【あこがれ】ペンテコステ
現代ファンタジー(?)・カードバトル
追加お題「トリの降臨」を入れる
降臨
「ペンテコステ」
会場に響き渡った厳かな声。
中央の3Dフィールドにまばゆい光が降りてくる。
ほのかに黄味がかった光を内包した白い翼を持つ、彫刻のような容姿の美しいトリ。
伏せたカードを裏返し、少年は口元に微笑をたたえ、静まり返った会場に追い打ちのように宣言する。
「イベント〝トリの降臨〟」
対戦相手は思わず立ち上がり、呆然と3Dフィールドを眺めている。彼が差し向けた戦士や妖精、魔術師が白い光に包まれ渦を巻き、天へと還っていく。場に展開されていた混乱によるエフェクトが浄化され、開かれているカードの中で場に残るのは光る〝トリ〟だけだ。
少年の手の中にもうカードはない。対戦相手の伏せられた最後の1枚が開かれるのも、少年は余裕の微笑で待っている。
「……っ……リナウンス……」
対戦相手の権利放棄の宣言でゲームは終わった。湧き上がる会場。しばし言葉をなくしていた実況も、声を上ずらせて叫んでいる。
私は3Dフィールドにいまだ浮いている美しい〝トリ〟を見ていた。起死回生のイベントを起こせるカード。〝トリ〟の中でも希少な、コレクター垂涎の、みんなの憧れの……
美しい〝トリ〟は無表情のままふと視線を上げ、私と目を合わせた。
*
「そんなわけないじゃーん。もう、羽衣ったら思い込みが激しいんだから~」
「そ、そうかな……」
「アニメ映画見に行って、推しと目が合った! って言ってるのと一緒だよ。それ」
「そ、そうか」
巷の女子高生たちに密かに流行りつつあるカードゲーム、『トリ美憂人』仲間の心ちゃんが笑う。心ちゃんに美麗なカードを見せられて沼に引きずり込まれたのだが、彼女はゲームよりもカードを集めることの方が好きなようだ。
ファンタジックな登場人物たちの中でも人気なのは、やはり背中に羽の生えた天使のようなキャラクター。彼らは〝トリ〟と呼ばれる種族で、HPや技、起こせるイベントも強い。パックから出る確率も低いので、会場であんなイベントが見られるのは稀だ。お小遣いで買える分ではとてもとても……
「まあでも、羽衣の〝トリ〟に反応したとかだったら面白いかなぁ。次の相手はお前だ!……って」
顔面に指を突き付けて、きゃらきゃら笑う心ちゃんに私は眉を下げる。
「やめてよ。あんな強い人と対戦なんて1億年かかっても無理」
そう。実は私も〝トリ〟を持っている。
前髪で目が隠れちゃってる、くせ毛で猫背でパッとしない黒いトリさん。コストが高いので初心者の私には使いこなせない。心ちゃんが調べてくれたけど、霊格が低いのかあまり情報もなく、デッキに組み込めずにいる。さりとて、初めてお迎えした希少カード。コレクターに売ってしまうのも忍びなくて、ケースに入れてなんとなく持ち歩いているという具合だった。
「起こせるイベントが『混沌』だからねぇ。魔術師や妖精族の使う『混乱』の上位互換ではあるけど〝トリ〟としては凡庸だし」
「『契約』でステータスが上がるけど、アイテム『契約書』はそれ自体がSレアカードだし……」
イラストも他のカードほどキラキラしくはなくて。
たとえあの少年と対戦できたとしても、あのカードに勝てる気がしない。あの美しいイベントを、私も呆然と見るしかないのだろう。
*
光が渦巻いている。
私がそれを見るのは2度目だった。美しい〝トリ〟が降臨し、混乱した場を平らげていく。けれど、光の奔流はだんだん激しくなって、円形のディスプレイを破壊した。
場を失ったはずの3Dフィールドに、白い〝トリ〟はまだ浮いている。先ほどまで場を覆っていた混乱は現実へと浸食を始めた。
逃げ出す観客。
