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次なる刺客


 アルミシア大司教より新たな使命を受けたアーベルは、急いで準備をすると再びキンブリーを後にした。

 同行者は、彼の身の回りの世話をする数名の女性の神官たちと、護衛の神殿所属の戦士たち。

 アーベル自身が乗る中型の馬車と女性神官たちが乗る大型馬車、道中に必要な物資を載せた貨物用の馬車、そして護衛の戦士たちが乗る馬が数騎。これだけの大所帯で街道を移動すれば嫌でも目立つ。

 道中あちこちから注目を受けつつ、アーベル一行は移動していく。

「それで、勇者様とはどのようなお方なのですか?」

「一見しただけではまだ年若い青年だが、その実は何とも神秘的なお方だよ。黄金に輝く髪はまるで王冠のような輝きを見せるし、幾つもの(かみ)()の魔法を自在に操りになられる。だが、私が勇者様に最も神秘を覚えるのは、かの光の剣だね。あの神々しいまでの光でできた剣は、まさに神々が鍛えたものとしか思えない」

「……光の剣……」

 がたごとと揺れる馬車の中、アーベルは手にしたグラスに真紅の酒を注いでくれる女性神官の肩を抱き寄せながら、脳裏に勇者ランドの姿を描き出す。

「私は実際に見た……いや、正確に言えば、勇者様が所有なされている神獣の中から、遠くの景色を映し出す鏡で見ていたのさ。勇者様が天空より隕石を召喚し、竜を打倒して従えたその瞬間を……ね」

 レイジとマーオ、そしてジールとのやり取りは、チャイカがレイジの視覚と聴覚を通した映像をキャンピングユニットのモニターに映し出していた。そのため、キャンピングユニットの中で待機していたアーベルやサイファも、ことの成り行きをずっと見ていたのだ。

 その時の光景を脳裏に思い浮かべながら、女性神官の耳元に唇を寄せてアーベルは言葉を紡ぐ。

 そうしながらも、アーベルの手は女性神官の身体中をゆっくりと這いまわる。アーベルのように酒精を口にしたわけでもないのに、女性神官の頬に朱が宿り、吐き出す息にも官能の色がうっすらと宿る。

 しかし、その双眸に官能以外の光が浮かんでいることに、この時のアーベルは気づいていなかった。

「更には魔族に対してまでも優しさを見せる慈悲の深さ……神の御子と呼ばれるのも納得というものさ」

 レイジとの付き合いはそれほど長くはないアーベルだが、これまでに散々彼の力を目の当たりにしてきた。今ではアーベルもすっかりとレイジを勇者と認めているし、彼に心酔していると言ってもいい。

 そんなアーベルは女性神官の身体に愛撫を続けながら、彼が知る勇者ランドの偉業を彼女の耳元で囁き続ける。

「あ、ああ……私も勇者様の光の剣を見てみたいです……きっと神秘的で美しいのでしょうね……」

「ああ、実際に私も持たせていただいたことがある。剣とは思えぬほど軽く、それでいて生み出される光の刃は鋼の鎧さえ易々と断ち切るのだからね」

「ひ、光の剣は……ゆ、勇者様以外にも使えるのですか……?」

「ああ。私は勇者様より光の剣をお預かりし、アルミシア猊下にお渡ししたんだよ。今頃、光の剣は帝都のレシジエル教会の最奥で、猊下が大切に保管されているだろう」

 女性神官の瞳に、先程よりも鋭い光が宿る。しかしその光はすぐに消え去り、代わって官能の色が彼女の双眸を染め上げた。

 アーベルはそれに気づかず、両腕で女性神官の身体を抱き寄せた。

「しかし、勇者様の女性の趣味だけは理解できないね。どうして勇者様は、身の回りに魔族の女ばかり置いておくのだろうか」

 アーベルがレイジに対して不満に思うこと。それは彼の周囲に魔族しかいないことだ。

 レイジとて年若い青年であり、女性を求めることがあるのは当然だとアーベルは考えている。だが、やはり勇者ロンドには人間の女性こそがふさわしい。彼ならば、望めば帝国貴族の令嬢を娶ることだって可能であろうに。

