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§.6【好みのデートシチュ】


 ノワール商店街の中でも、一際賑やかな場所がある。コルンツェル最大の酒場――妖精たちの宴である。

 シャルとクロノは、その入り口の前までやってきた。


「行ってみたかったんだよねー、ここ」

「秘蔵の酒でもあるのか?」

「お酒もちょっと興味はあるんだけど」


 シャルはクロノの手を握った。


「ね。恋人同士のフリして入ろうよ」


 すると、クロノは一瞬渋い顔をした。目つきの悪い彼がすれば、今にも人を殺しそうだったが、シャルは気にせずに言った。


「そんな嫌そうな顔しなくていいじゃんっ」

「それではない。友達同士のフリかと思ったのだ」

「友達同士のフリ? クロノ君って面白いこと言うね」


 冗談と思ったのか、シャルはニコニコ笑っている。


「なぜ恋人同士のフリなのだ?」

「妖精たちの宴は、今流行のデートスポットなんだー。満喫したいじゃん」

「うむ。そういうものか」


 今ひとつ納得していないように見えるクロノに、シャルは言った。


「クロノ君、恥ずかしいんだ?」

「いいや」


 クロノは極めて真面目な顔で答えた。


「得意分野だ」


 あははははっ、とシャルがお腹を抱えて笑い出す。


「クロノ君、最高サイコー! じゃさ」


 指に指を絡めて、シャルはクロノと恋人つなぎをした。


「徹底的にデートしよ」


 シャルとクロノは酒場の扉をくぐった。

 中は盛況で、様々な種族の者が丸テーブルを囲み、酒や料理を楽しんでいる。皆、思い思いの会話をしており、店中を言葉が飛び交っていた。


「クロノ君は、どんなデートが好み?」

「デートの好み……」


 途端に、クロノは重苦しい表情で考え始める。

 シャルが彼の顔を見ながら、じっと待っていると、やがて口を開いた。


「難問だな」

「そんなに難しくて考えなくてもいいじゃん。アタシなんか、沢山あるよー。たとえば、ご飯のお店で、店員さんがうっかり転――」

「シャル、前」

「え?」


 シャルが前を向くと、ジョッキ六個を両手に持った女店員が歩いてきていた。

 ちょうどその直後、女店員は床に落ちていたりんごを踏んづけ、バランスを崩す。

 彼女の手からジョッキが離れ、宙を舞う。なみなみと注がれていたぶどう酒が溢れ出して、ジョッキと一緒にシャルに降り注いだ。


「きゃっ」


 瞬間的に身構え、シャルは目をつぶった。

 確実にぶどう酒がかかると思ったが、しかしいつまで経ってもその感触はない。


「大丈夫か?」


 シャルが目を開けると、クロノが六個のジョッキを見事にキャッチしていた。どういう原理なのか、ぶどう酒は一滴もこぼれていない。


(やばっ! やばっ! やばいよぉーっ!!)


 唐突に、シャルの内心でテンションが爆上げだった。


(今の! アタシの好みのデートシチュ1、ご飯のお店で店員さんがうっかり転んで、飲み物がかかりそうになったときに、軽くキャッチしてくれる彼氏じゃんっ!!!)


