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 天空より大地へと突き刺さった流星──いや、対地建造物破壊用ミサイル。

 その爆心地では、竜族の王子であるジルギルゼルベルガルが、本来ならば白銀に輝く鱗が真っ黒に焦げた状態で、ぴくぴくと手足を痙攣させていた。

「いやー、さすがは竜族でやすな。アニキの《流星召喚》の直撃を受けても生きているとは……」

「確かに、ミサイルの直撃を受けて生きているなんて、普通の生物じゃ考えられないよな……」

「さすがはファンタジー生物……もう、ここまで来ると『ファンタジー生物』というよりは、『ファジー生物』ですねー」

 マーオ、レイジ、そしてチャイカ。三人は痙攣するジールを見下ろしながら、感心するというよりはすっかり呆れていた。

 彼らは知らぬことであるが、竜族の体自体が他の生物よりも遥かに頑強なのは間違いないが、更に対物理対魔術的な障壁を体の周囲に常に展開させている。

 その障壁こそが、竜族を他の生物とは一線を画した存在としているわけだが、今回もその障壁がミサイルの威力を大きく減衰させたのだ。

 そうでなければ、生物が対要塞破壊用のミサイルの直撃を受けて無事なはずがない。

 そんな三人が生暖かい視線を注ぐ中、ジールはびくりと大きく身体を震わせると、のっそりとその巨体を起こし始めた。

「こ、これが……神より遣われし者……勇者の力か……」

 ようやく体を起こしたジール。その金色の双眸に宿るのは、明らかな畏敬の念だった。

 ジールは起こした体を再び伏せさせ、ごろりと横に回転する。その結果、ジールは腹を上にした姿勢で寝転がっている状態となった。

「え、えっと……何をしているんだ……?」

「この姿勢は、我ら竜族が他者に降伏した時に取るものだ。自分を打ち負かした者を主と仰ぎ、自らの全てを捧げる忠誠を現す際、竜族はこの姿勢を取るのが習わしなのだ」

「なるほど……つまり、今のジールの姿勢は俺様たち魔族の全裸土下座と同じってわけですな」

「…………またかよ。なんか、すっげえ嫌な予感がするよ……」

 マーオの言葉に、レイジは片手で顔を覆いながら天を仰ぐ。そんな彼の耳に、ジールの声がはっきりと聞こえた。

「我、竜王ガザジザベザガルの三九番目の息子であるジルギルゼルベルガルは、レイジ様を生涯の主と認め、ここに完全なる忠誠を誓うものなり」

「…………やっぱりそうなるのか……」

 腹を上にして寝ころびながらジールははっきりとそう言い、レイジは天に向かって盛大に溜め息を吐き出した。




「……今、何と?」

 レシジエル教団の最高位である大司教の地位にある初老の女性──アルミシアは、先程キンブリー帝国の帝都に戻ってきたばかりの部下の報告を、信じられない思いで聞いていた。

「アーベル高司祭。あなたが今口にした言葉、間違いはないのですね?」

「はい、大司教猊下。我が神レシジエル様の名に誓って、私は嘘偽りは決して申しておりません」

 旅の汚れさえ落とすことなく、アルミシアの前で片膝をつくアーベル。彼はレイジたちと別れた後、大急ぎで帝都に戻るとそのままアルミシアへの面会を申し出た。

 彼は自身が勇者と認めるレイジより、一つの使命を授けられたのだ。その使命とは、レイジの代わりにその言葉をレシジエル教団のトップであるアルミシアに伝えることである。

 そしてアルミシアは、アーベルから告げられた内容を聞きいて、思わずその目を丸くする。

「ランド様はそ、その……成り行き上で下した竜族と共に、彼らの領域である海へと向かわれました。その目的は……竜族の長、竜王に会うため、とのことです。そ、そしてこれは勇者様よりの伝言です」

