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救出と合流

 夜の帝都の上空を、夜空より更に黒い影が音もなく飛翔する。

 その大きさは、貴族たちが使う大型の馬車よりも大きい。そんな巨大なものが空を飛ぶなど、この世界……いや、この惑星に暮らす人々は思いもしないだろう。

 よくよく耳を澄ませば、全くの無音というわけではない。だが、すっかり寝静まった帝都の住民たちの眠りを妨げるほどの音はないため、夜空を横切るその影の存在に気づく者は一人もいなかった。

 仮にその音に気づいて夜空を見上げたとしても、夜空よりも黒いその影を視認することは難しい。たとえ見えたとしても、単なる目の錯覚としか思わないはずだ。

 そんな黒い巨大な影の中には、二人の男性の姿があった。

 一人は黄金の髪と紫の瞳を持つ青年。もう一人は、禿頭の巨漢の男性である。

 影を操作しているのは青年の方。禿頭の巨漢はといえば、眼窩に広がる帝都を見下ろして感心することしきりであった。

「いや、さすがはアニキと精霊の姐御。こんな巨大な箱が空を飛ぶなんて、思いもしませんでしたぜ」

「あははー。このステルス・ヘリならば、誰にも気づかれることなく上空から帝都に侵入できますよー」

 突然、二人の男性しかいなかった影の中に、半透明の女性の姿が現れる。

 半透明の女性──チャイカは、胸を張りながら黒い箱、すなわちステルス機能を搭載した特殊ヘリを自慢する。

 ローター部分に特殊な無音装置を搭載したステルス・ヘリは、ほとんど無音に近い静粛性を誇る。

 黒い外装はレーダー波を吸収する塗料だが、レーダーが存在しないこの惑星では、単なる夜間迷彩に過ぎない。

 それでも、帝都の上空を飛びこのヘリは、その存在を知られることなく帝都の中央近くに聳える一つの建物へと近付いていった。




 ヘリの操縦桿を握るのは、金髪の青年──レイジである。

 彼らの目的は、レシジエル中央神殿に幽閉されているアルミシア前大司教の救出であった。

「なあ、チャイカ。アルモートって皇帝がアルミシアさんから奪ったレーザーブレードだけど……エネルギーの残量は把握してあるか?」

「はい。そのコンディションを正しく把握するため、レイジ様の装備はほぼ全て私とリンクしていますから。当然あのレーザーブレードともリンクしていますよー」

「なら、レーザーブレードのセイフティとも?」

「もちろんですー」

 チャイカの言葉に、レイジはにやりとした笑みを零す。どうやら、彼らが考えている作戦は上手く運びそうだ。

 しかし、それもアルミシアを救出しなければ話にならない。

「さて、そろそろ目標上空です。準備をお願いしますねー」

「標的の位置は?」

「中央神殿に忍び込ませてあるドローンで確認済みです」

 チャイカの詳しい指示を聞いたレイジとマーオは、揃って真剣な表情で頷いた。




 深夜。

 こんこんと何かが窓を叩く音に、アルミシアは微睡みの海の底からゆっくりと浮上した。

 夜着の乱れを整えつつ、僅かな月明りの差し込む窓へと目を向ければ、そこには一人の青年がいた。

 ここは、彼女が幽閉されているレシジエル中央神殿の塔の最上階である。当然、外からこの部屋に到達することは、翼でもなければまず不可能だろう。

 この部屋と外部を繋ぐ唯一の扉は、固く施錠されており、塔の基部には数人の見張りもいるはずだ。

 しかし、その見張りたちが騒ぐ様子は窺えない。アルミシアは不審な思いを抱きつつも、ゆっくりと窓へと近付いていった。

「何者です?」

「初めまして、アルミシアさん。俺の名前はレイジ。レイジ・ローランドです。アーベルさんから聞いていませんか?」

 彼女が窓を開けると、突然突風が部屋の中へと吹き込んだ。その風はステルス・ヘリのローターが巻き起こす風だが、そんなことはアルミシアには判らない。

「レイジ……? おお、では、あなた様が勇者様……」

 月光に照らされて淡く輝くレイジの髪を見つめつつ、レイジの正体に気づいたアルミシアは、その場で跪いて額を床へと擦り付けた。

「申し訳ございません。私は勇者様の期待に応えることができませんでした。それどころか、あなた様よりお預かりした宝剣までもを、愚かな者たちに奪われる始末……どのような沙汰も受け入れます。どうか、この私をお裁きくださいませ」

