レセプションは戦場
「お義姉様、お綺麗ですわ!」
アデレードがユリシアに声をかける。
「アデレード。」
アデレードに付き添っているのは、マックスである。
ショーンとマックスは、この3年、学友としても、ダリルの側近としても親交を深めてきた。
そのマックスも気付いている。
ずっとアデレードに視線を送る男達がいることを。
その男達の敵意に満ちた視線は、マックスに送られている。
アデレードの隣にいる男が気になって仕方ないのだろう。
そして、アデレードとユリシアが寄り添い話している姿に、招待客からため息が漏れている。
ショーンとマックスも二人で話をしている。
オットー・アレクザドルがアデレードとユリシアに近づいてきた。
「オットー・アレクザドルと申します。
この度は、ご結婚おめでとうございます。
美しい花嫁で、幸せな花婿が羨ましいです。」
ユリシアもアデレードも招待客の名は頭に入っている。
「ありがとうございます。殿下。」
アレクザドル第3王子、オットー・アレクザドル。
グレッグの腹心の弟だ。
「ああ、羨ましい。この国には、こんなに美しい花が2輪も咲いている。」
何言っているんだ、この人。と思うアデレードと、慣れた様子のユリシア。
「お上手ですこと。
お国にも花畑がありますでしょう?」
クスッと笑ってユリシアが答える。
「ありますが、こちらの2輪は格別です。
兄が切望するのも、納得です。
我が国の温室で大事に育てたいですね。」
「大事な花です。
こちらでも、温室に入ってます。」
マックスが話に入ってきた。
オットーとマックスの間の空気が冷却されていく。
お互い顔は笑っているのに、目が笑っていない。
「あらあら、こわい、こわい。」
ね、ショーン、とユリシアがショーンに腕組みする。
ユリシアの言葉に、場の雰囲気が緩む。
「どんなに請われても、もう人妻ですわ。」
ユリシアも、アデレードの事とわかっていて話を変える。
アデレードは、社交の実習とばかりに、ユリシアをしっかり見ている。
自分には到底できない技と尊敬の眼差しである。
そこに近づいてきたのは、ギリアンとキリエ侯爵である。
「やあ、ショーン。」
ギリアンが声をかけたのはショーンだが、全神経はアデレードに向いている。
「殿下、お久しぶりでございます。」
ショーンが、緊張した面持ちで答える。
バーラン、アレクザドル、トルストの王子が揃い、サンベール公爵が遠巻きに見つめる。
これほどの面子が揃うのは、王宮でも滅多にない。
ショーンが全員の間に入り、新しい橋の工法で男性達の興味を引いたようだ。
ショーンはキリエ侯爵の方を向くと、
「キリエ侯爵、参列頂き、ありがとうございます。」
「立派になったね、ショーン。」
カーライルは、ショーンにもアデレードにも声をかける。
「とても、美しい。ロクサーヌに似てきた。」
アデレード、と呼びたいが、今はバーランの姫だ。
「ありがとうございます。キリエ侯爵。」
お父様、とはもう呼んでもらえない。期待していたカーライルだったが、仕方ないと諦める。
父らしいことをしなかった自覚はある。
こんなに可愛い娘を、あんなに痩せ衰えた姿にしてしまった。
死んでいたかもしれないのだ。
一緒に暮らしながら、年に何度も顔を見なかった。
後悔、そんな言葉で言い表せるものではない。
ギリアン王太子がアデレードを見つめている。
すでに婚約者のいるギリアン王太子。
もし、縁談を申し込んできても、申し込み自体を受け入れられないだろうと、皆が分かっている。
ましてや、一度、アデレードと破談になった王太子。
「我々は、今夜のうちに国に向け出立する予定です。」
キリエ侯爵が、サンベール公爵にお礼をいいながら、宿泊予定のない事を告げる。
「もう会えないものだと、諦めてました。
公爵のご配慮で、参列させていただき、これ程の喜びはありません。」
「事情は聞いています。
ショーンをこの国によこしてくださって、お礼を言いたいのはこちらです。」
次に会う時は、敵国同士になるかもしれない、と思いながら別れの挨拶をする。
レセプションも終わり、来客達もそれぞれが帰途に就く。
アデレードは警護に守られて、王宮に向かった。
マックスは、ショーンと今後の打ち合わせをしてから王宮に戻ると言う。
サンベール公爵邸から王宮までは、ほんのわずかだ。
そこに油断があったのかもしれない。
街の大通りで人目も多く、こんな所で、という盲点だった。
アデレードの乗る馬車の御者に弓矢が刺さり、崩れ落ちた。
ガクンッという大きな振動に、馬車の中のアデレードが手すりに摑まる。
横を守る騎士達も弓矢の襲撃を受けている。
「アデレード姫拉致されました!」
王宮にもサンベール公爵邸にも急報が轟いた。




