表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【習作】お題短編集  作者: ながる


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

36/45

【あこがれ】ペンテコステ

現代ファンタジー(?)・カードバトル

追加お題「トリの降臨」を入れる

降臨



「ペンテコステ」


 会場に響き渡った厳かな声。

 中央の3Dフィールドにまばゆい光が降りてくる。

 ほのかに黄味がかった光を内包した白い翼を持つ、彫刻のような容姿の美しいトリ。

 伏せたカードを裏返し、少年は口元に微笑をたたえ、静まり返った会場に追い打ちのように宣言する。


「イベント〝トリの降臨〟」


 対戦相手は思わず立ち上がり、呆然と3Dフィールドを眺めている。彼が差し向けた戦士や妖精、魔術師が白い光に包まれ渦を巻き、天へと還っていく。場に展開されていた混乱によるエフェクトが浄化され、開かれているカードの中で場に残るのは光る〝トリ〟だけだ。

 少年の手の中にもうカードはない。対戦相手の伏せられた最後の1枚が開かれるのも、少年は余裕の微笑で待っている。


「……っ……リナウンス……」


 対戦相手の権利放棄の宣言でゲームは終わった。湧き上がる会場。しばし言葉をなくしていた実況も、声を上ずらせて叫んでいる。

 私は3Dフィールドにいまだ浮いている美しい〝トリ〟を見ていた。起死回生のイベントを起こせるカード。〝トリ〟の中でも希少な、コレクター垂涎の、みんなの憧れの……

 美しい〝トリ〟は無表情のままふと視線を上げ、私と目を合わせた。


 *


「そんなわけないじゃーん。もう、羽衣(うい)ったら思い込みが激しいんだから~」

「そ、そうかな……」

「アニメ映画見に行って、推しと目が合った! って言ってるのと一緒だよ。それ」

「そ、そうか」


 巷の女子高生たちに密かに流行りつつあるカードゲーム、『トリ美憂人(ビュート)』仲間の(らぶ)ちゃんが笑う。心ちゃんに美麗なカードを見せられて沼に引きずり込まれたのだが、彼女はゲームよりもカードを集めることの方が好きなようだ。

 ファンタジックな登場人物たちの中でも人気なのは、やはり背中に羽の生えた天使のようなキャラクター。彼らは〝トリ〟と呼ばれる種族で、HP(体力)や技、起こせるイベントも強い。パックから出る確率も低いので、会場であんなイベントが見られるのは稀だ。お小遣いで買える分ではとてもとても……


「まあでも、羽衣の〝トリ〟に反応したとかだったら面白いかなぁ。次の相手はお前だ!……って」


 顔面に指を突き付けて、きゃらきゃら笑う心ちゃんに私は眉を下げる。


「やめてよ。あんな強い人と対戦なんて1億年かかっても無理」


 そう。実は私も〝トリ〟を持っている。

 前髪で目が隠れちゃってる、くせ毛で猫背でパッとしない黒いトリさん。コストが高いので初心者の私には使いこなせない。心ちゃんが調べてくれたけど、霊格が低いのかあまり情報もなく、デッキに組み込めずにいる。さりとて、初めてお迎えした希少カード。コレクターに売ってしまうのも忍びなくて、ケースに入れてなんとなく持ち歩いているという具合だった。


