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強襲と脅迫



 皮膚や肉を持たない、骨だけの手。

 そんな骨の手が、地面から生えてガネラの足首をしっかりと掴んでいるのだ。その事実を理解して、彼女はひっと小さく悲鳴を漏らした。

 地面に倒れるガネラをよそに、骨だけの手は地面から更にずるりとせり上がってくる。

 腕、肘、肩と骨だけの腕が現れ、次いで頭や上半身も露わになる。そして、遂に人一人分の骨が、地面から這い出してきた。

 骨だけの身体に、鎧などの武具を装備したその姿。それは骸骨(スケルトン)と呼ばれるアンデットモンスターである。

「す……スケルトン……? それも上位種であるスケルトン・ソルジャー……? ど、どうしてこんな所にアンデットが……」

 恐怖に顔を引き攣らせるガネラ。彼女の主武器は毒……つまり、毒使いである。だが、彼女の最大の武器である毒は、アンデットモンスターには一切効果がない。また、当然ながらアンデットモンスターは魅了することもできない。

 アンデットモンスターは、ガネラにとっては天敵のような存在なのである。

 そんな天敵にも等しい存在に足首を掴まれて、ガネラの顔色が焚火の赤い光の中でもはっきりと判るほどに青ざめた。

「マーオさんが、サイファさんの護衛のために影の中に仕込んでおいてくれた骸骨さんです。どうです? 焚火の灯りの中に現れる骸骨って、完璧にホラーですよねー。あははー」

 ガネラは蹲るようにして自分の足を掴んでいるスケルトンと、その向こうで意地の悪い笑みを浮かべている精霊を何度も見比べる。

 実際、ガネラは手詰まりである。スケルトンには毒が利かない以上、彼女では上位種のスケルトンソルジャーには太刀打ちできない。かと言って、精霊や半魔族の娘を色気で篭絡できるとは思えない。

 しかし、それでもガネラはにたりとした笑みを浮かべる。彼女自身にこの窮地から逃れる手段はないが、それはあくまでも彼女個人に関しては、だ。

「ふふふ、あまり私を甘く見ないでもらえる? 私が単身で敵の懐に入り込んだとでも思っているの? この周囲には、私の仲間がたくさ──」

 彼女がそこまで言った時だった。夜の闇の向こうから、どん、という重い音が響いてきたのは。

「あららー。この周囲に仕掛けておいた対人地雷に誰かひっかかったみたいですねー」

「た……タイジン……ジライ……? そりゃ一体……」

 思わずガネラがチャイカに問い返した時、再び闇の向こうから重々しい音が響いた。




 ガネラの仲間の暗殺者たちは、四輪車(ヴィーグル)を包囲するように展開し、徐々にその包囲網を縮めていた。

 後は勇者の元に潜入したガネラの合図を以って、一斉に攻撃を仕掛けて勇者一行を全滅させるだけである。

 夜の闇に自分の姿を紛らわせる魔封具を身に着け、鍛え上げられた体術で足音と気配を殺しつつ、暗殺者たちはじわじわと四輪車へと近づいていく。

 しかし。

 突然、どんという大きな音と共に何かが弾け、それを浴びた暗殺者が一瞬でずたずたにされた。

 一体に何が起きたのか? 一瞬で仲間の一人がぼろ屑のような姿になったことに戸惑いながらも、それでも一切の物音を立てない彼らは、間違いなく超一流の暗殺者に違いなかった。

