§.12【彼女の判決】
中立都市コルンツェル。中央魔導裁判所。
石造りの牢獄の中で、リュカは膝を抱えてうずくまっていた。窓はなく、壁にかけられたランプが僅かな光を灯すばかりだ。
彼女は動かない。俯いたまま、じっと石の床を見つめていた。
静寂がたちこめている。辺りには人の気配がまるでなかった。
「なにをしているのだ?」
聞こえるはずのない声を耳にして、リュカはゆっくりと顔を上げた。
牢獄の中、目の前に立っていたのはクロノ・グランベフィウスだった。
「お兄さんは、神出鬼没なんですね」
柔らかい口調でリュカはそう感想を漏らす。
「なにをしているのだ?」
再びクロノは問うた。
「見ての通りですよ。魔導裁判が始まるのを待っています」
「神父殺しの犯人は、リュカではないのだろう?」
少し驚いたように目を丸くして、それから彼女は嬉しそうに微笑した。
「信じてくれるんですか?」
「そんなことをするのならば、お前の心臓に杭は刺さっていない」
彼女が罪を犯すはずがない、とクロノは思っていた。
「お前は有罪になる」
「……証拠がなにもないのに、わたしに尋問もしませんからね。血液を調べたぐらいです」
勘違いなのか、確信犯なのか。ともあれ、リュカを有罪にするのが確定しているからに他ならない。
「わかっているならば、なぜ逃げないのだ? 堅牢な壁だが、真祖のヴァンパイアには枷になるまい」
「逃げてどうするんですか?」
「真犯人を捜すのだ」
この都市のどこかに、神父を殺した者がいるのは確かだ。
「それができれば、わたしの罪は晴れますね」
「できないのか?」
「不可能というのは力が及ばないことではなく、自らの良心に背くことだと思います」
静謐な表情で、まっすぐな瞳を向け、彼女は柔らかくそう言ったのだ。
「わたしはコルンツェルの法を二度と破ることはありません」
「その法が間違いを犯すとわかっているのにか?」
リュカを裁けば、魔導裁判は冤罪を生む。それは中立都市の法に魅せられた彼女にとっても、不本意な結果だ。
「魔導裁判の判決が間違いでも、それを受け入れることが正しいんです。わたしが冤罪を着せられても、いつか正される日は来るでしょう。いつか、コルンツェルの法はみんなが仲良く暮らせる街を作ってくれるはずです」
確かに遠い未来を見据えながら、リュカは言い切った。
「わたしは正しいことをします」
「リュカはなぜ――」
そのとき、足音が響いた。この牢獄に向かっている。魔導裁判所の者だろう。
「行ってください。見つからないように」
小声でリュカは言った。
「もし、よかったら、また明日、来てくれますか?」
「約束する」
そう言うと、彼女は嬉しそうにうなずく。
次の瞬間、クロノの姿は忽然と消えていた。まるで始めからそこにはいなかったかのように。
「リュカ・エンディミオン。出ろ。すぐに開廷だ」
やってきた看守がリュカに手錠をはめて、連行していく。
彼女が立たされた場所は、中央魔導裁判所の大法廷だ。裁判の長である法賢者によって、開廷となった。
様々な審理を経て、法賢者は判決を下した。彼女が想像したよりも、ずっと重い罪が。
「――被告人リュカ・エンディミオンを死刑に処す」
逃げられる力が、彼女にはあった。
正しいことをします、と彼女は言った。
最も重い判決が下されても、リュカは意見を翻すことなく、魔導裁判所の法を守り通したのだった。




