§.19【友達の作り方】
ノワール学院。第八教室。
放課後、自席に座ったまま、カルロは宙を眺めていた。憂鬱だった。結局、四王会議ではゴルロアーズが腹を切っただけで、クロノの真意を突き止めることはできなかった。
(嫌な予感が止まらない。虐殺王はいったいなにをお考えなのか?)
「カルロ」
驚いたように仰け反り、カルロは目の前を見上げた。いつの間にか、クロノがそこに立っていた。
「どうしたのだ?」
カルロの様子を見て、クロノが聞く。
「お、おう。考え事をしてたもんでな。帰るか?」
そう尋ねるも、クロノはうなずかなかった。
「友達になりたい者がいるのだ。協力してくれないか?」
「なっ……!! と、友達にっ……!!!?」
その言葉に、カルロは取り繕うことすらできず、激しく動揺してしまった。
「そんなに驚くことか?」
「あ、ああ。いや、悪い。それで――」
カルロはまだ生徒が多く残っている教室を軽く見回した後、内緒話をするように小声で聞いた。
「だ、誰と?」
「シャルだ」
一瞬、カルロは眉をひそめる。
「お前ら、もう仲良いだろ」
「それは違う」
クロノは即答した。
「俺の求める友達とは、そういう類のものではない。わかるか?」
カルロはぎりり、と奥歯を噛みしめる。かつてないほどの重圧を感じていた。
(つまり……とうとう大虐殺を行う配下を勧誘するというわけか……!!)
(欲しいのは気軽に話せるクラスメイトではなく、悩みを分かち合える真の友だ……!)
二人の頭の中は、致命的なほどに噛み合っていない。
だが、
「……特別な友達が欲しいってことだよな?」
「そう、特別な友達だ」
不思議と会話は噛み合った。
(く、くそったれが……! クラスメイトと世間話をするみたいな顔で、大虐殺の話をしやがる……! この御方の頭はどうなっているっ!?)
(カルロは俺のことをよくわかっているな。ありがたい)
表情を強ばらせるカルロに対して、クロノは穏やかな微笑みをみせた。彼はその表情に全身が凍りつくほどの寒気を覚える。
「それで?」
「そ、それでっていうのは?」
慎重に、カルロは聞き返す。
「カルロの知恵を借りたい。シャルと友達になるには、どうすればいいと思う?」
彼は返事に窮した。意図がよくわからなかったのだ。
「なぜ……俺に聞く?」
すると、当たり前のようにクロノは言った。
「シャルと仲がいいだろう?」
「ああ。まあ」
瞬間、カルロは思考を高速で回転させていた。
(これは全知全能の力を使わずに、シャルを配下に引き入れたいということか? 確かに、虐殺王が本気を出せば、配下集めなど簡単すぎる。これはこの御方にとっては、あくまで遊戯にすぎない。ということは、なんらかのルールを定めているということか)
自分に声をかけてきたのも、それがあってのことだろう、とカルロは考える。少なくとも、聞いてきた以上は助言を受け入れるはずだ、と。
(なら、どうする? 獅子の皇帝に指示を仰ぐか? いや――)
カルロの頭をよぎるのは、魔神王が腹を切る光景だった。
(今の四王会議を盲信するのは危険だ。虐殺王の対処に追われ、四王には桁違いの負担がかかっている。そうでなければ、あんな馬鹿な結果になるわけがない!)
四王に頼りきりではまずい、とカルロは思ったのだ。
(やるしかない。俺一人で! 虐殺王にあえて無茶苦茶な助言を行い、シャルが配下になるのをなんとしてでも阻止してみせるっ!!)
そう彼は決意を固めた。
「難しいか?」
「……いや」
クロノの問いに、カルロはフッと笑いながら、言ったのだった。
「とっておきの方法がある」
◇
「ああ、もう全然わかんないっ!」
自らの頭に手をやり、くしゃくしゃと髪をかき乱しながら、シャルは机の前の羊皮紙と格闘している。
そこには魔法理論などの問題が書かれていた。
「大変そうだな」
シャルの前に立ち、クロノはそう声をかけた。
「大変だよー。サボっちゃった分の課題だから、仕方ないけど。ちょーめんどくさい。アタシ、勉強嫌いなんだよね」
「そうか。ならば」
先程、カルロはクロノにこう助言をした。
「――シャルの課題を颯爽と奪い取り、有無も言わせず破り捨てろ!」
ビリィッと、クロノは羊皮紙を破り、魔法で火をつけた。
「ええぇぇぇぇぇぇぇっっっ!!!!」
瞬く間に灰に変わった羊皮紙を見て、シャルは驚きの声を上げる。
「な、なにしてるのっ、クロノ君っ!?」
大きくカルロはうなずく。彼の無茶苦茶な助言をクロノは信じている。
(よしっ! そうだ! そして、言えっ!)