「起こせるイベントが『混沌』だからねぇ。魔術師や妖精族の使う『混乱』の上位互換ではあるけど〝トリ〟としては凡庸だし」

「『契約』でステータスが上がるけど、アイテム『契約書』はそれ自体がSレアカードだし……」


 イラストも他のカードほどキラキラしくはなくて。

 たとえあの少年と対戦できたとしても、あのカードに勝てる気がしない。あの美しいイベントを、私も呆然と見るしかないのだろう。


 *


 光が渦巻いている。

 私がそれを見るのは2度目だった。美しい〝トリ〟が降臨し、混乱した場を平らげていく。けれど、光の奔流はだんだん激しくなって、円形のディスプレイを破壊した。

 場を失ったはずの3Dフィールドに、白い〝トリ〟はまだ浮いている。先ほどまで場を覆っていた混乱は現実(リアル)へと浸食を始めた。

 逃げ出す観客。

 誘導するスタッフ。

 悲鳴と怒号の中、誰かに押されてバランスを崩した私を、光がすくい上げた。

 集団から離され、向かう先は対戦席。


「やあ。決着をつけよう」


 うつろな少年の瞳。光に照らされ、彫刻のような少年の動きはフィールド上に浮いている白い〝トリ〟とピタリとリンクしている。

 少年の手札に『契約書』のカードが淡く光を纏っていた。

 どうして、と問う間もなく、光は鞄の中から私のカードを取り出した。

 宙でシャッフルされ、(デッキ)へと加えられる。

 手番はこちらだが、場に伏せられたカードは2枚で、どちらかにカードを補充できる効果が記されていない限り使えない。

 ほくそ笑む白い〝トリ〟にはもう憧れを抱けなかった。

 震える手で伏せた二枚を開く。一枚は『盗賊(シーフ)』でもう1枚が『妖精通信(フェアリーメール)』。

 ちらりとHPを確認する。残り2。


「HPをひ、ひとつ献上してドロー」


 『妖精通信(フェアリーメール)』のカードを場に出し、宣言する。プレイヤーのHPが0になれば、カードが残っていても負ける。

 深呼吸して引いたカードは黒い〝トリ〟さんだった。

 あれ。違うケースに入れていたのに……でも、そこで思い悩む暇はない。白い光は徐々に会場を浸食し始めて、ただただ白い空間へと塗り替えていっている。


 そのまま攻撃する? イベントを起こす?


 『契約』のイベントを起こされた白い〝トリ〟では、黒い〝トリ〟と『盗賊(シーフ)』で攻撃しても足りない。次のターンで負けが決まる。

 『混沌』のイベントでは、格上の白い〝トリ〟に効かない。

 泣きそうになりながら2枚のカードを交互に見ていると、黒い〝トリ〟さんのカードが『盗賊(シーフ)』を指差した。


 え? と思って見直した時には、もういつものポーズだった。

 見間違い?

 私は『盗賊(シーフ)』のカードに手を添えて、相手の手札をもう一度確認する。イベント『トリの降臨』の効果で、白い〝トリ〟以外は『契約書(アイテム)』と『(補助)』のカードしか残っていない。

 そんなこと、可能だろうかと半信半疑で、でもそれしかないと息を吸い込んだ。


「イベント〝職人技〟契約書を盗みます」

「盗んでも契約は切れないよ」


 頷いて、更に宣言。


「イベント〝契約〟トリさんと契約を結びます」


 契約を結んでも、白い〝トリ〟のほうがステータスは上だ。ただし、格は同じになる。使用された契約書が使えるのか、そこは賭けだった。

 こちらの手札に加わったカードが淡い光を放って、黒い〝トリ〟さんのカードにまとわりつく。ホッとして、声が弾んだ。


「さらにイベント〝混沌(バベル)〟!」


 その宣言で、少年のうつろだった目が大きく見開かれた。

 ぶわりと黒い羽をまき散らし、トリさんがフィールドに現れる。長い前髪をかき上げて、黒いトリさんは私に恭しく一礼した。

 黒い羽根が白い光に絡みつく。光を遮り、影を作る。

 羽根はダンスを踊るようにくるくると巻き上がり……巨大な塔の形になって四散した。

 呆然とその光景を見上げていた私に、トリさんはウィンクして促した。

 ハッとして、最後の宣言をする。


「アタック」


 混乱の状態異常を受けた白い〝トリ〟は動けない。だから、プレイヤーを直接狙う。

 HPランプがぱたぱたと消えていき、やがて会場で光っているのは私の手元の1つだけとなった。

 トリさんはやれやれというようにフィールドに降り立ち、元のように前髪を垂らすと、さも疲れたというように前かがみになって首を回し、カードの姿に戻っていった。


 会場は何ひとつ壊れていなかった。

 プレイヤー席で少年がうつぶせで気を失っている。

 私は自分の頬を一度つねって、それから黒い〝トリ〟さんのカードを抱きしめた。




おわり

KAC2025参加作品

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