ダリルの企み
サンベール公爵は、ウォルフに聞いた。
「ボルドが、ユリシアを殺そうとした。
間違いないのか?」
「はい。
正しくは、金で雇った男達に殺させ、その間に自分はユリシア嬢を探している姿を見せて、発見者となり、罪をアデレード姫に被せるという計画でした。
蜂から逃げる為に、離れてしまった人を探している人は大勢いましたから、不自然ではありませんでした。
なにより、ボルドが穀物庫に入って来た時、あれまだなの?、とフルーラに言ったとユリシア嬢が聞いてます。」
ウォルフが淡々と話す事に、公爵は憔悴したようだった。
「公爵。」
ダリルの呼び掛けに、サンベール公爵が顔をあげる。
「公爵は令嬢が大事。
僕はアデレードが大事。腹心の部下を付ける程にね。
そのアデレードを拐い、殺そうとした。しかも罪を擦り付けるために。
公爵家の騒動に巻き込まれてね。
とても怒っている、怒っているが正しいかな。」
物静かに話すからこそ、怒りが伝わるようだ。
「殿下!
大変申し訳ありません。
甥とはいえ、一族のしたことです。」
公爵は、アデレードが王家の姫と聞いてすでに覚悟をしていた。
「ボルグはもちろんですが、私の首で、他の者はお許しいただけませんでしょうか。
もちろん、娘の王太子妃候補は辞退させていただきます。」
「さすが、貴族を取りまとめるだけある。逃げも隠れもしないか。」
ニヤリとダリルが笑うが、公爵の表情は厳しいままだ。
「僕にアデレードがいなければ、公爵は外戚としては申し分ないな。」
それは、アデレードがいなければ、ユリシアを王太子妃にしたということだ。
「公爵、アデレードは王家の姫ではあるが、外国の貴族として産まれている。
僕の正妃にするには条件が悪い。
後ろ盾が欲しいんだ。
どうだろう?」
「どうだろう、と言われて私に拒否権はありません。
しかし、そうするにも王家の姫を養女にする事が出来るはずなく・・」
ダリルは、ウォルフに書類を持ってこさせる。
「それは、とある令嬢が王都で暴漢に襲われた時の報告書だ。
書いたのは、その場に居合わせたアデレードの義理の兄、といっても実の兄妹に劣らぬ絆だ。」
王都で暴漢、と言われ、サンベール公爵はユリシアの事だとわかった。
「要約しますと・・」
ウォルフがこちらの報告書の件も話し始める。
「暴漢の中に、スタンブル王国語を話す者がいたそうです。
残念ながら、取り逃がしました。
アデレード姫の義兄は土木に精通しておられ、外国の書物を読む為に言葉を覚えたと言っておられました。実に堪能に数ヶ国語を使われます。
スタンブル王国の第3王女が、王太子妃候補として推薦されてきており、関係があると思われます。」
公爵はそれを聞いて、ダリルは姫の名を、アデレード・キリエと言った事を思い出した。
「それは留学生のショーン・キリエか!?」
立ちあがらんばかりに、公爵が声を出す。
ダリルは頷いた。
カサリ、と報告書がテーブルに置かれる音がする程、執務室に静寂が訪れる。
「ショーンが王都で暴漢に出会ったのは偶然だった。
今回、アデレードを探索して、穀物庫に飛び込んだ時にユリシア嬢がいたのも、我々には偶然だ。
あくまでも、アデレードを探していたのだから。」
さらに別の報告書をダリルはテーブルの上に置かせた。
「ショーンに出させたナノ河に架ける橋の提案書だ。
可動式にして、氾濫時の被害を最小にするというものだ。」
面白いぞ、とダリルが笑う。
「ナノ河は氾濫が多く、どれほど橋を架け替えても流されてしまう。
可動式!?」
それは何ですか?と公爵が飛びつくように報告書を手に取る。
「それには、ナノ河の氾濫を抑えるための護岸工事と用水路工事も書かれている。」
ダリルの言葉を聞く余裕もなく、公爵は夢中で報告書を読んでいる。
半分も読まないうちに公爵は報告書から顔をあげた。
「凄い。とんでもない才能だ。」
「良い人材が手に入った。」
ダリルの言葉に、公爵も、まったくですと同意する。
「どうだろう?」
再度ダリルが問う。
「是非とも、留学が終わっても我が国に取り込みたい。」
公爵はショーンの才能を、報告書の僅かな頁を読んだだけでも認めた。
「帰る事はないつもりで、アデレードと共に我が国に来ている。
生活費は王家でみているが、留学生にすぎない。この国での地位もない。
どうだろう?
娘婿の義妹であるアデレードの後ろ盾になるというのは?」
ダリルの言葉に公爵に笑顔が浮かぶ。
「そういうお話なら、こちらからお願いしたいぐらいです。
娘を助けてくれた時に、彼と話しましたが、実に好青年だ。
そして、今回も娘を助けてくれたのも縁。
何より、この才能。
我が領地も、山間部を通る道の工事が難航してましてね。」
「アデレードの事は、まだ内密だ。公に処刑することは出来ない。
だが、わかっているな?
こちらで処分するぞ。」
もうすぐ18歳とはいえ、政務に関わり始めたとこである。
権限は少ないが、王になる貫禄がすでにある。
「御意。」
サンベール公爵は、一族内の対処を考えながら、ダリルに深く頭を下げた。




