた者が指示をした者だ。
アデレードを馬車に乗せ、ベイゼルが御者となる。
ダリル、フランドル、ウォルフ、マックスが男達の代わりに馬車の周りをかためる。
ワイズマン師団長の命を受けた精鋭兵が、少し離れ、隠れてついてきている。
ショーンは王都で、ナデラート伯爵家の調査をしている。
アデレードは乗馬用のドレス姿だが、怒りで瞳が燃えている。
美しいぐらいである。
2度も拉致されて情けない。
1度目はユリシアが目的で巻き添えだったが、殺されかかった。
今度は、自分自身が目的だった。
これからも、ダリルに助けてもらうのか?
兵士のように武芸に優れるのは、今の自分には無理だろう。
だが、何かあるはずだ。
アデレードが思考している間に、馬車はナデラート領に近づいたようだった。
馬車に乗るときにダリルから渡された短剣を確認して、アデレードは息をのむ。
1日以上、館で待っているハイデルは焦っていた。
予定より、ずいぶん遅れている。
もしかして、失敗したのか。
男達が姫を見て、連れて逃げたのか。
あんな男達に任すのではなかった。
それでも、待つしかない。
「旦那様、馬車が門に着きました。」
家令の知らせを聞いて、玄関に走る。
家の前に停まる馬車にばかり目がいって、男達の様子も馬が違う事も気がつかない。
「姫、怖かったでしょう。直ぐに、」
ハイデルの言葉が終わらないうちに、御者のベイゼルに殴り飛ばされた。
「この男で間違いなさそうだな。」
馬から降りたフランドルが、ゆっくりと近づく。
「ひっ!」
殴られた頬を押さえて、地面に尻をついたハイデルが顔をあげる。
「無礼者!こんな事して金はいらないのか!
私は伯爵だぞ!」
いまだに、雇った男達と思っている。
ガン!!
ウォルフが足でハイデルの顔を踏みつける。
「虫酸が走る、よくも貴族と名乗れたな。」
「もう貴族ではない。」
ショーンから報告を受けて、王が剥奪をしているだろう。
ダリルが馬車からアデレードを降ろして歩んでくる。
ハイデルもダリルの顔は知っていたのだろう。
「殿下!そんな!」
そして、ダリルの横にいるアデレードに目を奪われる。
「私の護衛と市民、6名の命が奪われた。」
アデレードはハイデルに近づきはしない。
「最低の行いで、顔を見るのも嫌悪する。」
これから制裁を与えるのだ。
アデレードには、権力も武力もない。
「奪えば私が手に入ると思ったか、死んでも嫌だ。」
ハイデルの心に制裁を与える。
「姫、姫だけが。」
ハイデルがアデレードに手を伸ばそうとする。
「気持ち悪い。
好かれる事さえ迷惑でしかない。
お前が命で償っても、私の記憶の欠片にさえ残らない。」
アデレードは、もういいと言わんばかりに、馬に飛び乗り背を向ける。
「ダリル、先に帰ってます。」
ダリルは頷いて、ウォルフ、ベイゼルに付き添うよう指示をだす。
「姫、姫、姫。」
ハイデルが追いかけようとするが、フランドルに手を縛られている。
アデレードは振り向く事もなく、二人の護衛と共に伯爵領を出ていく。
懐には、ダリルの短刀を持ったまま。
アデレードの姿が消えると、ダリルは微笑みを浮かべた。
「さあて、どうしようか。
私のアデレードを拉致した罪は極刑だ。」
玄関の扉の前では、ナデラート家の家令が震えている。
「この家には、子供がいたな。」
連れて来い、とダリルが言う。
「王家の姫を拉致して、許されると思うなよ。
お前の責任は、一族で取らせる。」
王家の姫の誘拐、それは謀反なのだ。




