【妖精】ぼくんちの妖精
その他・童話(?)・ファンタジー
ぼくの家には妖精がいる。
妖精にもいろいろあって、よく聞くのは蝶やかげろうのような羽をもつものだろうか。だけどあいつらはふよふよ飛び回って、ひとしきり騒ぎを起こしたかと思えばすぐいなくなってしまう。家に居つくタイプじゃない。
手入れされた庭に居つく花の精は花びらのドレスを着ているし、三角帽子をかぶっていて屋根裏や床下に住み着くのは小人が多い。
隣に越してきたニホン人の老夫婦のところには、おかっぱ頭の女の子がいて、最初はキモノを着ていたけど、最近ではドレス姿でいるのも見かける。
……まあ、そんな感じで、ぼくの家だけじゃなく、妖精はどこの家にもいるものだ。
ぼくんちにもいるとは言ったものの、ぼくはまだうちの妖精を見たことがない。
気配は感じる。めっちゃ感じる。
だけど、さっと振り向いても、フェイント入れて振り向いても、その気配は残像を残して物陰へと隠れてしまうのだ。
恥ずかしがり屋なんだねって父さんに聞いてみたけど、父さんはホトケのような顔をして微笑んでいるだけだった。ほんとだよ。うちの父さん、隣の婆ちゃんに見せてもらった写真のホトケにそっくりなんだ!
えっと、それで、なんだっけ? あ、そうそう。
でもうちの妖精は、代々ぼくんちでお世話してるんだって。その昔、何気なく助けた妖精さんとモチツモタレツやってるんだって……もちつもたれつって何だかよくわからないけど……
だからそのうち僕にも妖精がちゃんと姿を見せてくれると思ってるんだ。
親戚の葬式で遠くの町からやってきて、つまらなそうにしていた女の子にそんな話をした数日後、ぼくは猫のマーリンが何かを咥えて庭を横切っていくのを見た。
初めは人形かなって。
ぽってり丸々したお尻にだらりと垂れた短い足。全部がくすんだ水色で、なんだか哀愁を漂わせていた。
ぼくはお隣のお婆ちゃんがおかっぱの妖精のために作った人形かぬいぐるみかもと、マーリンを追いかけた。塀に上ろうとして失敗したところを捕獲する。
その口から咥えていたものを回収してみれば、手のひらサイズの人形だった。
幼児体型のポコリと出たお腹。短い手足に大き目の頭。全身タイツのような衣装で、頭の天辺はとさかのようにくるりと跳ねている。
くすんだ水色だと思っていたけれど、よくよく眺めてみれば白っぽく……ん? いや、ほんのりピンクに???
おかしいぞと顔がよく見えるよう手の中でひっくり返すと、赤らんだ二重顎のオッサンの顔がそこにあった。あまりのインパクトに動きを止めたぼくと目を合わせて、全身タイツのオッサンは恥ずかしそうに両手で顔を隠してしまう。
え? コレ、妖精の類?
指の間からちらちらとこちらを見る目は細く、眉は太目でぼさぼさ。鼻は横に広くて存在を主張している。
全身の色はぽわぽわと赤くなり、どうやら感情に同調しているらしい。
呆然としているぼくの手の中からぴょいと飛び出すと、そのオッサンはぼくにぺこぺこと頭を下げて庭の隅の方へ駆けて行ってしまった。
妙なものを見てしまった衝撃はしばらく抜けず、次の日の夜にようやくぼくは父さんと母さんにその話をした。
「……見てしまったか……」
父さんは深いため息をつきながら、ゆっくりと頭を振った。
それから指先でなにか合図をすると、あの小さなオッサンがテーブルの上にぴょんと飛び乗ってきた。今日の全身タイツは白っぽいグレーで、僕を見るとほんのりと赤らむ。
「助けてしまったのなら、次はお前がお世話をしてやれ。どうも我が家はそういう運命にあるようだ」
父さんの話によると、この家を継ぐ人はどうしてかこの小人のオッサンを助けてしまうのだと。オッサンは恩義を感じて恩返しを、と思うらしいのだけど、仕事や勉強を手伝わせようとしても上手くいかないらしい。
ただ、一緒に暮らしていれば、ぐっすり眠れるとか、風邪をひかないとか、赤字が出ないとか、微妙なラインのいいことがあると。
食事は一日に一度、ドールハウスのミニチュアセットに盛り付けてやるといいらしい。
「ないがしろにした祖先もいるようだが、大きな悪いことは起きなかったってさ。花粉アレルギーが発症したり、足の小指を家具にぶつけたりが増えたくらいだそうだ。気のいいやつだから、俺はたまに一緒に晩酌するけどな」
そういえば、父さんが寝込むような病気になったことはないかも。
似たような体形の父さんとオッサンを見比べて、ぼくは「うぅん」とうなってしまった。
*
もう少し見目が良ければ、女子にも紹介して人気者になれる気がするのに。
そんな邪な思いで小人のオッサンに筋トレとかさせてみたけれど、ムキムキになったオッサンのぴちぴち全身タイツ姿は、とても誰かに見せられる代物ではなかった。
それなら以前の方がまだ愛嬌があったかもしれないと、結局ぽよぽよのお腹が戻っている。
靴職人だった父さんの跡を継いで、僕も食べていくのには困っていない。まだお嫁さんのなり手はないのだけど、僕の家で小さなオッサンに悲鳴を上げて逃げた女性たちは、みんな小さな苦労を背負っている。
カラン、とドアベルが鳴った。
「いらっしゃいませ」
「えっと……あの、ここ、靴屋さん?」
「はい。どうされました?」
旅行者らしい女性は、店の中を見回すと、手の中のものを差し出した。
「水たまりで溺れそうになっていたのを助けたら、靴紐が急に切れてしまって……この子……子? 人……人? が、ここを指差したから……」
ぴょん、とその手から飛び出した小さなオッサンは、にやにやしながら壁の穴の中へと消えてゆく。
さてこれは、彼女が次のお世話係ということか……それとも?
僕はひとまず営業スマイルで、新しい靴紐をいくつか選ぶのだった。
おわり
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