心の中でカルロが叫んだ次の瞬間、動揺するシャルにクロノは言った。
「こんなくだらないことに時間を使うな、シャル。俺がお前に生まれてきた意味を教えてやる」
ぐっとカルロは拳を握った。
(キモい。キモすぎる台詞だ! これでシャルは確実にクロノを避けるようになる。少なくとも、望んで配下になることはあり得ない!)
呆然とするシャルの顔を見て、カルロが確信を深める。
仕上げとばかりにクロノがすっと手を差し出した。
「なにそれ?」
ツンとした顔でシャルは言う。
「なにを教えてくれるの、クロノ君?」
と、花が咲いたように笑った。
(馬鹿な! なぜっ!? そんなキモい男のどこが気に入ったんだっ!?)
キモいのはカルロの考えた台詞であって、クロノではないのだが、想定外の事態に彼は激しく動揺していた。
(いや、まだだ! 俺のキモゼリは、二段構えだっ!)
そんな心の咆吼に後押しされるかの如く、クロノは言った。
「俺と大人の階段を二段飛ばしで上らないか?」
クロノの言葉を聞き、シャルは甘えるような声で言った。
「うん。いいよ」
(なぁぁぁぁぁぁぁぁんでだよぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ!!!!?)
内心で絶叫したのは、勿論カルロである。
(なんだよ? どういうことだよ? お前らもしかしてできちゃってんの? そしたら、もう友達じゃなくねっ!? 友達とかどうでもよくねっ!?)
カルロは軽いパニックを起こしている。
「ところで、大人の階段って具体的になに?」
小首をかしげて、シャルは聞いた。
「やりたいことがある」
「やりたいこと?」
(殺りたいことっ!?)
カルロだけが大きく取り違えをしていた。
「色々なところに行きたいのだ。このコルンツェルの全てを、見て回りたい」
「えーと……アタシと?」
シャルが自らを控え目に指さした。
(まさか……このコルンツェルで、大虐殺を……!? いや、いいや! シャルは聖女と呼ばれるほどの敬虔な信徒。神の御名にかけて、そんな誘いに乗るはずがない!!)
カルロは頭を振って、そう思い直した。
「楽しそうだろう」
「うん!」
(神の御名はどぉぉぉぉしたぁぁっっっ!!!?)
大きく口を開け、カルロは今にも叫んでしまいそうだった。
「じゃあさ、クロノ君は最初にどこ行きたい?」
シャルが人懐っこく笑いかける。
「この街の一番名所はなんだ?」
「一番? うーん、中央魔導裁判所の大法廷かなぁ? やっぱり珍しくて、公開日には外からめちゃくちゃいっぱい人が見に来てるし」
「ならば、そこがいい」
「あー、でも、普通の日は入れないんだよね。魔導裁判に使われてるし」
「いつなら、行けるのだ?」
「えーとね、確か、二ヶ月後の――」
シャルとクロノが遊びに行く場所の相談をする中、カルロは一人、極めて深刻な表情を浮かべていた。
(……ちょっと待て。今、魔導裁判所をぶっ壊すって言ったのか?)
言ってはいない。
(中立都市コルンツェルの中枢、法を司る最高機関だ。もし、魔導裁判所が破壊されれば、コルンツェルは無法地帯と化す。多くの種族が暮らすこの街でそんなことになれば、必ずどこかで争いが起きる。それはやがて暴動に発展し――)
はっとしたカルロは、クロノを見た。
(それが狙いか、虐殺王っ!! 秩序を破壊し、コルンツェルの民が自ら破滅の道へ歩む姿を見たいとっ!)
すると、クロノは彼を振り返り、親しげな笑みを覗かせる。
「楽しそうだろ」
カルロは強く奥歯を噛み、きつく拳を握りしめる。爪が肉に食い込み、血が滴った。
(この御方は……温かい血が通っていらっしゃらない……!!)
無論、クロノが言ったのは、シャルと話していた遊びの計画についてのことだったのだが、余裕を失っていたカルロは聞いていなかったのだ。
「さてと。そろそろ、時間だから行かなきゃ」
そう言って、シャルは立ち上がる。
「どこへ行くのだ?」
「あー……」
唇に指先を当て、シャルは考える素振りをみせる。
「クロノ君も一緒に来てくれる?」




