仲間たち
レイジたちが初めてみる、厳しい表情を浮かべたサイファ。
彼女は目に涙を溜めつつ、きっぱりとレイジに向けて言葉を続ける。
「レイジさんが現れてくれなければ……レイジさんと出会わなければ、私は今頃、故郷の村で村人共有の娼婦になっていました。私を助けてくれたのは、間違いなくレイジさんです。少なくとも、私にとってレイジさんとの出会いは……いえ、私にとって、レイジさんは正真正銘の勇者様なんです! レイジさんこそがわ、私の……」
「そうですぜ、アニキ。俺様も、アニキと出会ったことが大きな転機でやした。俺様もアニキと出会えて……こうしてみんなで楽しく旅をすることができて、とても嬉しいんですよ。なんせ、魔王だった頃にはこんな楽しい旅ができるなんて思ってもみなかったことですぜ」
頬を染め、両手でその頬を覆うサイファと、にやりと男臭い笑みを浮かべてぐっと親指を立てるマーオ。
「サイファちゃんやマーオ様の言う通りね。私も、こうしてレイジ様の愛玩動物になれてとっても嬉しくて楽しいわ。できれば、これからもレイジ様と一緒にいろいろな所に行ってみたいわね」
狼から人間の姿になって、にっこりと微笑むのはラカームだ。
当然ながら、彼女は全裸である。その姿を惜しげもなくレイジたちに晒しながら、恥ずかしそうな素振りも見せずに堂々としている。
「私も、レイジ様と出会えたことは、何よりも勝ることだと思っております。生まれてまだ三百年ほどしか経っていないこの私が、忠誠を誓うに足る主を得られたのですから。これ以上の幸運はありません」
ジールはレイジに向かって、恭しく頭を下げた。
「ね、レイジさん。少なくとも、ここにレイジさんと出会えて良かったって思っている人たちがいるんですから。決して、レイジさんが私たちの前に現れたことは無意味じゃないんです」
先程の厳しい表情から一転し、にこやかな笑みを浮かべて、サイファはレイジを見つめる。
「サイファ……」
知らず、レイジはサイファに向けて足を踏み出していた。
そして、彼女のすぐ傍まで歩み寄ったレイジは、そのまま彼女の身体を腕の中に抱き入れる。
「え……えええええええええっ!?」
突然抱きしめられ、顔を真っ赤にして狼狽えるサイファ。そんな彼女に構うことなく、レイジは力一杯サイファを抱きしめ続ける。
「ありがとう……サイファ……」
安堵の表情を浮かべつつ、レイジは仲間たちに見守られながらサイファを抱きしめ続けた。
仲間たちのお蔭で、何とか気持ちの整理ができたレイジ。
一同が落ち着きを見せたそのタイミングで、チャイカから衝撃的な情報が伝えられた。
「レイジ様。たった今、帝都のレシジエル教団の中央神殿で、事件が発生しました」
「事件だって?」
ざわりと不穏な空気がレイジと仲間たちの間を一瞬で包み込む。
「レシジエル教団のトップであるアルミシア大司教が失脚、グルーガ司祭が新たな大司教の地位に就きました」
情報収集のため、レシジエル教団中央神殿に待機させておいた偵察用ドローンが、中央神殿に押し入ってきた帝国の兵たちと皇帝、そして皇帝と結託したグルーガがアルミシアを陥れて幽閉した経緯を、リアルタイムでチャイカに伝えたのはつい先程のことだった。
「グルーガって……確か、サイファのいた村にいた神官だろ? どうしてあの神官が……」
グルーガがキンブリー帝国のアルモート皇帝と結託し、大司教の地位を強引に奪ったこと、そしてアルモート皇帝もまた、レイジがアルミシアに預けたレーザーブレードを神殿より強奪し、自分こそが神々に遣わされた勇者であると宣言したことをチャイカは伝えた。
「なるほど……それでキンブリー帝国の皇帝が暗殺者を放って、アニキを殺そうとしたってわけですかい?」
「はい、その通りですね。アルモート皇帝はキンブリー帝国の支配権を高め、人間たちの盟主の地位を盤石にするつもりなのでしょう」
「魔族を平定したのはアニキではなく、自分だって言い張るつもりなんでしょうな。確かに、そうすりゃ人間領での地位は安泰ですし」