 アーベルはチャイカより託された小さな機械を、掌の上に乗せてアルミシアへと差し出した。

「これは……?」

「これはランド様に仕える精霊の乙女様より授かりました。この中に、勇者ランド様のお言葉が記録されております」

「勇者様のお言葉……? それは真ですか?」

「御意にございます」

 アーベルはチャイカに教わった通りに、手の中の機械──小型の音声記録装置を操作した。

 途端、その機械からまるでその場にいるかのように、レイジの言葉がアルミシアの執務室の中に響き渡る。

『あー、えっと……初めまして。俺はレイジと言います。他の人たち……特にアーベルさんは俺のことを「勇者ランド」とか呼ぶけど、レイジが俺の本名ですから……って、そんなことを言っている場合じゃないや』

 小さな機械より聞こえてくるのは、年若い男性の声。その声を聞く限りでは、なんとも人の良さそうな青年に思える。

 少なくとも、これまでに様々な人間と、時には魔族とも言葉を交わしてきたアルミシアには、この声の主が悪い人間には思えない。

『……ちょっとした事情で、俺は竜族の王様に会わないといけなくなりました。折角アーベルさんを案内に派遣してもらったのに、帝都に行くのは少し遅れそうです。これは俺の意思であって、決してアーベルさんに責任のあることじゃありませんから、彼を罰したりはしないでください。もちろん、アーベルさんが俺の元を離れてアルミシアさんの元に一足先に帰ってもらったのも俺からの指示ですから、併せてアーベルさんは悪くありません』

 そこで、録音されていたレイジの声は途切れた。アーベルは再び手元の機械を操作して、完全に再生を停止させる。

「……事情は分かりました。他ならぬ勇者様のお言葉です。信じましょう」

 見たこともない道具から聞こえてきた青年の声。アルミシアはこれが勇者本人のものであると判断した。

 声が記された見たこともない道具。こんな物を用意することは決して容易ではないだろう。仮に声の主が勇者の偽物であるとしたら、一体どこからこんな道具を用意したというのか。

「一応、猊下が勇者様のお言葉を信じられない場合は、これをお見せしろとランド様より預かった物もあるのですが……」

 そう言いながらアーベルが差し出したのは、腕の半分ほどの長さの筒状のものだった。

「これは……?」

「これは勇者様の光の剣です」

「な、なんと……」

 驚くアルミシアの前で、アーベルはやっぱりレイジに聞いた通りに筒状のものを操作し、その先端に光の刃を生じさせる。

 生み出された光り輝く刃を見て、今日何回目になるのかよく判らない驚きを露わにするアルミシア。

「こ、これは……まさしく光の剣……」

「これは大変危険な武器なので、決して余人に触らせることなく猊下にお預けしろとランド様に命じられました」

 アーベルは片膝ついた姿勢のまま、恭しく光の剣──レーザーブレードをアルミシアへと差し出した。

 キンブリー帝国において、「剣を預ける」とは相手を心から信頼するという意味を持つ。

 つまり、アルミシアに剣を預けると言うことは、勇者であるレイジが会ったこともない相手であるアルミシアを、信頼しているということを現す。

 当然ながら、事前にそのような風習があることを知っていたチャイカが、レイジの身の証と同時にアルミシアに対する心象を良くするために、レーザーブレードをアーベルに預けたのだ。

「しょ、承知しました。勇者様の信頼に応え、身命に代えて誰にもこの光の剣には触れさせないとレシジエル神に誓いましょう。そしていつの日にか、必ずこの剣を勇者様にご返還しましょう」

 アルミシアは祈りの姿勢を取ると、口の中でレシジエル神へと誓う言葉を何度も囁いた。

 ちなみに、アルミシアたちにとっては宝剣・神剣と言える「光の剣」も、レイジにとってはただの量産品の「レーザーブレード」である。つまり予備はいくらでもあるわけで、この剣を手放してもレイジが困ることは一切ない。

