犯人の捜索
ダリルは捕まえた男をバーラン兵士に引き渡すと、アデレードの元に戻ってきて、抱き締める。
「ケガはないか?」
「多分。」
アデレードがクスッと笑う。
「まだ、興奮していて、よくわからない。」
頭を打っているし、男を馬から落とす時に、どこかにぶつけた気もする。
「よく、逃げてきた。
目撃者が、手前の町から無くなっていたのは、街道を外れて走っていたからだな。」
あのまま見失っていたらと思うと、背筋に汗が流れる。
どんなことをしても取り戻したであろう。だが、時間がたつと、女のアデレードは無傷ではすまなかったろう、という思いが込み上げてくる。
さらにアデレードの心に傷をつけるなど、許されない。
アデレードは、囮にした外套を脱いでいるので、結婚式に参列したドレス姿である。
ダリルは上着を脱ぐとアデレードに着せた。
「着ていなさい。」
アデレードは袖を通すと微笑む。
「温かい。」
「殿下、辺りをくまなく探しましたが、他の人間の姿は見えません、
御者と騎乗の人間合わせて5人のようです。」
兵士の報告にアデレードが顔を上げた。
「ええ、馬車の中には私一人でしたので、5人でした。」
アデレードの言葉を確認して、ダリルが指示をだす。
「王都で矢を射った者達も確保しているはずだ。
それらと合わせて、司令塔の地下牢に入れておけ。
さて、トルストの馬車だが、どうするか。」
ギリアン達の馬車は、バーラン兵士によって止められたままで、前方で何かあったことはわかっているはすだ。
「殿下。」
声をかけたのはショーンだ。
「キリエ侯爵とギリアン王太子と話してきました。
関係なさそうです。」
「何故言える?」
「王都の襲撃は意表をつき、用意周到なものでした。
その割りに、トルスト王国の馬車のルート近くを走らすとは、お粗末すぎます。
バーランとトルストが緊張関係にあり、トルストに向かえば、そのまま開戦になるかもしれません。
僕が襲撃犯なら、自国には直接向かいません。
第3国を経由するでしょう。」
なるほどな、とダリルも納得する。
「トルストとバーランが開戦して利益を得る、もしくは優位に立てる人物が、国もアデレードも両方狙ったと考察できます。」
その罠にはまるわけには、いかないな、ニヤリとダリルが笑う。
「ショーン、オットー・アレクザドルはどうしてる?」
「すでに、確認に向かわせてあります。」
グレッグの意を受けて、オットーが動いたと考えてもおかしくない。
証拠を残すようなことはしないだろう。
だが、アデレードを拉致して許されると思うな。
必ず報復してやる。
「ダリル?」
アデレードがダリルの腕にすり寄りながら言う。
きっと来てくれると思っていた。アデレードの小さな囁きはダリルにも届く。
ダリルは何も言わず、アデレードを馬に乗せると自分は後ろに乗り、王宮に向かった。
「ショーン、キリエ侯爵とトルスト王太子には帰国を許可する。
緊急事態ゆえの非礼を詫びておいてくれ。」
結婚式の夜だというのに、ショーンはもうしばらく、ユリシアの待つサンベール公爵邸に帰れそうにない。
ショーンはトルスト王国の馬車に行くと、簡単な事情を説明し、馬車を見送った。
「姫は無事なのか?」
ギリアンが言った言葉が、ショーンの頭に残る。
軽薄な王子と思っていた。
だが、3年で成長したのだろう。
気まぐれな想いなら、すぐに気が移るだろうが、困った事になるかもしれない。
ゲームで負けた腹いせに、痩せ衰えたアデレードの顔のすぐ横へチェスの駒を投げつけた王子。
ショーンの頭から消える事はない。
トルスト王国の馬車が夜の闇の中に消えると、ショーンはサンベール公爵邸に戻った。
アデレードが戻った、これから先は軍人達の仕事だ。
「ユリシア、待たせてごめん。」
「アデレードは!?」
公爵邸に着くと、ユリシアが飛び出してきた。
「大丈夫だよ。連れ戻した。
王太子殿下がついている。」
「そう、よかった。」
ほ、と息を吐いてユリシアが微笑む。
「僕は最高に幸せ者だ。」
妹をこんなに大事にしてくれるユリシア。
「もっと、幸せにしてあげてよ。」
ふふふ、と笑うユリシア。
サンベール公爵邸に穏やかな夜がやってくる。
王宮では、嵐が吹いていた。
王宮の目の前で、アデレードが攫われたことで、王は怒りを隠せない。
アデレードの帰還で落ち着いたが、王妃の嘆きも大きかった。
ダリルはアデレードを連れて帰ると、王妃に預け、王への報告に向かう。
これから、捕まえた犯人達への訊問、現場報告と朝になっても終わらないだろう。
王宮の中を軍部に向かうダリルの足音が響く。
捕まえたのは、ショーンの言うとおり、実行犯だろう。
どこかに、指示を出した犯人がいる。