 だが、たとえ超一流の暗殺者であろうとも、機械の目から逃れることはできなかった。

 赤外線センサーと連動した対人地雷。それはクレイモアタイプの対人地雷で、設置された地雷の前方に向けて扇形に小さな無数の鉄球をまき散らす。

 いくら魔術でその姿を隠し、鍛え上げられた体術を用いようとも、生き物である以上は熱──赤外線を身体から放つ。

 その赤外線に反応して、対人地雷はその無慈悲な鉄の洗礼を近づく暗殺者に浴びせかけたのだ。

 小さな無数の鉄球を身体に受けて、暗殺者は次々にぼろぼろになって地面へと倒れていく。

 四輪車を包囲する暗殺者の数は、十人以上。だが、赤外線式対人地雷など全く知らない彼らは、どんどんその毒牙にかかってしまう。

 四輪車の周囲に張り巡らされた地雷網を潜り抜けることができた暗殺者は、わずか二人だけだった。




 対人地雷の魔の手から逃れることができた幸運な暗殺者は、すぐに撤退を決意した。

 彼ら二人が助かったのは、単なる幸運でしかない。相手は──勇者たちは、自分たちの知らない恐るべき魔術を用いて防衛態勢を整えているらしい。

 そんな場所にこれ以上侵攻することは不可能だと判断した生き残りの暗殺者は、すぐさま撤退を開始する。

 敵の懐に潜入しているガネラのことは、既に考えてもいない。

 全く未知の魔術を使うような連中の元に忍び込んだのだ。おそらくは彼女も既に捕まるか殺されているだろう。仮に彼女が任務を達成していれば、それはそれで問題ないのだから。

 もしも捕まっているとすれば、今頃は拷問にでもかけられているだろうか。だが、彼女も一流の暗殺者である。決して口を割るようなことはないだろう。

 女の身で敵に捕まれば、まず間違いなく凌辱されるだろう。だが、毒使いである彼女にとって、凌辱の瞬間は敵を殺す機会でもある。

 彼女は自分の秘所に猛毒を仕込んで、暗殺対象を殺すことさえやってのけるのだから。

 ともかく、襲撃は失敗だ。後は一刻も早くこの場から逃れなければならない。

 幸運にも命拾いした二人の暗殺者は、再び闇の中へと消えて行った。




 周囲から何度も聞こえてくる爆発音に、知らずガネラは身体を震わせ始めた。

 一体、闇の中で何が起きているというのか。襲撃を仕掛けるはずだった仲間たちはどうなったのか。

 幾つもの疑問が彼女の心の中に湧き上がる。しかし、それに答えてくれる存在はいない。

 恐怖を滲ませた視線を精霊──チャイカへと向けるガネラ。身体を細かく震わせている彼女に向けて、チャイカは言葉をかける。

「さあ、話してくれる気になりましたかー?」

「く……くっ、そ、そんな簡単に口を割ると思っているのかよ……」

 最後に残された彼女なりの矜持を振り絞り、ガネラはチャイカから視線を逸らす。しかし、そんなことは承知とばかりにチャイカは言葉を更に続ける。

「まあ、そうでしょうねー。こっちもそれぐらいは予想していました。でも、強引に口を割らせる方法なんて、いくらでもありますよー」

「ふ、ふん……っ!! 拷問にでもかけようってのかい? は、好きなだけ拷問すればいいだろ? それでも、私は絶対に何も喋らないからね……っ!!」

 虚勢なのか、それとも本心なのか。チャイカに従う気がないガネラは、スケルトンソルジャーに身体を抑えつけられたまま、地面に唾を吐き捨てた。

 しかし、チャイカもまた涼しい顔だ。

「拷問なんて悪趣味なことはしませんよ? こっちには自白剤ってものがありますからー。ちょっとの間意識が朦朧とする効果の弱いものから、使えば確実にあっぱらぱーになっちゃう強力なものまで……いろいろと取り揃えてありますよー」

 無邪気に微笑みながら、なかなかエグいことを言い出すチャイカ。確かに彼女の言う通り、様々な種類の自白剤はある。しかし、どのレベルのものまで使うつもりなのか、チャイカ本人にしか判らない。

 ちなみに、サイファには自白剤というもの自体が判っていないので、おろおろとチャイカとガネラのやり取りを見守っているだけだったりする。

「精霊の姐御。俺様にもジハクザイとやらが何か判りませんぜ?」

 そう言いながら闇の中から現れたのは、もちろんマーオである。

 彼とレイジ、そしてラカームとジールは、対人地雷が突破された時のために周囲を警戒していた。そのため、この場にいたのがサイファとチャイカだけだったのだ。

「おや? アニキたちはまだ戻っていないようで?」

「はい。でも、もうすぐ戻って来ると思いますよー」

 どうやら、襲撃を仕掛けてきた者たちは撤退したようだ。四輪車を中心とした各種センサー類は、足早に離れていく反応を二つ拾っている。

「幸運な二人を残して、他の襲撃者は全滅したようですね」

「じゃあ、俺様はこのまま敵の死体を始末してきますか? 死体の始末をアニキにやらせるわけにはいきやせんからね。あ、もしかしてジールの野郎、人間を食ったりするんですかねぇ?」