マーオも元魔王である。名声が地位を固めるために、大いに役立つことはよく承知している。
「どうします、アニキ? このままアルモート皇帝を……いや、キンブリー帝国を放置しておくんですかい?」
当然ながらのマーオの問い。だが、レイジはきょとんとした顔でマーオを見つめた。
「どうするって……放置しておいても問題ないだろ? 暗殺者の類は何とでも撃退できるし、こっちからこれ以上ちょっかいかけなければ、そのアルモートって皇帝も……」
「その考えは甘いですぜ!」
レイジの言葉を途中で遮り、マーオはきっぱりと断言する。
「権力者って奴は、自分の権力を守るためならどんなことでも仕出かすモンです。例えば、サイファを人質にしてアニキに何かを要求するとか……」
「サイファを人質に……?」
途端、レイジの身体から立ち上る怒気に、マーオは慌てて頭を振る。いろいろな意味で、やはりサイファはレイジの最大の「弱点」のようだ。
「だ、だから例えばですよ、例えば! でも、暗殺者を仕向けるような奴なら、それぐらいのことは平気でやりますぜ?」
必至に弁明するマーオ。思わず怒りを覚えたレイジも、すぐに怒りを沈めて冷静さを取り戻していた。
「だけど、マーオはあっさりと俺に魔王の地位を明け渡したじゃないか?」
「まあ、人間と魔族は違いまさぁね。魔族は自分よりも強い奴には服従するものですし」
この辺り、生物としてのメンタリティの違いである。ジールたち竜族は人間や魔族とはその精神面で大きく異なっていることを最近承知したばかりだが、人間と魔族でもやはりメンタルの面で違いはあるのだろう。
「じゃあ、どうすればいいんだ?」
「そりゃあ、やっぱりアルモートって奴とはっきりと話をつけるべきじゃないですかねぇ?」
マーオが言いたいことはレイジにも理解できる。だが、相手は帝国の頂点に立つ存在であり、レイジを疎ましく思っている人物でもある。
いくらレイジが会いたいと言っても、すんなりと会ってはくれないだろう。
「ここは一つ、幽閉されたアルミシアさんを助け出し、彼女に助力を願ってはどうでしょうか?」
グルーガによって身柄を押さえられたアルミシアだが、彼女自身はレシジエル教の信者たちから強い信頼と支持を得ている。その彼女を味方に引き入れることができれば、アルモート皇帝と直接話をする機会も得られるに違いない。
「問題は、アルミシアさんを捕えたグルーガが、彼女の偽の背信行為を民に宣言された場合ですねー。そうなると、いくらアルミシアさんといえども、あっと言う間に信頼と支持を失いかねません。とはいえ、彼女の身柄さえ押さえてしまえば、何とでも挽回できますけど」
チャイカの言うように、アルミシアほど人物が罪を犯したと宣言されたとて、支持者たちがそのまま鵜呑みにすることはまずない。
更には、アルミシアの支持者は何も庶民だけではなく、貴族階級の中にも彼女の支持者はいるのだ。そんな貴族階級の支持者の意向を無視することは、たとえ帝国の皇帝と言えども簡単ではない。
そのため、アルミシアの偽りの背信行為が民たちに向けて宣言されるのは、支持者たちを黙らせるためにそれなりに手回しを行った後になるだろう。
しかし、レイジたちがアルミシアを救い出すならば、やはり早いにこしたことはない。
「チャイカ。ここから帝都までどれぐらいの時間がかかる?」
「このまま四輪車で移動するならば、数日はかかります。ですが……」
チャイカが何を言いたいのか、レイジにはすぐに分かった。
「よし、その案を採用する。直ちに準備に取りかかってくれ。大至急、そのアルミシアって人を救出する」
「了解しましたー」
チャイカに指示を出し終えたレイジは、次に仲間たちへと向き直る。
サイファ、マーオ、ジール、そして狼形態に戻ったラカームたちは、無言でレイジの次の言葉を待っていた。
「みんな……みんなの力を貸してくれ」
レイジのこの言葉に、彼の仲間たちは迷うことなくにっこりと微笑んで頷くのだった。
