竜王現る
ジールや竜王の側近たち竜族の案内で、海中になるという竜王の住処へ向かうため、水着に着替えるレイジたち。
ジールの背中の上に更衣室などさすがに存在しないため、レイジと女性陣は背中を向け合って着替えることにした。
ちなみに、どこぞの変身魔人はしっかりとレイジの着替えを横目で覗いていて、着替えるレイジの姿に内心で悶えていたのだが、そのことに気づいた者は幸か不幸かいなかった。
そして準備を整えたレイジたちがいよいよ海中へと飛び込もうとした時、レイジの傍らにチャイカが姿を現し、警告を発した。
「レイジ様。海中より何かが接近中です。しかも、その大きさはジールさんたちよりも更に大きいようです」
「何だって?」
レイジやマーオたちが周囲を見回した時、海面を割って巨大な物体が姿を現した。
それは一言で言えば、「鉄の城」だ。
光沢のある黒鉄色の鱗に全身を包まれた、巨大な竜。その巨体はジールの倍近くもあり、その巨体から発する威圧感は、まるで全身を雷で貫かれたようだった。
レイジたちを頭上から見下ろす真紅の双眸。一対二個の縦長の瞳孔を持った瞳が、じっとレイジたちを見下ろしている。
「話は聞かせてもらった」
低く響く力強く威厳のある声が、レイジたちの上に降り注ぐ。
「ジルギルゼルベルガルよ。この者たちが、おまえを下したという話、間違いないのだな?」
「はい、父上。この者たち……いえ、レイジ様は見事に我を倒し、我が忠誠を捧げる主に相応しいことを示されました」
ジールが恭しく彼の父親──竜族の長である竜王ガザジザベザガルは、好奇の光を宿した視線をレイジへと向けた。
「ふむ……このような小さな人間が我が息子を下したと言うのか……」
真紅の双眸がレイジを見据え、レイジもまた紫の瞳を竜王へとしっかりと向けた。
「ほう。我輩を見ても怖気づくこともない、か。どうやら、我が息子を下したというのも嘘ではないようだ」
真紅の双眸がレイジから離れ、再び息子であるジールへと向けられる。そして、ぞろりと牙の生え揃った口が、大きく歪んだ。そして、信じられないような言葉を吐き出したのだ。
「ずるいっ!! ずるいぞっ!! 我輩とてまだ主を得たことがないと言うのに、息子でまだ三〇〇年ほどしか生きていないおまえが主を得るなど……ずる過ぎるぞっ!!」
まるで駄々をこねる子供のようなその口調に、レイジたちは思わず目を点にした。
ずるい、ずるいと何度も口にする竜王ガザジザベザガルを、レイジたちは揃ってぽかんと見上げる。
「え、えっと……」
何と声をかけていいのか判らず、レイジはぼんやりと竜王を眺めるしかない。
それはマーオやサイファ、ラカームも同様だ。それどころか、竜王の息子であるジールや二体の側近までもが、言葉もなく竜王を見つめていた。
「おお、そうだ! 良いことを思いついたぞ!」
そんな中、竜王ガザジザベザガルの嬉しそうな声が響く。
「ジルギルゼルベルガルを打ち破った者……確か、レイジ殿と言ったか? 貴殿、我輩とも手合わせをしてみぬか?」
「ち、父上! 何を仰られるのですっ!?」
「そうですぞ、竜王様! この者はジルギルゼルベルガル様の主! 主を得られたことは確かに私も羨ましく思いますが、既に竜を従えている者に他の竜が……それも竜王たる者が挑むなど、聞いたこともございませんぞ!」
ジールや側近たちが驚いて反論を繰り返すが、竜王は聞く耳を持たずにレイジに手合わせを申し出るばかり。
「我が息子を倒したという力、是非我輩にも見せて欲しい。ささ、遠慮することはない。汝の力、我輩の前に示すがいい」
〈……なんでこう、竜ってのはこんな奴らばっかりなんだ……?〉
〈確かに、人間からかなり離れたメンタリティのようですねー。さすがに竜のメンタルに関する情報は少ないため、わたくしにも何とも言えませんよー〉
脳内通信で繰り返される、レイジとチャイカのやり取り。いくら人間よりも遥かに聴覚に優れる竜でも、音声ではない会話は聞き取れない。
〈それで、どうしますか、レイジ様? また、アレをやっちゃいます?〉
〈あーもー、面倒だからやっちゃえば? いい加減、付き合いきれないし〉
