いざ、帝都へ
「お、俺様がまた魔王にッスかぁっ!?」
素っ頓狂なマーオの声が、レイジたちの野営地に響き渡る。
今、この場にいるのは、レイジとサイファにマーオ。そして、アルミシアとバーランだ。
彼らはこれから展開する作戦の打ち合わせを行っていたのだが、その時レイジがふとあることを思い出し、それをマーオに告げたのだ。
その途端、マーオが先程の変な声を出したというわけだった。
「そうさ。さっきも言ったけど、人間と魔族が平等にってのが俺の狙いなんだ。それなのに俺が魔王のままだと、俺がキンブリー帝国の皇帝に勝ってしまったらそれは魔族の勝利になっちまうだろ? だから俺が魔王のままだとまずいんだよ」
これから始めるであろう、レイジとキンブリー帝国の……いや、レイジとアルモート皇帝との喧嘩は、人間と魔族の争いにしてはならない。そのためには、レイジが魔王というのは都合が悪い。
「なるほどぉ、確かにアニキの言うとおりですねぇ。判りやした。不肖この俺様、アニキの命に従って再び魔王を務めさせていただきやす」
どん、と逞しい胸を叩きながら、マーオは快諾する。
「ですが、俺様が……いや、魔族全体がアニキの配下であることは変わりやせん。いつでも何でもご命令くださいや」
「ああ、当てにさせてもらうよ」
レイジとマーオが、ごつんと拳同士を打ち合わせる。そんな二人の様子を、サイファは微笑ましそうに見守り、アルミシアとバーランもまた笑顔で見つめていた。
「《天眼》! いるな?」
マーオの突然の声に、拳ほどの大きさの眼球がふらふらと姿を見せる。
その異様な光景にアルミシアとバーランがぎょっとするも、レイジが狼狽えていないことから何とか気を持ち直す。
「お、おい、勇者様よ……? その目玉は一体……?」
それでも興味がなくなったわけではなく、バーランは恐る恐ると宙に浮く目玉に近づいた。
「ああ、それは《天眼》っていう魔族の幹部……パジャドクさんの同僚の『目』さ。ちょっと不気味だけど、別に危害を加えてくるわけじゃないから安心してくれ」
レイジがバーランたちにそう説明している間に、マーオは再び自分が魔王に就任したことを二極元帥に伝えるように告げていた。
「一応、アニキが魔王の座から退いたことは二極元帥に伝えさせました。ですが、一度は魔王城へ戻って魔王退任の正式な手順を踏む必要がありやすぜ」
「そりゃそうだな。じゃあ、今回の件が片付いたら、一度魔族領に戻ろうか。その時、諸々の手続きをしよう」
「へい、準備させておきやすよ」
と、マーオは親指を突き立てながらにっこりと笑った。
更に、レイジたちの打ち合わせは続く。
「今頃、ガネラさんは帝都に到着した頃ですかねー?」
レイジの命を狙って接近してきた暗殺者ガネラ。彼女はレイジたちに捕らわれた後、自白剤を投与されて彼女の知っている情報を全て吐き出した。
その後、彼女はなぜかチャイカ直属の部下のような存在になっている。
ちなみに、レイジはどうしてチャイカに従うのか聞いたところ、ガネラは両耳を手で押さえてがたがたと震え出した。しかも、ぶつぶつと小声でよく判らないことを呟き始める始末。
どうやらチャイカがかなりキツいことをしたのだろうと判断したレイジは、それ以上尋ねることはしなかった。
そのガネラは、現在レイジのしたためた書状を持って、アルモート皇帝の元へと向かっている。そしてチャイカの言うとおり、今頃その書状は皇帝の手に渡っているだろう。
「皇帝はどう出ると思う?」
自身の隣に浮かぶ、半透明の人影にレイジは問う。だが、彼女からの返答は、自分が考えているものと同じだろうと考えていた。
そして、その通りの返事がチャイカから返ってくる。