 シャルがはしゃいでいる間に、クロノは女店員にジョッキを返し、お礼を言われていた。


「クロノ君、すごいね。あんなに沢山のジョッキをぜんぶ受け止めちゃうなんて」

「恋人同士のフリをしろと言っただろう」


 こともなげにクロノは答えた。


「あ、アタシの好みのデート、話したっけ?」

「俺は全知全能だ」


 あははっとシャルは笑う。当然と言えば当然の話ではあるが、彼女はそれを本気にしていない。


「面白いよね、クロノ君って。アタシ、そういう鉄板のやつないから」

「ギャグではないのだ」


 真顔のクロノに対して、面白いギャグだと言わんばかりにシャルは「あははっ!」とふきだしている。


「オッケーオッケー。じゃ、彼氏っぽいこと、もっとして」


 からかうように甘えた声で、シャルが言う


「座ろうか」

「うん!」


 近くの丸テーブルに二人は着席した。

 すると、女店員がやってきた。先程、ぶどう酒をこぼしそうになった店員である。


「当店自慢の妖精のカクテルです。どうぞ」


 女店員は可愛らしいグラスを一つ、テーブルの上に置いていく。

 色とりどりの丸いガラス玉のようなゼリーが沢山入ったカクテルだ。


「あの、アタシたち、まだ注文は――」

「先程の礼をくれると言われたのだ。シャルは魔法の触媒にするぐらい、ガラス玉が好きだろう。気に入ると思った」


 瞬間、シャルの胸がキュンと跳ねた。


(どしてっ!? アタシの好みのデートシチュ2、大好きなガラス玉に似た飲み物がブラリと入ったお店にあったから、さりげない感じでサプライズプレゼントしてくれる彼氏じゃんっ!!)


 極めて限定的な好みを叶えられ、シャルのテンションが益々上がる。その勢いのまま、彼女は妖精のカクテルに視線を向け、あることに気がついた。


「ストロー、二本じゃんっ!」

「愚問だ。恋人同士ならばな」


 堂々とクロノは言った。これを二人で同時に飲むことに、彼は微塵も恥ずかしがってはいなかった。


「う、うん。だよね。デートなら、これぐらいフツーフツー」


 そう言って、シャルはストローをじっと見つめ、次いでクロノの口元に視線を移す。


「どうした?」


 クロノは唇でストローに軽く触れ、言ったのだ。


「喉が渇いていないのか?」


(やっぱり、無理っ! 恥ずかしすぎるじゃんっ……!)


 シャルの頬が羞恥に染まった。


(でも……アタシから言い出したんだし。ノリ、悪いよね……)


 真っ赤な顔で、怖ず怖ずとシャルは唇をストローに近づけていく。


「お気に召さないようだな」

「え?」

「これではどうだ?」


 クロノはスプーンを手にすると、カクテルの丸いゼリーをすくい上げ、ゆっくりとシャルの口元に運んでいく。

 その姿が彼女にはキラキラと輝いて見え、ズキュンッと心臓を撃ち抜かれていた。


(なに……これ! なにこれ……!? アタシの好みのデートシチュ3、二つのストローで一緒にドリンクを飲むのを恥ずかしがっていたら、もっと恥ずかしいあーんをしてくれる彼氏じゃんっ……!!!)


