§.17【昼休みに御言葉を】
その日の昼休み。
クロノは机の上に紙袋を置いた。口を開き、中に手を入れる。そこから取り出したのは、ライ麦パンである。
鉄製のケトルが宙に浮いており、魔法で火がつけられている。ぐつぐつとケトルの湯が沸騰すると、そこにガラスのポットが浮遊してくる。ポットに入っているのは紅茶の茶葉だ。ケトルが傾き、ポットに湯が注がれていく。
しばらく蒸らした後、クロノはポットをつかみ、カップに紅茶を注ぐ。
「器用なことしてんな」
やってきたのはカルロである。彼は興味津々といった様子で、クロノの作った紅茶を見ている。
「飲むか?」
「おう。いいのか?」
クロノは魔法陣を描き、カップをもう一個取り出す。そこに紅茶が注がれれば、ふわふわとカルロの手元に飛んでくる。
カルロは空いている席から椅子を持ってきて、座った。
「あの四人は、戻って来なかったな」
「トイレにこもってるって聞いたぜ。腹でも壊したんだろうな」
「四人同時にか?」
「だよなぁ」
カルロは表情を崩さなかったが、内心は頭が痛かった。
(どうなってんだ? あいつら、四王会議の差し金だよな? こんな目立つ手を打ったら、俺まで怪しまれかねない)
クロノはライ麦パンをちぎって、口に放り込む。
「そういえば四人とも、友達が欲しいと言っていたな。奇妙な偶然だ」
クロノが言った。
カルロは胃まで痛くなってきた。
「いや、そうでもないか」
ドクンッ、とカルロの心臓が跳ねた。
(まずい。もう勘づかれたか……!? どうする? どうにか誤魔化さなければ、あの四人の命はない……)
(友達は皆欲しいものだからな)
それがクロノの哲学だった。
「必然と言えるだろう」
「……ってことは、あの四人はなにかつながりがあるってことか?」
カルロは即座にマシューたちを切り捨てた。
(下手に庇えば、俺まで疑われる。悪いが死んでくれ)
「つながり? おかしなことをいう奴だな」
「え?」
カルロは驚愕のあまり目を丸くしていた。
ここで切り捨てれば、マシューたちが怪しいという結論になっても、自分までは火の粉は及ばない。そう考えていたが、会話が噛み合っていなかったのだ。
「いや、今、必然って言ったろ」
「つながりがあるという意味ではない。なぜそう思ったのだ?」
「…………」
カルロは心臓をきゅっとわしづかみされているような気分になった。一言、返答を間違えれば、そのまま握りつぶされる。そんな風にさえ思った。
(どうする? 当然、この状況では俺が連中のつながりを知っているから、そう口にしたとお考えになるよな? 昨日読んだ小説がそんな話だったとでも言ってみるか? 馬鹿か、俺は! それこそ怪しんでくれと言っているようなものだ!)
(昨日読んだ小説にそんな話でもあったのだろうか?)
と、クロノは思った。
奇しくもカルロは正解にニアミスしていたが、選ぶことはできなかった。
(ここまで疑われてしまっては、多少、本当のことを言わなければ信用を得られない!)
カルロは切る必要のない身を切る覚悟を決めた。
「実はさ、俺、聞いちゃったんだよ」
内緒話をするように、カルロは小声で言う。
「なにをだ?」
「学院長室で、誰かが話してたんだ。このクラスに強い力を持った者を潜入させるって」
「ふうん」
クロノはまったく興味がなかった。
(ふうんってなんだよ……!? なんか反応してくれないとわっかんねえよっ!)
カルロは一人で勝手に追い詰められていく。
「なんだよ。信じてくれないのか?」
「興味がないだけだ」
「変わってんな。俺たちのクラスのことだろ。普通は――」
そこまで言いかけて、カルロははっとした。
(そうだ。普通は興味がある。虐殺王ならばなおのこと、自分がターゲットになっている可能性が高い。つまり、興味がないということは、すでに知って――)
「カルロも食うか?」
「お、おう……」
クロノが差し出したライ麦パンを、カルロが受け取る。
「味わって食べろよ。最後のパンだ」
「なっ……!!!」
息が上手くできなかった。
(このライ麦パンは、お前が食べる生涯最後のパンって言ったのか……?)