息子と同じようにしつこい竜王に、さすがのレイジも呆れ果てていた。
その後、天空より飛来したいくつもの「隕石」が、竜王ガザジザベザガルを直撃したのはすぐのことだった。
腹を見せ、ぷかーと海面に浮かぶ漆黒の塊。それは間違いなく、竜王ガザジザベザガルだ。
これまた息子の時と同様、ガザジザベザガルは「服従のポーズ」を取ってレイジの前で海面に浮かんでいた。
ちなみに、ガザジザベザガルに打ち込まれたミサイルは五発。ジールは一発で降参したが、四発まで耐えたガザジザベザガルはさすが竜王と言えよう。
さらにちなみに、海面に浮かぶ竜王の近くには、彼の側近の二体の竜も同じように腹を見せて浮かんでいる。彼らもまた、天空より打ち込まれた「隕石」の威力に自ら負けを認めたのだ。
「いかがですか、父上。我が主、レイジ様の力のほどは?」
「う、うむ、我輩の完敗である。惜しむらくは、レイジ殿……あ、いや、レイジ様と出会ったのが息子の後ということか……」
既に竜を従えている者に、他の竜は忠誠を誓うことはできない。それが竜族の掟である。
竜王ガザジザベザガルを打ち倒したレイジは、竜王の忠誠さえも得られる立場にあるが、ジールが先に忠誠を誓っているため、竜王はレイジに忠誠を誓えないのだ。
「ずるい……っ!! やっぱり、ジルギルゼルベルガルはずるいっ!! 自分ばっかり主を得るなんて、この親不孝者っ!! 我輩もレイジ様に忠誠を誓いたいっ!!」
「ふふふ、何とでも仰ってください、父上。レイジ様は我が主! レイジ様に忠誠を捧げたのはこの我! その事実だけは動かせません!」
ドヤ顔で父親を見上げるジールと、そんな息子を羨ましそうに見下ろす竜王。表情の見分けがつきづらい竜だが、こればかりはレイジたちでもよく分かった。
「しかし、竜王である我を打ち負かしたのもまた、事実。レイジ様に忠誠を誓えないのは残念でならぬが、今後何かあれば、我ら竜族は全面的にレイジ様に協力することを竜王の名にかけて約束しよう」
「お……おおおおおおおおおおっ!! さ、さすがはアニキ! 魔族だけではなく、竜族全体をも支配下に置くとは!」
「りゅ、竜族全ての協力を得られるなんて……人間、魔族共に初めてじゃないかしら?」
喝采を叫ぶマーオと、信じられないものを見るような表情のラカーム。確かにラカームが言うように、人間、魔族共に竜族全ての協力を得た人物など、これまでの歴史には存在しない。
一方、その当人であるレイジは、自分が成し遂げたことの大きさにまるで気づかず、彼自身は新たな友人を得た程度の認識でしかないようだ。
ジールや竜王、その側近たちと親しげに言葉を交わすレイジの背中を、ラカームはただただ呆れたように見つめるだけだった。
竜王との面会も終わり、再びジールと出会った浜辺に戻ってきたレイジたち。
そこで、一つ問題が生じた。その問題とは、ジールをどうするかというものだ。
言うまでもなく、ジールは巨体である。
翼こそないものの、ジールの姿は地球の伝承にある竜そのもの。そんな巨体なジールを引き連れて旅をすれば当然目立つ。
もっとも、普段使っている四輪車とキャンピングユニットも、相当目立っているのだが。
「さて、どうしようか……?」
「さすがにこればかりは、わたくしでもどうしようもありませんねー」
あははーと気楽に笑うチャイカを無視して、レイジはジールの巨体を見上げる。
「我が主よ。つまり、我がもっと小さければいいのですね?」
「それはそうだが……そんなことできるのか?」
この惑星には、レイジたちの文明とは別の技術である魔法が存在する。その力を用いれば、ジールの巨体を小さくすることは不可能ではないのかもしれない。
「お任せあれ。我々竜族は、自身の肉体を操作することに長けた種族なのです」
ジールが天を仰ぎ、大きく咆哮する。
その咆哮に合わせて彼の身体が淡く輝き出し、その輝きが徐々に強くなっていく。そしてその輝きが収まった時、その場に巨大な竜の姿はなく、一人の人間の男性の姿があった。
身長はマーオと同じくらい。すらりとした長身で長い銀色の髪を背中ほどまで伸ばした、黄金の瞳を持つ人智を越えた美貌の男性。
その男性はレイジの前までつかつかと歩むと、その場で片膝を着いて頭を垂れた。