 これまた余談だが、レーザーブレードに充填してあるエネルギーは有限である。しかもその量はそれ程多くはなく、連続して使用できる時間も精々三十分程度。そのため、万が一レーザーブレードが他人の手に渡ったとしても、エネルギーを再充填する術がない以上それ程危険ではない、とチャイカは判断していた。

 やがて、神に祈りを捧げ終えたアルミシアは、改めてアーベルに問う。

「では、どのような理由で勇者様が竜族の王の元へと赴くことになったのか……あなたに判る範囲で教えなさい」

「御意」

 アーベルは改めて深々と頭を下げると、アルミシアに己の知る限りのことを、暗殺者に教われたことや呪詛に関することも含めて、ゆっくりと説明していった。




 大海原を、巨大な生物が悠々と突き進んでいく。

 その背中には、数人の人影が見える。もちろん巨大な生物はジールであり、その背にいるのはレイジたちだ。

 彼らは今、ジールの熱心な要請に応えて、彼の父親である竜王に会いに行く途中なのだ。

 ジールの背中は広い。レイジとサイファ、そしてマーオとラカームが乗っていても、決して手狭ではない。

「なあ、ジール。どうしても、おまえの親父さんに会わないと駄目なのか?」

「我が主よ。できましたら、我が父と会っていただきたいのです。我が認めた主であるレイジ様を、父に……我らが竜王ガザジザベザガルにご紹介したいのです」

「まあ……俺も竜王って存在に興味があることはあるけど……堅苦しいことは苦手だし、作法とか全く知らないぜ?」

「なに、構いませんとも。主は主らしく、自然体でいていただければいいのです。そもそも我らが竜族には、人間たちが言うところの貴族のような格式などはありません。酷い侮蔑を看過することは決してありませんが、それほど煩く言うこともありません故」

 レイジたちがこうして海上へと出た理由。それはジールが是非とも彼の父親に会って欲しいと言い出したからだ。

 ジールが言うには、自分の主となったレイジを父に紹介したいのだとか。

 竜族にとって、自分を打ち破って主となった存在を周囲に知らしめることは、極めて名誉なことらしい。

 つまり、「自分の主はこんなに凄いんだぞ」と自慢したいのだろう。

「我ら竜族が主をいただくこと自体が稀なこと故……主をいただく竜族の数は決して多くはないのです」

「なるほどなぁ……なんせミサイルの直撃を受けても無事な生き物だもんなぁ……」

「ははは、主の神話級の魔法は(まこと)に強烈でしたな!」

 なぜか、ミサイルを受けたことを自慢そうにするジール。強烈な攻撃を受けて尚無事でいられることは、もしかすると竜族にとって誇らしいことなのかもしれない。

 ちなみに、レイジたちが乗ってきた四輪車(ヴィーグル)は、レイジたちがジールと出会った浜辺近くに置いてきた。

 四輪車の周囲には光学迷彩を展開してあるので、容易に発見されることはないだろう。

 しかも四輪車はチャイカとリンクしているので、無人であっても遠隔操作可能である。万が一誰かが四輪車に気づいて近づこうとも、チャイカが遠隔操作で移動させたり武装で反撃することも可能なのである。

「まあ……いいか。こうして海をクルーザーのように移動しているだけで気持ちいいしな」

 海面を高速で移動するジールの背中で、レイジはごろりと寝転ぶ。

 空はどこまでも青いし、風は気持ちいい。遠くを眺めれば、巨大な魚らしき生き物が海面で飛び跳ねているのも見える。

「ジールの親父さんに会うのはちょっと緊張するけど……それまでは、このちょっとした航海を楽しむのもいいな」

 寝転びながら横に視線を映せば、そこには薄い褐色の肌をした少女の姿が。

 彼女はどこか緊張した様子を見せながらも、海を行くという今の状況に目を輝かせていた。

 そんな少女──サイファの様子に頬を緩めながら、これから会う竜王という存在に対して、期待と興味と緊張を抱きながらゆっくりと目を閉じた。


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