一言も言っていない。買ってきたパンがそれで最後というだけだ。だが、追い詰められたカルロには、最早そうとしか聞こえなかったのだ。
(つまり、俺が獅子の皇帝の手先だと知ってるってことだ……俺に残された時間は、このパンを食べ終わるまで……)
虚ろな瞳で、カルロはライ麦パンを見つめた。
「あ、美味しそうなパンじゃん。ちょーだい」
いつの間にか、後ろに立っていたシャルがライ麦パンをとって、パクリと食いついた。
「おいっ、馬鹿っ! 返――」
ばくばくばく、とものすごいスピードでシャルはライ麦パンを平らげた。
「あ、か……き……ぇ、ぁ、おま……ぇ、あ、ばるばえばばっ……!」
カルロの口からは、言葉にならない哀れな声が上がる。
「そ、そんなにショック受けなくても……ほら、代わりにこれあげるー」
シャルがチョコレートをカルロの手の平に置き、クロノの隣の席に座った。
「おっはよう、クロノ君。席、隣なんだね」
「その貝殻、シャルのものだったのだな。納得がいった」
「えー、なにそれ、どーいう意味?」
からかうようにシャルが詰め寄ってくる。
「意味? そうだな……安い貝殻が好きそうだと思ったのだ」
「普通に悪口じゃんっ!」
思わずといったように、シャルが抗議する。
「似合うのではないか」
「だから、それもえぐい悪口じゃんっ」
二人は軽口の応酬をした。
「そういえば、コルンツェルで非常事態宣言が出されたよね」
シャルがそう切り出すと、放心状態だったカルロがピクリと反応した。
「黄金城ハーティアから、皇帝陛下の勅命で出されているらしい。コルンツェルだけじゃなく、国中だってよ」
カルロが説明した。
「でも、なんの非常事態なのかが全然わかんないじゃん。どこかの国が攻めてくるとか、なにかの封印が解けたとか」
「まー、言えないってことなんだろうな。余計によくない事態が起きるとかな」
「それって、ヤバい奴ってこと?」
「普通に考えれば、そうなんじゃね」
「そっかぁ」
シャルは机に突っ伏した。
「なんか警備の人がいっぱいだし。早く終わって欲しいなぁ」
「意味もないことだしな」
二人のやりとりを聞いてきたクロノが、そこで初めて口を挟んだ。
「……意味がない?」
努めて慎重に、カルロは尋ねる。
「ああ」
「それは、御言葉……でしょうか?」
最早、正体に勘づかれていると思ったカルロは、最後にできるだけ情報を引き出そうとしているのだ。
「言葉の他になにがあるのだ?」
(御言葉だ!!)
カルロは完全に確信したが、クロノはただ雑談をしているだけだった。無論、カルロが四王会議の手先だと知っているわけではない。
「じゃ、その、意味がないっていうのは?」
「無駄になるということだ」
クロノは簡潔に答えた。
(世界中で同時に出された非常事態宣言。虐殺王の大虐殺に備えてのことだろう。だが、俺にはそんなつもりがない)
(馬鹿な……全世界での非常事態宣言ですら、まったくの無駄になると仰せなのか……)
二人の会話はどこまでもすれ違っていく。
「無駄になるというのも少し嘘になるか? 嘘はよくない」
「……ひ、非常事態宣言は、退屈すぎるってことだよな?」
「それはそうだ」
クロノは再び簡潔に答えた。
(放課後も学院には残れないし、店も閉まるのが早くなる。退屈だ)
(間違いない……! 非常事態宣言程度では退屈すぎるとの御言葉だ!! 報せなければっ! 一刻も早く!)
ばっとカルロは立ち上がると、そのまま大急ぎで教室を出て行った。