とある宿場町の酒場にて。
一人の中年の男性が、仲間たちと共に酒を飲んでいた。
その男性の腰には、炎亜竜の骨から削り出した剣が佩かれている。この剣こそが、十人にも満たない極小規模の傭兵団を、一目置く存在へとしていた。
「兵長……じゃなかった、団長。そろそろ次の仕事を探さないと、団の懐が寂しいことになってきますぜ?」
「おう、分かっているって。だから、この町で隊商の護衛でも引き受けようと思っているんじゃねえか」
部下の言葉に、団長と呼ばれた中年男性はその太い眉をぎゅっと寄せた。
その部下の言うように、そろそろ傭兵団の懐が寂しくなってきている。このままだと、数日もすれば団の経済状況は破綻するしかない。
とある隊商の護衛をしてこの宿場町まで来た彼らだが、次の仕事に中々ありつけなかったのだ。
炎亜竜の剣を佩いた中年男性がごとりと酒のジョッキをテーブルに置いた時。
酒場の入り口が突然開き、一人の小柄な人物が酒場の中へと足を踏み入れてきた。
途端、酒場の中にいた客たちが一斉にその人物へと視線を向ける。
酒場に入って来たのは、一人の少女だ。浅い褐色の肌とやや尖ったその耳から、その人物が魔族──闇エルフの血を引いていることが分かる。
このような場所にのこのこと現れた半魔族の少女に、客たちから粘ついた視線が向けられる。だが、少女の首に「奴隷の首輪」が装着されていることに気づくと、その粘ついた視線はすぐに諦めへと変化した。
更には、その少女の背後から長身で美形の男性が現れ、客たちの好奇心を刺激する。
どうやら、半魔族の少女は奴隷──おそらくは、背後にいる長身で美形の男性の奴隷なのだろう。
果たして、半魔族の少女奴隷を連れた美形の男性が何の目的でこのような酒場に現れたのか。客たちが興味を引かれた理由はそこにある。
先に酒場に入ってきた半魔族の少女がきょろきょろと店内を見回すと、中年男性の存在に気づいて顔を輝かせた。
「バーランさん!」
「おお、サイファじゃないか。よく俺がこの町にいることが判ったな……って、あの精霊様のことだから、俺のことをどこかから見ていたんだろうなぁ」
突然のサイファの登場に、中年男性──バーランが驚きつつも呆れた表情を浮かべた。そして、彼女の背後に見知らぬ男性がいることに、再び彼の眉が寄せられる。
「ところで、後ろのお兄さんは誰だ? そもそも、勇者様はどうしたんだ?」
あのレイジがサイファを手放すとは思えないバーラン。ならば、サイファはそのレイジの使いでここに現れたのだろう。となると、その背後の見知らぬ男性もまた、レイジの関係者なのだろうとバーランは推測する。
「レイジさん……いえ、勇者ランド様は今、別のことに忙しいので代わりに私がランド様の使いとしてここに来ました。後ろは最近、勇者様の仲間になったジールさんです」
「初めてお目にかかる、バーラン殿。貴殿の噂はレイジ様より聞き及んでおります。本日はサイファ殿の護衛として、サイファ殿共々バーラン殿にお願いがあって参上いたしました」
慇懃に頭を下げるジール。他ならぬサイファが仲間という以上、この男性がレイジの仲間なのは間違いないだろう。
「俺にお願いねぇ。もしかして、仕事の依頼か?」
「はい。レイジさんはバーランさんの傭兵団を雇いたいそうです」
笑顔でそう告げるサイファに、バーランはにやりと男臭い笑みを浮かべた。
「他ならぬ勇者様の依頼だ。受けないわけにはいかねえやな。それに、丁度仕事もなくて暇をしていたところだし。ただ、雇われる以上はきっちりと報酬はいただくぜ?」
口ではそう言いながら、バーランにこの話を断る気は全くない。彼にとってレイジは恩人でもある。その恩人からの依頼とあっては、バーランにこの仕事を受けない理由はないのだ。
「よぉぉし! おまえら、仕事だ! それも勇者様から直々のご指名だぜ! 気合い入れていけよ!」
バーランの発破に彼の部下たちは揃って応と答え、拳を酒場の天井目がけて突き上げた。