 好みのデートシチュ三連続により、シャルの情緒は完全に振り切れ、ふわふわと夢心地に誘われる。


「これもお気に召さないか?」


 シャルは、はにかむ。


「恥ずかしいし……でも」


 照れながら、彼女は言った。


「恥ずかしすぎて、上書きされちゃったかも」


 あーん、と口を開き、クロノのスプーンからシャルは丸いゼリーを食べた。


「おいしい」


 彼女はストローに口をつけて、カクテルを飲んでいく。


「シャル。闘技場に興味はあるか?」

「んっ……! こほっ……こほっ……!!」


 むせたようにシャルが咳を繰り返す。


「へ、変なところ入ったじゃん……なんで知ってるの?」

「そうではない。先程の店員が、お礼ということでチケットをくれたのだ。この酒場に地下闘技場があるらしい」


 クロノは地下闘技場のチケットを見せた。


「あ、そっか……うん、行きたい行きたいっ。ここの地下闘技場って、すっごく人気のデートスポットで、すぐに満席になっちゃうんだよ」

「それは運がよかった」


 シャルは立ち上がってグラスを手にする。


「行こっ! 試合始まっちゃう」


 シャルとクロノは酒場の奥へ歩いていく。

 扉の前にいた守衛にチケットを見せ、その中に入る。階段を降りていくと、一段と騒がしい空間に出た。

 中央の低い位置にステージがあり、上から観戦できるようにぐるりと客席が取り囲んでいる。座席はどれも二人用となっており、客は恋人連ればかりだった。

 シャルとクロノはチケットに指定された席に座った。


「そういえば、ノワール学院でなにするの?」


 クロノが視線を向ければ、続けてシャルは言う。


「さっき、愚問って言ってたじゃん」

「友達を作りたいのだ」

「……友達?」


 予想外の答えだったか、シャルは目を丸くした。

 そんな彼女に指を一本立て、クロノは不敵な笑みを覗かせる。


「一〇〇人だ」


 あははっ、と再びシャルは笑った。


「でもさ、クロノ君。それなら、もう一〇〇人いないとおかしくない?」

「なぜだ?」

「全知全能じゃん?」


 からかうような笑みを覗かせ、シャルは言う。


「シャルはどう思う?」

「どお?」


 彼女は小首をかしげる。


「全知全能の力を使えば、たった今から、シャルは俺のことを友達だと思うようになる。なんの違和感も覚えず、決して解けることのない魔法だ」


 クロノは言った。


「あー……なんか、それは違うかも」

「俺にとっても、友達とはそういうものではない。だから、欲しいのだ」

「んー、それっぽいっ! キャラ作り完璧じゃん!」


 感心したようにシャルはパチパチと拍手をしている。クロノが全知全能だとは、夢にも思っていないのだ。


「まだ始まらないみたいだから、食べ物買ってくるね」

「俺も行こう」

「いいからいいから。クロノ君はゆっくりしてて」


 そう言って、シャルはカウンターの方へ去っていく。

 しかし、カウンターには行かず、途中で立ち止まると、後ろからクロノの様子をうかがった。

 彼が大人しく座っているのを見た後、シャルは客席のあるフロアから離れ、ある物を探し始めた。

 階段だ。周囲に人がいないのを確認し、シャルはその階段を降りていく。

 そこは闘技場で戦う選手用のフロアだ。通路を歩いていくと、その奥に扉があった。


「ここが選手の控室のはず」


 シャルは静かにその扉に手を触れる。


「ここでなにをしている?」


 ビクッとシャルは肩を震わせる。

 後ろから声をかけてきたのは、守衛である。全身を鎧で固めた屈強な男だ。


「ごめんなさい。アタシ、迷っちゃって――」

「嘘をつくなっ!!」


 シャルの言葉を、守衛はドスの利いた声で一蹴する。


「こんなわかりやすい通路で迷う奴がいるか! 魔導裁判所まどうさいばんしょに突き出してやる!!」

「ちょ、ちょっと待ってっ! こんなことで裁判なんてやりすぎじゃん……!!」

「だったら、ここでなにをしようとしていたか白状するんだな」


 守衛の要求に、シャルは俯いて黙るしかなかった。


「――闘技場で戦いたいと思って」


 守衛の後ろから声が響く。

 シャルは目を丸くした。そこにいたのはクロノだ。


「俺は強い」


 助け船を出すつもりでクロノはそんなことを言っているのだろう。

 守衛は呆れたようにため息をついた。


「帰りな、坊や。闘技場で戦う闘士なら間に合ってんだ」

「では、その闘士を倒せば問題ないだろう」

「おい。あまりふざけたことばかり言ってると――」


 バタン、と控室の扉が開く。

 中から姿を現したのは、大剣を手にした顔に大きな傷のある闘士である。


「先程から聞いていれば、学生風情にずいぶん見くびられたものだな」

「す、すいません。ディノス様。すぐに追い出しますんで……おっ……!」


 ディノスは守衛を手で乱暴に押しのける。彼はその場に尻餅をついた。


「おい、坊主。言うことはわかってんな」


 凄みをきかせ、ディノスが言う。


「お前を倒せばいいのだな?」


 かんに障ったような顔で、ディノスが睨みつける。


「いい度胸だ。俺に勝てたら、今日の出番を譲ってやる。絶対に、無理だけどなぁっ!!」


 一足飛びでディノスはクロノに接近し、その大剣を思いきり振り下ろした。風圧で壁にヒビが入り、床に激しい亀裂が走った。

 その強烈な一撃をクロノはゆらりと避けて、大剣に触れた。

 瞬間、大剣は粉々に砕け散り、同時に激しい衝撃がディノスの全身を揺さぶった。


「ごっ……がっ……!!  馬……鹿……な………」


 がくん、と膝を折り、奴はその場に倒れた。



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この宇宙は銀水の聖なる海の一部なのでしょうか?+_=
秋先生は呪術廻戦の虎杖のようにアノスを物語の中に組み込んでくれるのでしょうか?傍観者で、時折内部抗争などの脇役にも介入するような存在でしょうか?+_=
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