イスニラの自滅
茶会は騒然となり、物々しい雰囲気となった。
ダリルが駆け付けた時に、アデレードの横には、王妃とサンベール公爵夫人が付き添っていた。
アデレードの意識は戻っており、ダリルを見ると嬉しそうに微笑んだ。
「アデレード。
ああ、立ちあがってはいけない、頭を打っているかもしれないから。」
立ちあがりろうとするアデレードをダリルが止める。
「王太子様。」
イスニラが声をあげて、駆け寄ってくるが、ダリルは無視してアデレードの側に行く。
何も言わずアデレードを抱き上げると、王妃に向かった。
「侍医を客室に待機させてます。
母上はどうぞお続けください。
後で、アデレードに付いてやってください。」
茶会といえど、社交行事なのだ。しかも、今日は友好国の姫を招いている。
このような事態になったが、それを取り纏めるのも王妃の責務。
「ええ。」
王妃が答えるのを確認して、ダリルは、胸に頭を預けているアデレードの額にキスを落とすと、室内に向かった。
夫人達は、ダリルがキスをするのを見て目を見開いた。
誰にでも優しい王太子だが、あんな事を人前でするとは知らなかった。
ロクサーヌと兄のルドルフも仲の良い兄妹だった。
ロクサーヌが、好きな人と結婚したいと言った時に、味方になり、父である王に進言したのもルドルフだった。
だが、ダリル程ではなかったと思う夫人も多い。
ダリルに抱かれて室内に向かうアデレードが、挑戦的な目でイスニラを見たのを、イスニラとダリルだけが気付いていた。
アデレードの噂は直ぐに広まった。
なにせ、幻姫が茶会に出てきたのだから。
そして、歩きにくそうにしているイスニラに手を貸そうとして、振り払われ倒れた事も広まるのは早かった。
友好国に手を貸そうとして、振り払らわれたと比喩されて噂は広まる。
慌ててスタンブル大使が、王に謁見を申し出てきた。
イスニラも連れて、謝罪の為にである。
だが、イスニラは派手な化粧とドレスで、とても謝罪に来たとは思えない。
大使は、当日に送った見舞いの品とは別の品を献上してアデレードの様子を聞く。
王が、大事をとって2日程安静にしたが、今は問題ない、と言って安心させたが、イスニラの一言で大使の寿命が縮まる。
「あの娘平気そうだったわよ。」
最後にアデレードが挑戦的にイスニラを見た事で、イスニラにはアデレードがわざと倒れたとしか思えなかった。
優しい王太子殿下は騙されている、とさえ思っている。
額とはいえキスを見せつけられて、焦燥に駆られるあまり、思わず言葉が出てしまった。
ルドルフには、ロクサーヌの葬式で会ったアデレードを何故に連れ帰らなかった、と後悔がある。
あの時の可愛らしい子供は、細いという言葉では言い表せない身体でバーラン王国に来た。
それでも、ずいぶん良くなったと、付けていた侍女や護衛の報告だった。
ルドルフやサンドラ、ダリル、マックスの愛情で回復したのだと自負しているし、そうなると余計に可愛い。
アデレードを政略で使うのは、国として最良の策だが、本人達が望むようにダリルと結婚させれば、ずっと手元におけるとさえ思うぐらい可愛い。
にっこり笑う顔は、ロクサーヌによく似てきた。
その可愛いバーラン王家の姫が侮辱された。
王の表情を見て、大使が飛び上がる。
「陛下、申し訳ありません!
すぐに我が国王に報告いたしますので、この場ではどうか、どうか。」
もうしゃべるな、とばかりに大使がイスニラの前に立つ。
「アデレードは、回復してあそこまでなったのだ。以前は弱い身体で無理をしていた。
スタンブル王国からの客でなければ出席しなかったろう、それぐらい大切にもてなしたが、わかってはもらえないようだな。」
王の言葉の意味も、幻姫が出席することで、どれほどの効果があるかも、大使はわかっている。
披露の時に、大使もアデレードを見た。
煌めくシャンデリアの下で、儚げで美しい姫だった。
病弱だったと聞いて納得する。だから披露が遅かったのだ。
王家の血筋とはいえ、年頃の美しい姫となると、政略に使う為に引き取ったと思っている国も多い。
それが間違いだと気づく、大事にされている姫なのだ。
イスニラ王女は帰国後すぐに、修道院に入る事になった。
アデレードには、スタンブル王より、謝罪とたくさんの見舞いの品が届けられ、その中にはアデレードの結婚式に使うようにとダイヤを散りばめた宝冠を含め、数多くの宝飾品があった。
ウォルフとベイゼルを従えて、アデレードが森の中にある湖に向かう。
騎乗するのは、王より贈られた白馬。
王家の管轄にある森は、他者の侵入を許さず、静まっている。
ひんやりした空気に触れて、心が落ち着いてくる。
「私は負けない。
欲しいものは、自分から取りにいけるようになったわ。」
自分に誓うように、アデレードが小さく呟く。
気に入りの湖のほとりに愛馬を繋ぎ、深く息を吸う。
湖面に映るアデレードは、美しい少女だ。
もう、耐える時は終わった。