「ジールさんの食の嗜好は判りませんが、死体の始末をお願いできますか? こっちはわたくしに任せてくれればオールオッケーですよー」

 チャイカの要請に親指を突き上げて応えたマーオは、再び闇の中に消えていく。

 闇系統の魔術師である彼は、死体を影の中に沈めて始末できる。死体はアンデットの材料にするもよし、冥界の怪物を召喚する際の贄や供物にするもよしで、マーオにしてみれば使い道はいろいろあるのだ。

「さて、ガネラさん? 喋るのなら今のうちですよー?」

 にっこりと笑うチャイカ。だが、ガネラにはその笑みが邪悪なものにしか見えない。

 ついでに、サイファもなぜか顔を引き攣らせていたりするが。




 結局、ガネラは自白剤を投与された。

 もちろん、使われたのは一発で廃人確定のような凶悪なものではなく、しばらく意識が朦朧とする程度のものである。

 自白剤とは、投与した対象の意識を朦朧とさせた、巧みな質問によって情報を求める「技術」であり、投与した途端にべらべらと何でも喋り出すようなものではない。

 そもそも、投与して即廃人になってしまっては、欲しい情報を引き出すことはできないのだ。

 中には強い依存性を持つ薬剤もあり、連続摂取して中毒になった結果、心が壊れてしまうケースはある。

 そのため、アルコールなども使いようによっては自白剤として用いることも可能なのだ。

「キンブリー帝国の皇帝が……?」

「はい、レイジ様。尋問の結果、どうやらあのガネラさんは帝国に所属する暗殺者のようですねー」

 自白剤とチャイカの質問によって、レイジたちはガネラの背後を割り出すことに成功した。その結果、彼女の背後にいるのが、人間領最大の国家であるキンブリー帝国であることが判明したのだ。

「キンブリー帝国の皇帝、アルモート・キンブリーは、レイジ様に成り代わって自らが勇者となり、帝国の支配力を更に高めるつもりのようです」

 瞬く間に魔族領を支配下に収めたと噂される伝説の勇者。その勇者こそがキンブリー帝国の皇帝その人である、という事実をでっち上げ、彼と彼の帝国の支配権と支配力を更に高める。

 それがアルモート・キンブリーの狙いであることを、チャイカはガネラから引き出すことに成功した。

「しかも、アーベルさんを殺したのもガネラさん本人のようです。もちろん、アルモート皇帝の指示によって、ですね」

 アーベルの死までもが帝国の画策であり、しかも直接手を下したのがガネラであると知ったレイジ。

 レイジはキャンピングユニットの中のテーブルに、拳を力一杯振り下ろす。生体強化された彼の拳は、容易くテーブルを破壊して周囲に破片を撒き散らした。

「……どうして……どうしてそこまで……」

 ぎりぎりと食いしばられる歯。ぎゅっと寄せられた眉。今、レイジは生まれて初めて激しい怒りに捕らわれていた。

 これまでずっと一人だった彼が、軽く憤ることはあってもここまで激しい怒りを覚えたのは初めてである。

「アニキ。それが人間って奴なんですよ。いや、人間だけじゃなく魔族の中にだって、自分が固執するもののために他者を蹴落とす者はいるんでさ」

 魔王であったマーオは、これまで様々な人間や魔族を見てきた。その中には自分がのし上がるため、もしくは自分が正しいと思ったことのために、平気で他者を傷つける者もいることをよく知っている。

「……もしかして、俺がこの星に降りたの……間違いだったのか……?」

 もしも彼がこの星に降り立たなければ──いや、より正確に言えば、レイジが魔族領を平定するなどの際立った功績を立てなければ、帝国がレイジを抹殺するために動くことはなかっただろう。そして、アーベルが命を落とすこともなかったはずだ。

 まるでアーベルの死が自分のせいのように思えて、レイジは激しい後悔を感じていた。

 だが。

「違いますっ!! レイジさんが今、ここにいることは……決して間違ってなんかいませんっ!!」

 レイジの耳朶を、サイファの激しい言葉が打つ。驚いた彼が……いや、キャンピングユニットの中の全員が一斉にサイファへと振り向く。

 そこには、これまで見たこともないような、厳しい表情を浮かべた半魔族の少女の姿があった。




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