「あの半魔族の娘はともかく、巨漢の魔族や狼までが女性の姿を取れるとは思いもしなかった。いやはや、魔族というのは本当に理解できない生き物たちだ」

 アーベルは女性神官の顔を自分へと向けると、貪るようにその唇を奪った。

 十分に時間をかけて女性神官の可憐な唇を堪能したアーベルは、満足そうな表情を浮かべて彼女から離れる。

「やはり、女性は君のような従順で肉感的なのがいいね。さあ、そろそろ私を受け入れ……う……ぐっ!? こ、これは……っ!?」

 女性神官を押し倒し、その上にのしかかっていこうとしたアーベルが、突然喉を押さえて苦しみ出した。そして、女性神官は悪戯が成功した子供のような表情を浮かべつつ、仰向けに寝たままじっとアーベルの様子に見入っていた。

「あはははは。貴重な情報をどうもありがとうございます、アーベル様。本当、アーベル様って女性に目がないんですね? いや、これはもう見境がないと言うべき?」

 先程までの従順な態度が嘘のように──実際に嘘だったのだが──、女性神官は身体を起こすと足を惜し気もなく露出させて組み、馬車の床に倒れてもがき苦しんでいるアーベルを楽しそうに見下ろす。

 同時に、馬車の外から争う音が聞こえ始める。

 何者かがこの一行を襲撃し、護衛の戦士たちが応戦しているのだろう。

 金属同士がぶつかる甲高い音や、人間の断末魔の悲鳴が馬車の中にまで届いてくる。中には女性の悲鳴も聞こえてくるので、襲撃者が女性の神官に襲いかかっているのだろう。

「やぁれやれ。野盗の仕業に見せかけるために女は犯してから殺せって命令だけど……同性として、やっぱり聞きたくはないものだよね」

 馬車の外から聞こえてくるのは、既に苦しげに呻く女性の声ばかり。護衛の戦士たちは、とっくに全員殺されたようだ。

「レシジエル教団と言っても、完全な一枚岩じゃないってわけだね。こうして私みたいな人間を枢機議会の一員の傍に配置できるんだからね。ま、このアーベル様は女なら相手が誰だろうが傍に侍らせるだろうけどねぇ」

 口移しで特殊な容器に入れられた毒を含まされたアーベル。彼が気づかずに飲まされた極めて小さな特殊容器は、口の中では解けることなく胃に到達し、胃液に触れることで始めて容器内の猛毒を周囲に撒き散らしたのだ。

 毒に犯され、苦悶の表情を浮かべて床に倒れるアーベルに、女性神官は侮蔑の視線を投げかける。

「枢機議会だろうがなんだろうが、死んじゃえば誰もが一緒だってね」

 彼女は裸足の爪先で、こつんとアーベルの額を蹴り上げる。しかし、既にアーベルが反応を示すことはない。彼の魂は苦しみの果てに神の御元へと旅立っていたのだ。




 ここで時間は少し遡る。

 ジールの背に乗って海へと乗り出したレイジ一行。

 彼らは一路、ジールの父親にして竜族の長でもあるガザジザベザガルの住み処へと向かっていた。

「それで、ジールの親父さんはどこにいるんだ?」

「はい、我が主よ。この辺りは既に我が父の住まう場所の近くです。そろそろ父の側近たちが姿を見せる頃合いかと」

「そのようですねー。巨大な何かがこちらに接近しています。これだけ大きいと、衛星軌道上にある〈アコンカグア〉のセンサーからでも十分感知できますね」

 レイジの隣に姿(CG)を投影したチャイカが、相変わらずどこか間延びした口調で告げる。

 それからしばらくして、海面を突き破って巨大な生物が姿を現した。

 サファイアのような蒼い鱗を陽光にきらきらと煌めかせた、ジールよりも巨大な体躯を誇る二体の竜だ。

「これはジルギルゼルベルガル様。お父上に何か御用でございましょうか?」

「ところで、その背に乗せている人間や魔族は何者でございますか?」

 二体の竜は口々にジールに問う。そして、不審そうな視線をその背のレイジたちへと向けている。爬虫類に似た顔の表情は読みづらいが、それでも彼らがレイジたちを警戒していることは理解できた。