「間違いなく、アルモート皇帝はレイジ様を待ち構えているでしょうね。レイジ様との対談を受け、レイジ様を帝都の中まで引きこむ。あるいは、帝都付近のどこかで大軍を布陣させ、レイジ様を迎え撃つ。そのどちらかでしょう」
「帝都ともなると、万近い数の兵が常に詰めているぜ? しかも、近隣から集めれば余裕で万を超える。それでも行くつもりか?」
「ああ、行くよ。もちろん、無策でのこのこ出ていくつもりはないけどね」
「レイジ様の言う通りですねー。そのための装備を、ステルス・ヘリと一緒に地上に降ろしておきました。バーランさんとその部下の人たちに、その装備を配ってください」
「ほう、勇者様や精霊様が俺たちに装備を下賜してくださると? そいつは願ってもいねえってもんだ」
バーランはレイジに案内され、着陸していたステルス・ヘリへと近づく。その格納スペースに収まっていた物を目にして、彼は今日何度目になるかも分からない驚愕の表情を浮かべた。
「お、おい、勇者様よっ!? こ、こいつはもしかして……」
「うん、バーランさんの考えている通りの物だよ」
してやったりとばかりに笑みを浮かべるレイジと、その隣に浮かんでいるチャイカ。
バーランはというと、驚きの表情を浮かべたままレイジたちとその装備を何度も見つめていた。
「ほ、本当にこれを俺たちに……?」
「はい、そうです。それはバーランさんたちが考えているほど、特殊な物ではありませんから。遠慮なく使ってくださいねー」
にっこりと笑うチャイカ。その笑みを、バーランはどこか薄ら寒い思いで見つめる。
これほども物を、特殊な物ではないと言い張る勇者と精霊。確かにバーランやその部下たちが使うだけの数が揃えられている以上、彼らの言葉は正しいのだろう。
「……ホントに勇者様たちと一緒だと、常識とかいろいろなものがどんどん崩れていきやがるぜ」
はあ、と大きな溜め息を吐くバーラン。だが、その顔には明らかな笑み。
目の前の装備を使って帝国と喧嘩をすることが、徐々に楽しくなってきたのだ。
「よぉし、おもしろくなってきやがったぜ!」
バーランはレイジから装備を受け取ると、それを部下たちにも配り、一緒にその使い方をレイジから学ぶ。
バーランの部下たちもその装備を見て大いに驚くも、すぐに興奮にとって変わったようだ。
「お、俺たちがこんな物を使っていいのかよ……?」
「い、いいんじゃねえ? 他ならぬ勇者様と精霊様がそうおっしゃっているんだしよ」
「な、なんか俺、興奮してきたぜ……!」
レイジたちから装備を受け取ったバーランの部下たちもまた、上司と同じような笑みを浮かべて戦意を漲らせていくのだった。
「こちらが、アルモート皇帝よりの書状にございます」
レイジに傍らに跪き、恭しい態度で書状を差し出したのは、もちろんガネラである。
たった今、彼女はレイジがアルモート皇帝に宛てた書状の返事を持って、レイジたちの元へと戻ってきたのだ。
レイジがバーランやアルミシアと合流してから、すでに数日が経過している。彼らは今、ゆっくりと帝都へ向けて移動中していた。
帝都へ向かう途中の村や町では、アルミシアやその部下たちによるレイジこそが勇者であるという演説を行い、自分たちの正当性を少しずつ周囲に浸透させながらの移動である。
レシジエル教のトップであるアルミシアの演説は、当然ながら広く受け入れられた。突然村や町に現れたアルミシアに最初こそ疑いの目を向ける住人たちだったが、アルミシアが身に纏った絢爛豪華な法衣──チャイカが用意した──を目にした途端、すぐに彼女が本物の大司教であると判断した。