「あ、いや……今はそれどころじゃなくてですね……」

 不安定な姿勢を何とか維持しながら、レイジは困った顔をする。

 現在、彼はステルス・ヘリより垂らされたロープに掴まっているだけなのだ。当然、周囲はローターの風が渦巻き、下手をすると彼の身体は塔の外壁に叩きつけられかねない。

「詳しいことは後ほど。今はまず、ここから脱出しましょう」

「はい、全ては勇者様のお望みのままに」

 レイジの言うことに逆らうつもりのないアルミシアは、差し伸べられたレイジの腕を素直に取る。

 強化されたレイジの腕は、片手で彼女の身体を易々と支えた。レイジが上空に合図を送れば、頭上から「合点」という野太い声と共に、彼が掴まっていたロープがウインチの小さな稼働音と共に巻き上げられていく。

 この時、ようやくアルミシアは自分の頭上に黒い影が浮かんでいることに気づいた。

「も、もしや、これがアーベル高司祭の報告にあった、勇者様の神獣でございましょうか……?」

 どこか恍惚とさえしているアルミシアの身体を支えながら、レイジは苦笑を浮かべるしかない。そんな二人の身体は、瞬く間に上空に停滞していたステルス・ヘリの中へと回収されるのだった。




 その後、アルミシアだけではなく彼女に従う数人の高司祭も救出したレイジたちは、そのまま帝都を離脱する。

 そして、アルミシアに代わって大司教の地位に就いたグルーガが、アルミシアとその配下の司祭たちの姿が消えていることに気づいたのは、翌日の朝日が登ってしばらくしてからだった。

 当然、焦りに焦ったグルーガは、大至急逃げ出したアルミシアたちの捜索を開始するだが、夜が明けた時点で帝都からかなり遠くまで逃げおおせたレイジたちを捕えることは不可能であり、グルーガは頭を抱えることになる。

「い、一体どうやって塔の最上階から逃げ出したというのだ……?」

 頭を抱えながら、グルーガは目の前にいる神官を問い質す。

「幽閉されていた塔の基部は、数名の警護の者たちがおりました。その者たちは不審者など見ておらず、当然ながら塔から出てくる者もいなかったと証言しております。ただ……」

「ただ、何だっ!?」

「ただ、昨夜は異様に風が強かった、と……」

「か、風だとっ!? 貴様はアルミシアが風に乗って塔から逃げ出したとでも言いたいのかっ!?」

「い、いえ、決してそのような……」

 怒るグルーガの前で平服するしかない神官。下手に彼の怒りをかえば、折角掴んだばかりの栄誉を逃してしまうことになる。

「こ、皇帝陛下に何と報告したものか……」

 グルーガの方も、アルモートへの報告で頭を悩ませるばかり。捕えて数日しか経っていないアルミシアに逃げられたとなれば、自分は皇帝より見限られるかもしれないと目の前の神官と同じような焦りを感じていた。

