動き出す時
アデレードがベッドで寝ていると、ミュゼイラがショーンの来訪を告げた。
「わかりました。直ぐに行きます。」
ショーンに会うのは久しぶりだ。
誘拐事件の時にショーンも突入した中にいたが、アデレードもショーンもそれどころではなかった。
アデレードが居間に行くとショーンは一人ではなかった。
横にユリシアがいた。
「お兄様?」
ショーンはアデレードの手を取るとソファーに座らせ、ユリシアも座らせた。
「アデレード、身体はどうだ?
報告があるんだ。
ユリシア・サンベール公爵令嬢、知っているだろう?」
うん、とアデレードが頷く。
「ユリシアと婚約したんだ。」
アデレードが目を大きく開いて、両手は口元を押さえている。
「お兄様、おめでとうございます。」
良かった、良かった、とアデレードが繰り返す。
ユリシアは立ち上がり、アデレードの横に座り直すと手を取った。
「アデレード姫、ありがとうございました。
貴女の勇気に助けてもらったわ。」
やっと言えました、とユリシアが微笑む。
「ユリシア様。」
アデレードが名を呼ぶと、ユリシアが否定する。
「お姉様と呼んで。」
「はい、お姉様。」
「ああ、可愛い!
私、妹が欲しかったのです。」
弟も欲しかったが、ショーンが気にしそうなので、口にはしない。
「アデレード、身体はどうだ?」
再度、ショーンが尋ねてきた。
「少し体重が減りました。」
「そうか、あれほどの事があったんだ。仕方ない。
食欲が出てきた、と聞いていたが?」
「はい、お腹がすくのです。」
良かった、と安堵するショーンは話を続ける。
「実は、キリエ侯爵からも生活費が送られてくるんだ。
それは、断っている。
元々、キリエ侯爵家で暮していた間に、数える程しか会った事がない人だ。」
いかに、カーライルがジェリーに屋敷の事を丸投げしていたかがわかる。
アデレードにも手紙が送られて来ているのかもしれないが、王か王太子が差し止めているのだろう。
「アデレードがすぐにバーラン王家でのお披露目が出来なかったのは、アデレードの体調回復ということもあるが、トルスト王国の動向を見る為でもあった。」
アデレードがギリアン王太子と婚約解消したといっても、王の承認はない。
正式な解消ではないが、アデレードが虐待を受け、バーラン王国に逃げたという事実がある以上、婚約の継続はありえないだろう。
「アデレードという人質がなくなった以上、緊張はさらに高まっている。
トルスト王国は、王太子の婚約解消を認め、小国だが、バーラン王国の隣国ダブネイの王女との婚約を進めたようだ。」
「それは失策ですわね。
トルストとダブネイで、バーランを挟もうと思っても、ダブネイの隣国はバーランの王妃の祖国。
ダブネイは潰されますわ。」
さすがは公爵令嬢のユリシア、状況を分かっている。
「そうです、ユリシア。」
わかるか?とショーンがアデレードに聞いてくるので、アデレードは首を縦に頷く。
「僕は、国境地帯の地図を作る為に、明後日トルストとの国境に旅立つ。」
そう言って、ショーンはユリシアの方を向く。
「どうか、妹を看てやってもらえまいか?
王妃様もついていてくださると、聞いてはいるが、お忙しい立場の方だから。」
「もちろんですわ!」
それから、ユリシアは毎日、アデレードの元に通いだし、王妃と共にアデレードの世話をした。
歳の近いユリシアと過ごすことは、アデレードの心身の安定に大きな影響をおよぼし、食欲が増進した。
お披露目の為のダンスの練習も、ユリシアが相手した。
アデレードはダンスを踊れるほどに体力がついていた。
ショーンは国境から戻って来ても、地図作成の為に王宮の一室に閉じ籠る事が多くなった。
それは、戦争の為の準備でもあった。
そしてそこは、王太子達も出入りし、来るべき戦争の参謀室となりつつあった。