チャイカ謹製の法衣は、大司教本来の法衣を忠実に再現しているのだ。そこにアルミシアの大司教としての威厳が加われば、それを偽者だと言い出す者はまずいない。いるとすれば、それは間違いなく帝国の手の者だろう。
しかもその演説の途中、アルミシアの背後に半透明のチャイカが姿を見せるのだ。ここまで演出されれば、いくら帝国やグルーガが手を回そうが、アルミシアを偽者と言い張ることはできない。
そんな状況の中、ガネラの帰還である。レイジは彼女から書状を受け取ると、すぐに中身を確認する。
「アニキ、皇帝は何と言ってきやしたか?」
「ああ、帝都で俺を待つってさ」
「ほう、予想通りだな」
マーオとレイジ、そしてバーランがにやりと笑う。
こちらの行動を阻止することができず、徐々に広まっていく勇者の存在。暗殺も叶わず、もはやアルモートやグルーガに打てる手はないのだろう。
「さて、皇帝陛下から直々のお招きだ。これより、本格的に帝都へ向かおうか」
これまで、レイジたちはその存在を知らしめるため、あえてゆっくりと帝都へ向かっていた。しかし、それはもう終わりだ。これからは一気に帝都を目指すことになる。
レイジの言葉に、彼の仲間たちは威勢よく応と答えるのであった。
各地で自分たちの存在を喧伝しながら帝都へと近づいてくる勇者一行の存在は、当然アルモートの耳にも届いていた。
それを阻止すべく、手の者を放つも効果は全くなし。かといって、暗殺者は全て撃退される。最早、アルモートに勇者の勢いを止める術はない。
「おのれっ!! 忌々しい勇者がっ!!」
手にしていた酒杯を、アルモートは苛立たしげに足元に叩きつける。
高価なガラス製の酒杯は、床の上に叩きつけられて砕け散る。床には毛足の長い絨毯が敷かれているが、それでも酒杯を守るには至らなかった。
それほどの怒りと焦りが、アルモートの全身を支配しているのだ。
「グルーガっ!!」
「は、はいぃぃぃっ!!」
最近はすっかり皇帝の足元に這い蹲るばかりのグルーガである。とてもではないが、国教であるレシジエル教団のトップとは思えない姿だ。
「間もなく勇者とその一行は帝都にやってくる! 我が精霊の乙女は決まったのかっ!?」
「は、はい、陛下! 若く美しく、そして聡明な者を選び、精霊の乙女として仕立て上げました。きっと陛下もお気に召すかと……!」
どこか嫌らしい笑みを浮かべるグルーガ。その彼が合図を送ると、廊下へと続く扉が開き、独りの少女が室内へと入ってきた。
年若く、確かに美しい娘だった。だが、その身分が決して高くはないことは、アルモートには一目で判る。
「ふん……まあ、見てくれは悪くはないな。だが、貴族の出ではあるまい?」
「は、はい、おっしゃる通りにございます。で、ですが、精霊の乙女を演じるだけですので、身分はそれほど必要ではないかと……」
にへらにへらと笑うグルーガ。その笑みには明らかに下卑たものが含まれていた。
「身分が身分ゆえに、陛下のお傍に置くことはかないませんが……陛下の一時の無聊を慰めるお役には立つかと……」
「なるほど。それも悪くはないな。娘よ、特別にさし許す。我が元へ近づくがよい」
「は、はい、こ、皇帝陛下」
明らかに緊張した様子で、その娘はアルモートの言葉に従う。緊張のあまりぎくしゃくとしたその動きが、逆にアルモートには初々しく感じられる。
「我が貴様に求めるもの……理解しておろうな?」
「はい、グルーガ様より承っております。へ、陛下の精霊の乙女として、陛下の傍にいるだけでよい、と」
「その通りだ。貴様に与えられた役目、とく励め。して、名はなんと言う?」
「は、はい……レーリアと申します」
自らをレーリアと名乗った娘。それは、かつてレイジとサイファが出会ったあの村の、元村長の娘の名前だった。