 そんな二体の竜たち──おそらくジールが言った通りに竜王の側近なのだろう──に向かって、ジールは誇らしげに堂々と告げる。

「我が背におられるは、我を一撃で打ち破りし我が主、そして魔族の王にして人間の勇者であらせられるレイジ様とその部下の者たちなり。我が主を一目我が父にご紹介したく、父の元へと向かう途中である!」

 ジールの堂々たるその宣言に、二体の竜の表情が明らかに変わる。

 それまでのレイジたちを警戒するものから、畏敬の念を含めたものに。相変わらず竜の表情の変化は判りにくいが、それでもなおはっきりと判るほどに、竜たちの表情は変化したのだ。

「ジルギルゼルベルガル様を……一撃で倒した……だと?」

「で、では、ジルギルゼルベルガル様は自らの忠誠を捧げる主を得たということか……おお、なんと羨ましきことか……」

 ジールが言うように、竜族にとって主を得るということはとても名誉なことのようだ。この辺りレイジにはよく判らないが、人間とは生き方も考え方も違う竜族である。当然ながらその価値観が独特なものであっても不思議ではない。

「た、直ちにこのことを竜王様にお知らせいたします! しばらくこの場にてお待ちいただきたい」

 蒼い竜の一体が、素早く海の中へと潜っていく。どうやら、竜王の住み処は海の中にあるらしい。

「あ、あのレイジさん……もしかして、これから私たちも海の中に入るんですか?」

 不安そうな表情で、サイファがレイジの袖をつんつんと引きながら尋ねた。

「よく判らないけど、おそらくそうなるんじゃないか?」

「だ、だったら……私たち、呼吸できませんよっ!! ど、どうしましょうっ!?」

 どうやら彼女の不安は、海の中での呼吸にあるらしい。確かに普通に考えれば、人間や魔族が水中で呼吸できるはずもない。

 いや、魔族の中には水棲の種族もいるので、一部には普通に水中で暮らしている者たちもいる。しかし、レイジやサイファ、そしてラカームは水中では呼吸できない。

 ちなみにここでマーオの名前が上がらないのは、彼の変身能力なら水中でも適応できるからだ。

「その心配ならご無用ですよー。ねえ、レイジ様?」

「ああ。小型の酸素ボンベを用意してある。これがあれば、30分ぐらいは水中でも呼吸ができるからな」

 レイジは予め用意しておいた小型の酸素ボンベ──30センチぐらいの長さの直接口に咥えるタイプ──を、サイファたちへと手渡していく。海に出ると判った時から、念の為に準備しておいたものだ。

 さすがに狼形態ではこのボンベは使えないので、ラカームには人間形態に戻ってもらう。

「あと服は……やっぱり、また水着に着替えた方がいいよな」

「おお、でしたら、俺様はまた女の姿に──」

「いや、そこはどうでもいいから」

 自分を指差しながら喜々として告げるマーオを、レイジは冷たく切り捨てた。

「うう、アニキが冷たい……やっぱり、アニキはサイファ以外の女は眼中にないんですね……」

「な、な……ぁっ!?」

「ひあ……っ!?」

 よよよ、とわざとらしく泣き崩れるマーオ。この時既に女へと変身を済ませており、見た目的には男に振られた妙齢の美女である。

 しかし、レイジとサイファにはそんなことを気にしている余裕はない。

 マーオの一言で二人とも真っ赤になり、思わず互いに顔を見合わせ……そして更に真っ赤になる。

「いやー、相変わらず初々しいわねー。お姉さん、見ているだけで楽しくなっちゃう」

 真っ赤な顔で互いに見つめ合いながら、まるで石にでもなったかのように微動だにしないレイジとサイファを、人間形態に戻ったラカームがにまにましながら見つめる。

 ちなみに、人間形態に戻った彼女は全裸である。惜し気もなくその素肌を全て晒しているが、レイジはサイファから目が離せないようだし、マーオは正直男か女かいまひとつはっきりしない。そして、竜族たちはどうやら全て雄のようだが、ラカームの目には大きな爬虫類でしかない。よって、今の彼女が羞恥を感じるような相手はいないのだ。

「さーて、海に入るのなら、レイジ様の言うように水着よねー」

 持参した荷物の中から自分の水着を引っ張り出し、いそいそと身に着けていくラカーム。

 そして彼女が水着を着終わっても、レイジとサイファはまだ硬直したまま互いに見つめ合ったままだった。


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