有力候補
周辺諸国では軍事衝突の緊張がたかまり、お互い牽制とタイミングを見計らいながら月日が過ぎていった。
その間も、婚約者のいないダリルとアデレードに縁談が舞い込んでいた。
ダリル自身は、王太子妃の座を狙う諸国を、友好国と敵対国に振り分ける基準の一つぐらいに考えていたが、アデレードの縁談に関しては、即座に断っていた。
『他国で苦労したロクサーヌの娘であるアデレードには、ここで休養させてやりたく、しばらくの間、婚約は考えておりません。
アデレードが気に入った男に嫁がせたく思っております。』
これはダリルの挑戦状であった。
アデレードが大人に成るまで待ち、しかも選ぶのはアデレードだと言うことだ。
母親のロクサーヌ姫が、数多の縁談を捨て、政策としては魅力のない他国の侯爵に嫁いだ事から、政略に使わないほど、大切にされている王女と受け入れられた。
グレッグ・アレクザドルもその一人だ。
返答を聞いたグレッグは怒るどころか、笑い始めた。
「面白い。
争奪戦で勝ち抜けという事だな。
アデレード・キリエ・バーラン、お前にアレクザドル王国王妃の座をやろう。」
グレッグには、王太子の兄も他の兄弟もいる。
アデレードが王妃になるということは、グレッグが王という事だ。
グレッグには、他の貴公子達と争うつもりなどない。バーラン王国征服の勝利品として、アデレードがある。
昼間に行われる王妃のお茶会に、アデレードも参加すると期待されていたが、食べ物に抵抗のあるアデレードに、お茶会など無理な事だった。
披露の夜会から、姿を見せないアデレードは、いつしか幻姫と呼ばれるようになっていた。
それは、さらにアデレードを得るだろう男の勲章のようにさえ、言われた。
体力増強と、護身を兼ねて、乗馬のレッスンをアデレードが希望したが、それはアデレードに合っていたらしく、馬術の腕は軍人に劣らぬ程に上達するのはすぐの事だった。
そうなると、勉強の合間をぬって、街や郊外に馬でお忍びで出かけるようになった。
郊外の森や湖まで遠出した日は、アデレードの血色もよくなり、食欲も進むことから、暗黙の了解となっており、ウォルフ、ベイゼル達護衛が強化された。
1年も経つ頃には、アデレードは同年代の少女達と変わらぬ程度まで回復していた。
招かれざる客がバーラン王国を訪れた。
イスニラ・スタンブル王女、ダリルの正妃候補である。
イスニラ王女はダリルより2歳上の21歳。これ以上待てぬと乗りこんできたのだ。
スタンブル王国からの縁談申し入れには、王太子はしばらく結婚を考えておらず、と断りの返答をしてある。
ダリルが婚約解消から2年、誰とも婚約しない為、ユリシアが辞退したこともあり、世間ではイスニラが最有力候補なのだ。
王女は、ルドルフとダリルに挨拶の謁見をしていた。
招いた訳ではないので、国賓ではない。
「遠い所をようこそ。」
微笑むダリルは王太子仕様の仮面だ。
19歳になったダリルは、大人の骨格で誰もが憧れる王子様となっている。
イスニラとて例外ではない。
自分が最有力候補と思っているし、大国バーランの王太子妃なのだ、魅力が大きすぎる。
「王陛下、王太子殿下に初めてお目にかかります。
スタンブル王国第3王女イスニラでごさいます。」
さすがは王女だ、ロイヤルカーテシーで美しい姿勢である。
「明日は王宮で、母上が茶会に招待すると聞いている。
今宵は大使館で、ゆるりと休まれて長旅の疲れをとられるがいい。」
ダリルの言葉に、イスニラはガッカリするが表情には出さない。
国では美姫と言われ続け、自分の姿を見れば、ダリルの興味をひけると思っていたし、最低でも滞在中は王宮の一室を与えられると思っていた。
「ありがとうございます。」
そう言って、大使と共に下がるのが精一杯だった。
翌日の王妃の茶会は、いつものように王家の居住区分にある庭でおこなわれていた。
話題の中心はイスニラである。
褐色の髪に豊かな女性らしい肢体、ぽってりとした唇が官能的である。
「イスニラ姫はいつまでバーランに滞在予定ですの?」
王妃の友人である侯爵夫人が問うのを、待っていたかのようにイスニラが答える。
「1週間程、こちらの経済を勉強する為にきましたの。
もちろん、場合によっては延びる可能性もあります。」
それは、暗にダリルの事を言っていると、わかる考察力のある婦人しか招待されていない。
「まぁ、長くなるとお国で待っていらっしゃる方が寂しがられましてよ。」
「そんな者、待たせておけばいいのですわ。」
ほほほ、と会話が弾んでいく。
「イスニラ姫、こちらのお茶は今年のファーストフラッシュですわ。
香りを楽しんでくださいな。」
王妃が勧める茶を一口飲んで、イスニラが微笑む。
「王妃様、とてもいい香りですね。
色も綺麗で、淹れた方が上手いのがわかりましてよ。」
イスニラは、茶を淹れた侍女も誉め、周りの好感を誘う。
カサ・・・
静かに草を踏む音が聞こえ、足音が茶会のテーブルに近づいてきた。
「義伯母様、私もご一緒させていただいてよろしいかしら?」
アデレード参上。