全裸で。
「これでいかがでしょうか、我が主よ」
「うん、まあ……いいんじゃないか? とりあえず、何か着るものを用意しないとな……」
いかに肉体操作に長けた竜族とはいえ、衣服までは用意することはできなかったらしい。
ジールという新たな仲間を得たレイジたちは、四輪車に乗り込むと改めて帝都を目指して出発した。
途中、四輪車の存在にジールが目を丸くしたり、キャンピングユニットの中を見てジールが驚いたり、四輪車が走る速度にジールがびっくりしたりといろいろあったが、とりあえず順調に帝都への距離を縮めていく。
その道程の中で、無惨にもばらばらに打ち壊された数台の馬車の残骸が、街道の隅に打ち捨てられているのを見かけたが、それに関してレイジたちはそれほど注意を払わなかった。
彼らもここまでの旅路の中で、そのような光景は時折見かけてきたからだ。国や町の力が及びづらい街道などに、野盗が現れることは珍しくはない。そんな野盗の犠牲者全てに手を差し伸べることは、いかにレイジと言っても不可能である。
野盗が襲撃している現場に出くわせば、レイジもそれを撃退するだろう。しかし、チャイカの情報網とはいえこの惑星全てを網羅することは不可能だし、手を差し伸べるにも限界はある。
そんな馬車の残骸をちらりと眺めながら、レイジは帝都に向けてハンドルを握る。
「そういや、アーベルさんは無事に帝都に着いたのか?」
「はい、彼が帝都に着いたところまでは確認しています。彼につけておいた小型の偵察ドローンは、その後は帝都のレシジエル教団の神殿にて待機中ですね。どうやら、アーベルさんは神殿の大司教さんの命令で、改めてレイジ様をお迎えするために出立したみたいです」
「ドローンを神殿で待機させたのか? どうして?」
「理由としては、神殿での情報収集ですねー。神殿には様々な情報や噂話が集まりますからね。もっとも、その殆どは近所の奥様たちのおしゃべり程度の確度しかありませんが、それでも中には貴重な情報もあります」
「それなら、専用にドローンを回せばいいだろ? どうしてアーベルさんのマークを外す必要があったんだ?」
「現在、可能な限りのドローンをレイジ様の暗殺を企てた者の捜索に当てています。そのため、ドローンに余裕がなかったんですよ。わたくしと言えども、同時に操れるドローンには限界がありますからー」
チャイカは限界があると言うが、その限界は数千台単位である。数千台の小さな耳目が帝国中を飛び回っており、レイジ暗殺の首謀者を探している最中なのである。
もっとも、この時点である程度の目星はついているのだが、確度的にまだまだ低いため、チャイカはそれをレイジに報告していない。
ちなみ、帝国中を飛び回るドローンたちは、人目に付かないような場所を移動している。夜間や上空など、帝国に暮らす人々の目が届かないような場所を選び、日夜活動していた。
それでも時にはドローンを目撃する者もいる。そんな者たちは、ドローンを小さな妖精の類だと思い、それ程注意を向けるようなことはなかった。
小妖精は人間でもなければ魔族でもない。彼らは大陸の至る所に住み着いており、好奇心が強いことで知られる。そのため、人里に姿を見せることも極稀にだがあるのだ。
会話することができない小妖精たちは、人間や魔族に見られても大抵の場合はそのまま無視される。
そんな調子で帝都に向けて旅を続けるレイジ一行。彼らがとある宿場町へと辿り着いた時、彼らが宿泊する宿屋にレイジを尋ねて来る者がいた。
それはレシジエル教団の神官服を纏った、若い女性。実を言えば彼女こそがアーベルを暗殺した張本人であるが、レイジはそれを知らないどころか、この時点ではアーベルが暗殺されたことさえ知らなかったのだ。
「初めまして、勇者ランド様。こうして神の御子たるランド様にご拝謁賜り、恐悦至極にございます。私の名前はガネラと申します。アーベル高司祭に代わり、勇者様を帝都へと案内するために罷り越しましてございます」
そう言いながら、深々と頭を下げるガネラと名乗った女性神官。頭をさげたためにレイジたちからは見えないが、その口元がにんまりと嫌な形に歪められていた。




