危機
バタン!
扉が閉まると、そこは薄暗い部屋だった。
アデレードの身体は、ユリシアに抱かれている。
ユリシアの身体の震えが伝わってくる。
「ユリシア様。」
「暗いわね。」
震えているくせに、恐いとは言わないユリシア。
フルーラを追いかけて逃げ込んだ部屋には、見知らぬ男達がいた。
ユリシアと膝をついてしまったアデレードは、口をふさがれ、箱に押し込められ運ばれて来たのがこの部屋だ。
箱から出されると、自由になる手で猿轡を外し、二人で寄り添った。
「ユリシア様、ここはまだ王宮を出ていません。
中央部からは離れていますが・・・」
「どうして、わかるの?
私達は箱に入れられていたからわからないわ。」
薄暗い部屋とは言え、二人を自由にさせているのだ。
近くに助けてくれるような人はいないのだろう。
部屋には穀物の袋が積まれている。穀物庫だ、麻袋の匂いがする。
「箱は台車で運ばれましたが、馬車の振動はありませんでした。
私達が入るような箱を運ぶには、王宮の門以外は出れないでしょう。
食料の運びこみや、持ち出しを装うしかありません。」
そっとアデレードが、ユリシアの背中に手を回す。
「大丈夫です、門を出た気配はありませんでした。」
「貴女・・・」
「アデレードです。」
ふー、とアデレードが息を吐く音さえ響く部屋。
扉を開けようとしてみたが、鍵がかかっている。
「ウォルフとベイゼルが探しているはずです。」
「誰?」
「私の警護です。
今日の警護ではありませんでしたが、駆けつけてくるはずです。」
ユリシアはアデレードを見つめる。
初めて見た時は、痩せ衰えた身体で大きめのドレス。貧乏貴族にしか見えず憐れと思った。
平民の子供でも、ここまで細くないだろう。
「警護?
アデレードの?」
警護が付くほどの要人には見えない。
第一、ユリシアが知らない高位貴族がいるはずがない。
「貴女を巻き込まんでしまったわ。
きっと、狙われたのは公爵令嬢の私。」
ユリシアが、呟く。
「ユリシア様、犯人はどうしてこんな手の込んだ事をしたのでしょう?」
アデレードがユリシアに問いかけると、ユリシアも気付いたようだ。
逃げ込んだ部屋では、ユリシアに危害をくわえた後、逃げにくいかもしれないが、ユリシアに危害を与えるだけが目的なら、ここまで準備しないだろう。
「そうね、私一人なら刺客を紛れ込ますとか。
理由はわからないけれど。」
「邪魔だからよ。」
思わぬ声がして、アデレードとユリシアが振り向けば、扉が開いて、フルーラが4人の男達を連れて立っていた。
「王宮に出入りして、やっと王太子様のお目に止まったのに、ユリシア様がいれば妃になれないからよ。」
開いた扉の光を背にしたフルーラの顔の表情は見えないが、笑っているようだ。
「まさか、本当に王太子に見初められたと思っているの?」
アデレードが、震えるユリシアを背に庇う。
「当然でしょ。私はこんなに綺麗なんだから。
貴女も貧弱な身体のままで、私の引き立て役をやっていれば使い道もあったのに。
ここで、ユリシア様を拐った犯人として、処分されるのよ。」
男達が、フルーラの前に出てきた。
金で雇われたのか、元々が仲間なのかはわからないが、貴族には見えない。
「ユリシア様も守ってみせる。
フルーラ、貴女の思い通りにはさせない。」
アデレードはさっきまで膝をつくほど、体力を消耗していたのに立ち上がった。
薄暗い部屋でお互いの顔もよくみえないが、男達は無造作に近づいてくる。
ユリシアの手を取ると逃げる隙を探して、目を凝らす。
男達との力の差はわかりきっているが、自分の護衛が探しているはずだ。
疑われないようにか、箱に入れられて運ばれたのは、ゆっくりだった。
時間稼ぎすれば、きっと護衛が見つけてくれるはず。
「少し遊ばしてくれよ。」
男達の一人が、フルーラに声をかけた。
「そんなことしたら、その子に罪を擦り付けれなくなるわ。
公爵令嬢殺害犯の大々的な捜査になったら、面倒よ。
ユリシア様を殺ったナイフをその子に握らせるのよ。」
フルーラの言葉に、男が舌打ちしナイフを取り出す。
ジリジリと部屋の角に追いやられていくアデレードとユリシアを楽しんでいるかのように、男達の歩みは遅い。
そこにもう一人の男性が扉の所に現れた。
「あれ、まだなの?」
そう言ってフルーラの隣に立ったのは、ユリシアの従兄のボルド。
「警備が強化されている、ユリシアがいない事がわかるには早いが、急いだ方がいい。」
その姿に驚き立ちすくむユリシアに、アデレードが小さな声で囁く。
「中央突破行きます。」
「無理よ、男が4人もいるわ。」
ユリシアの声は震え、足が動かないようだった。
「ユリシア様を背負ってでも突破します。」
ユリシアはギョッとして、アデレードの細い手足を見ている間に、アデレードがユリシアを背負おうと手を回してきた。
「はあーっ!!」
アデレードが身体中から発したかと思う程の、大きな掛け声でユリシアを背負おうとする。
一瞬、男達が驚いて躊躇した。




