許せざる者
アデレードが拉致された夜、司令塔では男達への訊問がなされていた。
以前、ユリシアとアデレードが誘拐された時にも使われた部屋だ。
フルーラとボルド、二人に接した男の正体はわからずのままだった。
フルーラが会ったという酒場では、その時を覚えていた者もいた。
場違いな貴族の娘で目立っていたというのだ。
フルーラは、ユリシアの顔に傷を付けようとしていたらしい。
そうなれば、王太子妃候補でいられない。
実行犯を探しに来ていたようで、その時に男が声をかけたようだった。
金さえ出せば何でもする男達が集まる、国境近くの町を教えたというのだ。
男は、スタンブルの酒を注文していた、とだけしかわからなかった。
だからといって、スタンブルのイスニラ王女と関係があるとは言えないが、イスニラ王女は既に失脚した。
あの時は、王宮内部のことだったので、犯人の処刑だけで済ませられたが、今回は王都の大通りでの出来事である。
警護兵と市民が矢で射られ、王家の姫が拉致された。
国家反逆、謀反、他国の仕業なら戦争突入である。
捕まえた男達は、金の為には命を売るが、依頼者の為に命をかけたりはしない。
多少の腕はあるが、統制もとれておず、大金に目がくらみ、依頼を受けたのだった。
30代半ばの男。
連れて行くのは、トルストとの国境近くの伯爵領地にある館。
それが、実行犯達の知っている全てだった。
無傷で連れて行く条件で、倍の金。
酒場で現金を受け取り、連れていった先で残りの金と交換する。
空になった馬車は、トルストまで持っていき乗り捨てる。
他国に乗り捨てることで、女の探索を難航させる計画だ。
自分達が攫ったのが、王家の姫と聞かされて驚き、知らなかったと命乞いを始めた。
トルストとの国境近くに領地のあるナデラート伯爵。
サンベール公爵邸で行われた結婚式から帰ってきたハイデル・ナデラートは、領地の館でまだ来ぬ客を待ちわびていた。
計画が失敗して、男達が捕獲されたとは夢にも思っていない。
アデレードの披露の夜、初々しい姿に目を奪われた。
ハイデルには、政略結婚の妻がおり、幼子もいた。
王家に結婚の申し込みさえ出来ない。
邪魔な妻は、この2年で離縁し、直ぐに結婚の申し込みをしたが、受け入れられるはずもなかった。
ハイデルは、35歳。
子供もいる伯爵だ。
王家の姫が降嫁するなど、ありえない。
馬で急いでも、王都からは1日かかる国境近くの領地だが、豊かな農地のおかげで、伯爵家は豊かに過ごしている。
その金をいくら使っても、姫を手に入れたい。
諦められず、奪う算段を考えて、時を待った。
トルストとの戦争になれば、領地は前線基地となり褒賞もありえようが、いまだ戦争にはいたらない。
その間にも、アデレードの嫁ぎ先が決まってしまうと、気持ちはあせるばかりだった。
結婚式で見かけたアデレードはさらに美しくなっていた。
男達には、途中から草原の中の道を行くように指示してあるので、時間がかかるのだろう。
人目につかず、手に入れる為には仕方がない。
絶対に、女には手を出さないように指示したが、心配である。
金を見せてあるので、それ欲しさに連れてくるだろう。
アデレードは王妃を懐柔した。
自分を拉致した男達は、ダリルに任せた。
だが、男達が実行犯で依頼をした人間がいるのはわかっている。
今度こそ、自分の手で仕返ししたいと、泣きついたのだ。
「アデレード、それはとても危険なことよ。」
サンドラは心配して、アデレードを説得したが、アデレードの決意は固い。
「女はいつも守られるだけなのですか?」
「必ず護衛の兵と共に行動するのよ。
ウォルフ・キャストレイを呼びましょう。」
呼ばれたウォルフは、すぐに王妃とアデレードのいるアデレードの部屋にやって来た。
王妃命令でも、ウォルフは男達の訊問内容を話さなかった。
「では、地下牢に私が訊問に行きます。」
アデレードがそう言うと、大騒ぎになり、ダリルが飛んできた。
訊問という名の拷問で、男達はアデレードに見せたくない状態になっている。
「アデレード、これは簡単な事ではないんだ。」
ダリルもこれからおこなう事をアデレードに見せたくない。
「私が攫われたのに、私を外すのですか?」
アデレードが睨むようにダリルを見つめる。
ダリルもアデレードを睨むが、決して怯まないアデレード。
「心配してくれて、ありがとう。
でも自分で決着をつけたいの。」
結局、ダリルはアデレードに甘いのだ。結果は見えていた。
ため息をつきながら、ダリルが降参する。
「僕から離れないように。」
アデレードに言いながら、ダリルはウォルフにも指示を出す。
「アデレードの乗る軍馬を用意してくれ。」
ウォルフが軍の厩舎に向かった。
「すぐに出発する。
ついて来れなくなったら終わりだ。納得して王宮に戻るんだ。
ウォルフとベイゼルを付ける。
わかったな?」
ダリルの言葉に、アデレードは頷いた。




