ギリアンの後悔
トルスト王国王太子ギリアンの視点での話となります。
アデレードの話を聞くたびに、自分の知るアデレードではないと深く思う。
ガリガリに痩せて顔色も悪く、髪の色も褪せてみすぼらしい子供だった。
女の子らしいところなどなかった。
一目見て、気持ち悪いと思った。
媚びることなどなく、まるで威嚇するかのように、いつも睨んでいたアデレード。
こんなのと結婚するのか、不幸だと思った。
アデレードに会いたい。
婚約中は嫌でたまらなかったアデレード。
自分の代には腹心になるだろう、と思っていたショーン。
トルストにいた頃から、希代の才を見せていた。
まさか、アデレードと共に国を出るとは思わなかった。
バーランでの活躍の報告を受けるたびに、腹立たしかった。
我が国にいたならば、と何度も思った。
いや・・・
我が国にいたのだ。だが、才能があると知っていながら、実現させなかった。
アデレードの事もだ。
アデレードは虐待を受けていたのだ。ショーンはそれを庇っていたからこそ、一緒に国を出たのだろう。
今にして思えば、ショーンは僕がアデレードに接するのを、避けさせていたようにさえ思う。
3年前の自分は、くだらない遊行にふけ、王太子の責務をわかってなかった。
学生時代ぐらいは遊んでいい、と自分で思っていた。
自分の母が義妹を虐待する。
しかも、自分がヘタに動けば母が逆上して、義妹にもっと辛くあたるかもしれない。
ショーンはどれほどの気持ちでいたのだろう。
アデレードの価値もわからなかった自分。
婚約解消はするべきでなかった。
バーラン王家の血筋の娘、その存在は大きい。
アデレードがいない今、戦争はとても近い。
15歳の頃の自分は、バカだったとつくづく思う。
国民に犠牲がでるだろうが、避けては通れない。
「ショーンの結婚式だと?」
我が国からも大使が出席するという。
「キリエ侯爵は?」
「侯爵も出席することで、進めているようです。」
王からの連絡を持ってきたロダン・ビューデルが答えた。
義理とはいえ、ショーンは息子だった。
アデレード。
アデレードは必ず出席する、と確信した。
王家の姫になったとはいえ、二人で逃げた義兄の結婚だ。
「僕も出席する。」
「殿下!危険です!!」
ロダンが声をあげたが、ショーンは友人だったのだ。
友人の結婚式に参列する、なにもおかしくない。
バーラン王国で王家に次ぐ権力を持つサンベール公爵家の結婚式。
ショーンは婿入りし、公爵家を継ぐ事になるという。
キリエ侯爵と共に参列席に着く。
キリエ侯爵と一緒だからこそ、参列の許可がおりたのだろうとわかる。
いつ開戦してもおかしくない両国なのだ。
新婦の公爵令嬢は美しかった。
レースのロングベール、手にはスズランのブーケ。
婚約者であるダブネイの王女よりずっと美しい。
ショーンの横で幸せそうに微笑んでいるのを見ると、胸に痛みがはしる。
アデレードの印象が強烈であった為と思っていたが、婚約者の王女は平凡に思えた。
臣下であったショーンは、あれほどの美女を手に入れている。
バーラン王国王太子の側近として登城していると聞く。
ショーンはこんなに笑う男だったか?
公爵令嬢をエスコートし、なにか話して笑っている。
トルストにいるより、バーランにいる方が幸せなど許し難い。
キリエ侯爵が見つめる先を見ると、美しい令嬢がいた。
豊かな髪には真珠のピンが飾られている。
目が離せない。
心臓が大きな鼓動をたてている、周りに聞こえているのではと思うほどだ。
こちらを見て欲しい、願いながら見つめるが、令嬢は自分を見てはくれない。
やがて、自分のように何人かの男達が、熱心に彼女を見ているとわかる。
式が終わり、公爵邸でレセプションが始まった。
安全の為に、警備を張り巡らせた庭に新郎新婦を始め、新婦の家族である公爵夫妻、ショーンの家族が客を迎える。
ショーンの横に、式を挙げた聖堂で僕が見とれた彼女がいた。
この国には、ショーンの家族と呼べるのはアデレードしかいない。
顔をあげた彼女の瞳は、身覚えがある。
ア・デ・レ・-・ド。
いつも僕を睨んでいたアデレードの瞳と同じ瞳。
こんなに綺麗だったんだ・・・
「アデレード?」
振り絞るように言葉を出す。
「お久しぶりでございます、殿下。
兄の結婚式に来ていただき、ありがとうございます。」
アデレードの声を聞いたのも、婚約解消以来か。
こんなに可愛い声だったんだ。
僕は、なんという者を捨ててしまったのだ!?
彼女は僕にもう興味がないように、次の客に挨拶をしている。
いや、開戦を防ぐ為に、僕と彼女の婚姻が1番なのだ。