誘導するスタッフ。
悲鳴と怒号の中、誰かに押されてバランスを崩した私を、光がすくい上げた。
集団から離され、向かう先は対戦席。
「やあ。決着をつけよう」
うつろな少年の瞳。光に照らされ、彫刻のような少年の動きはフィールド上に浮いている白い〝トリ〟とピタリとリンクしている。
少年の手札に『契約書』のカードが淡く光を纏っていた。
どうして、と問う間もなく、光は鞄の中から私のカードを取り出した。
宙でシャッフルされ、山へと加えられる。
手番はこちらだが、場に伏せられたカードは2枚で、どちらかにカードを補充できる効果が記されていない限り使えない。
ほくそ笑む白い〝トリ〟にはもう憧れを抱けなかった。
震える手で伏せた二枚を開く。一枚は『盗賊』でもう1枚が『妖精通信』。
ちらりとHPを確認する。残り2。
「HPをひ、ひとつ献上してドロー」
『妖精通信』のカードを場に出し、宣言する。プレイヤーのHPが0になれば、カードが残っていても負ける。
深呼吸して引いたカードは黒い〝トリ〟さんだった。
あれ。違うケースに入れていたのに……でも、そこで思い悩む暇はない。白い光は徐々に会場を浸食し始めて、ただただ白い空間へと塗り替えていっている。
そのまま攻撃する? イベントを起こす?
『契約』のイベントを起こされた白い〝トリ〟では、黒い〝トリ〟と『盗賊』で攻撃しても足りない。次のターンで負けが決まる。
『混沌』のイベントでは、格上の白い〝トリ〟に効かない。
泣きそうになりながら2枚のカードを交互に見ていると、黒い〝トリ〟さんのカードが『盗賊』を指差した。
え? と思って見直した時には、もういつものポーズだった。
見間違い?
私は『盗賊』のカードに手を添えて、相手の手札をもう一度確認する。イベント『トリの降臨』の効果で、白い〝トリ〟以外は『契約書』と『盾』のカードしか残っていない。
そんなこと、可能だろうかと半信半疑で、でもそれしかないと息を吸い込んだ。
「イベント〝職人技〟契約書を盗みます」
「盗んでも契約は切れないよ」
頷いて、更に宣言。
「イベント〝契約〟トリさんと契約を結びます」
契約を結んでも、白い〝トリ〟のほうがステータスは上だ。ただし、格は同じになる。使用された契約書が使えるのか、そこは賭けだった。
こちらの手札に加わったカードが淡い光を放って、黒い〝トリ〟さんのカードにまとわりつく。ホッとして、声が弾んだ。
「さらにイベント〝混沌〟!」
その宣言で、少年のうつろだった目が大きく見開かれた。
ぶわりと黒い羽をまき散らし、トリさんがフィールドに現れる。長い前髪をかき上げて、黒いトリさんは私に恭しく一礼した。
黒い羽根が白い光に絡みつく。光を遮り、影を作る。
羽根はダンスを踊るようにくるくると巻き上がり……巨大な塔の形になって四散した。
呆然とその光景を見上げていた私に、トリさんはウィンクして促した。
ハッとして、最後の宣言をする。
「アタック」
混乱の状態異常を受けた白い〝トリ〟は動けない。だから、プレイヤーを直接狙う。
HPランプがぱたぱたと消えていき、やがて会場で光っているのは私の手元の1つだけとなった。
トリさんはやれやれというようにフィールドに降り立ち、元のように前髪を垂らすと、さも疲れたというように前かがみになって首を回し、カードの姿に戻っていった。
会場は何ひとつ壊れていなかった。
プレイヤー席で少年がうつぶせで気を失っている。
私は自分の頬を一度つねって、それから黒い〝トリ〟さんのカードを抱きしめた。
おわり
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