§.18【四王問答】
四王会議。
円卓の中央では魔法映像のカルロが報告を終えたところだった。
「それは確かなのか、カルロ。確かに退屈すぎると仰せだったのか?」
獅子の皇帝ランデュークが鋭く問うた。
「恐れながら、このカルロ。決死の覚悟で、御言葉《ヽヽヽ》であることを確認いたしました。間違いありません」
きりりと表情を引き締め、カルロはそう断言した。
「むう」
「ぬう」
「御言葉……ですか……」
四王たちからは唸るような声が漏れる。
「要するに、我々、四王が世界中で進めている戦争準備すら歯牙にもかからぬ、と彼の王は仰せなわけだ」
魔神王ゴルロアーズが言った。
カルロの報告をそのまま受け取るならば、そういうことになる。
「あまり良い傾向ではありませんね」
「というと?」
始まりの教皇ソルに、ランデュークが問う。
「考えてもみてください。虐殺王はみんなで楽しく世界を滅亡させるのが目的だったはずです。そのために、仲間を集めようとしている」
ランデュークたちに、ソルは丁寧に説明していく。
「しかし、非常事態宣言が退屈なのでしたら、仲間を集めようとまで思えるでしょうか?」
「それは……」
「道理よな。例えば、武の道を究めんとする男とて、弱すぎる敵が相手では戦いを楽しめない。仲間集めも億劫になるというもの」
ソルに同意するように言ったのは、白の竜王アガドである。
「このまま放っておけば、虐殺王は仲間を集めることなく、自分一人で世界を滅ぼしにかかるのでは?」
場の空気が一気に張り詰めた。
「だとすれば、今日、行動を起こしたとしても不思議ではないな。今、この瞬間にも、彼の王は大虐殺を始めることができる」
そう口にしたのはゴルロアーズだ。
「仲間集めなど、全知全能の王にとってはほんの戯れにすぎない。しかし、それこそが俺たちとって、唯一のつけいる隙だったのだ。彼の王が遊戯に興じているならば、まだ打つ手もあろう。だが、もう飽きたとなれば、この世界は……」
「そう悪いことばかりではないと思いますよ」
ソルが言えば、他の四王たちが彼を振り向いた。
「退屈した、というのは裏を返せば楽しみたいという意思の表れ。虐殺王は自らを楽しませてくれる存在を望んでいるのではないでしょうか?」
「むう……」
「確かに……」
アガドとランデュークが唸りながらも、同意を示す。
「どうなのだ? 人間の小僧。彼の王は他になにか御言葉を口にされたのか?」
ゴルロアーズが、カルロに問う。
「他には……特にそれらしきことは……」
「なんでもよい。彼の王に関することならば、どんな些事も大事だ。使えん頭を振り絞って考えろ。貴様の記憶に、世界の命運がかかっているのだ」
カルロは深く考え込んだ。
クロノとのやりとりの中で、なにかほんの少しでも手がかりになるようなものがないか、考えて考えて必死に考えた末、はっとした。
「そういえば、虐殺王はこんなことを口になさいました。嘘はよくない、と。勿論、御言葉ではなく、ただ話の流れでそうなっただけかもしれ――」
途中で、カルロは言葉を飲んだ。
四王たちが皆、大量の汗をかきながら、ただならぬ雰囲気を発していたからだ。
「ど……どうなさいましたか? 皇帝陛下」
あまりの緊迫感に耐えかね、カルロは半ば助けを求めるように己の主に問いかけた。
「この中に嘘をついた者がいる。それが虐殺王の逆鱗に触れたのだ」
獅子の皇帝ランデュークが確信めいた表情でそう言い放つ。
「い、いえ、お待ちください、皇帝陛下。嘘はよくない、と口にしたのが四王会議への御言葉と決まったわけでは……」
「たわけ。全知全能なのだ、彼の王は。そんな意味もない言葉を口にするはずがない。小僧。貴様がたった今、その言葉を思い出したことこそが証明だ。わかっていたのだ。なにもかも、彼の王の手の平の上というわけだ」
魔神王ゴルロアーズはそう断言した。
「アガドさん。白の竜王には、最強の守護者である黒の竜騎士という方がいらっしゃるそうですね」
なにげない口調で、しかし核心をつくようにソルは言う。
「……いかにも」
警戒するような口振りで、アガドは答えた。
「ですが、あなたはなぜか、その最強の守護者を虐殺王の迎撃部隊に組み込んでいません。非常事態宣言をしたにもかかわらず。白の竜王の最大戦力がいないのでしたら、彼の王が退屈されても仕方がありませんね」
「邪推だ! 黒の竜騎士は、大病を患い、戦うことができぬだけのこと!」
そうアガドが弁解すると、ソルは見透かしたような視線を放った。
「黒の竜騎士ギルム・ヴォーザーは、あなたのご子息でしたね。世界の命運をかけた聖戦の舞台から、あなたが遠ざけたのでしょう。まだ戦えるにもかかわらず!」
「馬鹿を言うなっ! 病魔に冒された我が子を戦わせるほど、我々竜人の軍は弱くはないわっ!!」
「残念ながら、それを判断するのは虐殺王です。病を押して戦う英雄をご所望なのではないでしょうか?」
「……なっ……!」
アガドは一瞬、言葉に詰まった。
(……だから、退屈だと……そう言ったのか……なんという悪趣味な男だ、虐殺王クロノ・グランベフィウスッ……!!)
アガドはクロノに激しい怒りを燃やす。無論、彼はそんなことは微塵も思っていない。ソルが勝手に言ったことだ。
「ならば、こちらも言わせてもらうっ!」
アガドはソルから顔を背け、ランデュークを睨んだ。
「この後に及んで、人間の軍は一枚岩となっていないらしいな。世界の危機を目前に内ゲバとは、王の器が知れるというものよ。なあ、ランデューク」
「……どこでそれを知った?」
「さてな。とはいえ、俺が知る程度のことを、虐殺王が知らぬはずもなし。非常事態宣言とは名ばかりの内ゲバにさぞ落胆したのではないか?」
そうアガドはランデュークを見下ろした。
「そこまで突っ込んでくるならば、私にも言い分というものがある」
ランデュークは鋭くソルを睨みつける。
「聖ハルケマス教会は、大虐殺を神の試練だと説いているそうだな」
「あらゆる試練が、神の御心によるものなのです。ゆえに、我々は死を恐れません。この命ある限り、戦い続け、彼の王を楽しませてみせましょう」
「それが虐殺王の逆鱗に触れた、ということではないか?
「……なぜでしょう? 少なくとも我々は彼の王の意に背くことはしていないはずです」
毅然とした態度でソルは言った。
「大虐殺は、神の御心などではないと思われたとしたらどうだ? 嘘をつくな、となぁ!」
「それは……しかし、この世界は神が創られたもの。ありとあらゆる出来事が、神の手によるものといっても過言ではありません」
「忘れたか、ソル。虐殺王は全知全能。少なくとも神と同格、あるいはその上に立っているつもりかもしれん」
ランデュークの指摘に、ソルは絶句した。
「嘘はよくない、とは、お前に言った御言葉ではないのかっ!」
反論らしい反論をソルはできない。
代わりに、矛先を逸らすようにアガドを睨んだ。そのアガドはランデュークを睨み、ランデュークはソルを睨んでいる。三つ巴の完成であった。
「愚か者どもめ」
唯一、追及されなかった魔神王ゴルロアーズがここで口火を切った。
「彼の王が機嫌を損ねたのは、その程度のことではない。貴様ら、ノワール学院に配下を送り込んだな?」
先程とは別種の緊張感が、円卓の間を包み込んだ。
ランデュークたちは答えない。だが、その姿が雄弁に物語っていた。
「まさか、彼の王の友達になるフリをして、暗殺してしまえと考えた不届き者はおらんだろうなぁ?」
ギロリ、と魔神王は殺気立った瞳を三人へ向けた。
「……な、なにを根拠に……」
明らかに動揺しながら、アガドが言う。
すぐさま、ランデュークが続いた。
「そもそも、彼の王は大虐殺を行うのに、わざわざ配下を作ってまで楽しもうとなさっている。むしろ、そういう暗殺も大歓迎なのではないか?」
「甘い。蜂蜜のシロップ割りよりも考えが甘いな、人間」
真っ向からゴルロアーズは否定した。
「わざわざ、配下を集めるのはなぜだ? 自分一人では、全知全能すぎて遊戯を楽しめないからであろう」
「うっ……そ、それは……」
「ならば、直接、彼の王を狙うなどは愚の骨頂。遊戯の相手がとんだ阿呆では、遊ぶ気にすらなれんだろうが」
ぐうの音も出なかったか、ランデュークはただ強く奥歯を噛みしめる。
「彼の王の暗殺を企んだ者がいるならば、自ら腹を切るべきだ! ただちにだ!! そうすれば、存外チャンスをくれるやもしれんぞ」
魔神王の言葉に、しかし三人は俯いたまま、じっと円卓を見つめるばかりだ。
「潔さの欠片もない愚図どもめが。まあいい」
パチン、とゴルロアーズは指を鳴らす。
円卓に魔法陣が描かれ、そこに映像が映し出された。ゴルロアーズの配下、ノワール学院に潜入していたマシューである。
「お呼びでしょうか、魔神王様」
「ノワール学院に潜入していた三人の調べはついたな?」
「は」
「奴らは虐殺王の友達として取り入り、暗殺を企てていたな?」
「いいえ! 奴ら転入生は虐殺王を見て臆病風に吹かれたか、トイレで震えるばかり! とても暗殺など! しかし、ご安心ください! このマシュー、魔神王様の命に従い、必ずや虐殺王を暗殺してみせますっ!!!」
プツッと魔法映像が途切れ、マシューの姿は消えた。ゴルロアーズが素早く魔法通信を切ったのだ。
「ゴルロアーズ……」
「そなた……」
「ふむ……」
ランデューク、ソル、アガドの視線が痛いほどにゴルロアーズを刺す。
魔族を支配する王は、素早く決断する。
「ぬううぉりゃっ!!!!」
自ら腹を切った。
円卓が血まみれとなったが、ぎりぎり生きていた。