「大至急、探し出せ! 老いぼれの足ではそれほど遠くへは行ってはいまい。まだ、この帝都のどこかに潜伏しているはずだ!」

 全く見当違いの指示を出すグルーガ。だが、彼を責めることはできないだろう。ヘリなどというものは、彼らの中では存在さえしないのだ。

 一夜明けたぐらいで、この帝都から逃げ出せるわけがないのが常識なのだから。




 夜明けを過ぎても、レイジが操縦するヘリはしばらく飛び続けた。

 既に帝都ははるか彼方。

 文字通り流れるように過ぎ去る光景を、アルミシアと彼女と同じように塔の別の部屋に幽閉されていた数名の高司祭たちは、驚きの表情を浮かべながら見つめていた。

「しかし、ヘリやら四輪車(ヴィーグル)やらに初めて乗る人たちは、みんな同じ表情をするよな」

「それは仕方ないですよー。なんせ、この惑星では馬より速い乗り物がほとんどありませんから」

 この惑星にも、馬よりも足の速い生物は存在する。だが、そのような生物は家畜には向いておらず、乗用に飼い慣らすことが難しい。

 そのため、馬より速い乗り物はほとんど存在しないのだ。

 そんなアルミシアたちを乗せ、レイジは予定されているサイファとの合流ポイントへと向かう。

 チャイカからの情報によると、既にサイファはバーランの傭兵団と接触を果たし、予定のポイントに到着しているらしい。

 ほんの数日離れただけなのに、レイジはサイファに会いたくて仕方なく感じる。

 そんな自分の気持ちに戸惑いながらも、レイジは速度を上げるためにヘリのスロットルを更に押し込んだ。




 ひゅんひゅんと暴風を巻き起こしながら降りてくる黒い箱に、バーランとその部下たちは開いた口が塞がらない。

 自分たちが野営していた場所から少し離れた所に着陸した、巨大な黒い箱。

「な……何だ……ありゃ……?」

 自分の隣で呆然と呟くバーランを見上げて、サイファはくすりと微笑む。

「えっと……あれはチャイカ様がご用意なされたレイジさんの乗り物で……確か『へりこぺた』とか言っていました」

「の、乗り物……っ!? あ、ありゃ人が乗るようなものなのかよ……っ!? しっかし、相変わらず勇者様のやることは俺たちの理解の外だな……」

 呆れているのか、感心しているのか、どっちとも取れる表情で着陸した黒い箱を眺めるバーラン。

 その彼の視線の先でヘリのハッチが開き、中からレイジとマーオ、それから神官服を身に着けた数人の人間が降りてきた。

「よう、勇者様。今回は俺らを雇ってくれてありがとよ」

「こっちこそ、あてにしているぜバーランさん」

 久しぶりの再会を喜び、互いに手を握り合うレイジとバーラン。

 レイジは周囲を見回してジールの姿がないことを確認すると、バーランの隣に立っているサイファへと微笑みかけた。

「ジールはもう行ったのか?」

「はい。レイジさんのご指示通り、私がバーランさんと合流した直後に」

「おう、あのジールって兄ちゃんがいなくなった後は、しっかりとこの俺がサイファの護衛をしておいたからな。なぁに、俺の部下はそのほとんどがあの村で兵士をやっていた連中だ。みんな勇者様とサイファの関係を知っているから、サイファにちょっかいをかけるような馬鹿はいないってもんさ」

 そう言いながら、バーランはばちりと片目を閉じて見せる。

 本来、レイジは自分の使者としてバーランと接触するのは、ジールに任せるもりだったのだ。だが、バーランはジールの存在を知らない。見知らぬ人物が突然現れ、レイジの使者だと言ってもおそらくバーランは信じないだろう。

 そのため、バーランと顔馴染みであるサイファがジールと共に使者として、バーランと接触したのだ。

 サイファとバーランが接触した後、ジールはレイジの命で別の場所へと向かっている。

「さあ、勇者様。そろそろあちらの御仁たちを紹介してくださいや。見たところ、どうやらレシジエル教の高位の神官様のようだが?」

 レイジがこの場に連れてきた人物たちである以上、自分たちの仕事にも関係があるだろうと推測したバーランは、事の次第の説明をレイジに求めた。

「うん、顔合わせとこれからのことを話し合おうか」

「これからのこと……ねぇ? まあ、俺らのような傭兵を雇うんだ。荒事なのは予想がつくってモンだが……」

 果たして、レイジがどのような目的で自分たちを雇ったのか。そのことがどうしても気になるバーラン。

 そんなバーランに、レイジは悪戯小僧のような笑みを浮かべると、実にあっさりと、それでいてとんでもないことを言ってのける。


「ちょっとばかり、キンブリー帝国に喧嘩を売ろうと思うんだ」



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