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サイファの魔法

 真っ白な砂浜と紺碧の海。それはある意味で完璧なロケーションと呼べるだろう。

 そんな完璧なロケーションを背景に、レイジたちは海を存分に楽しんでいた。

 わざわざ今日のためにチャイカが用意したのは、ビーチパラソルやデッキチェア、ビーチボールや浮き輪といった海水浴のマスト・アイテムたち。もちろん、イルカ型のフロートもある。

 そして、波打ち際で黄色い声を上げて楽しんでいるのは、三人の女性たち。

 一人はサイファ。チャイカが合成したCGのような危険なマイクロビキニではなく、大人しめなホルターネックの白いタンクトップ・ビキニ。薄い褐色の肌をしたサイファには、白い水着がよく似合っていた。

 二人目はラカーム。今日ばかりはいつもの狼形態ではなく、人間形態である。先程レイジが理由を聞いたところによると、狼の姿で海に入ると後の手入れが大変だからだとか。

 以前、魔族領にある塩湖で水遊びをした時、全身の毛皮がごわごわになってしまったらしい。その点、人間形態ならば後でキャンピング・ユニットに備え付けられている、簡易シャワーユニットでシャワーを浴びるだけで済む。

 当然ながら、シャワーユニットにはシャンプーやコンディショナー、そしてボディシャンプーも完備である。

 そんなラカームが着ているのは、鮮やかなブルーのスタンダードなビキニ。だがラカームのメリハリの利いた、同時にスポーティでスリムなボディラインには、スタンダードなビキニが抜群に映えている。

 そして、最後の三人目。

 やや浅黒い肌に長身のその女性。腰まである長い黒髪を頭の上でアップにし、艶めかしいうなじを露にしている。

 情熱的な赤い小さめのビキニが包むのは、妖艶という言葉が相応しいボディだった。

 大きな胸と細く括れた腰、そして、張りのある形のいい尻。

 その女性が嬉しそうに浜辺ではしゃぐ度に、胸やら尻やらがぽよんぽよんと派手に弾むが、それを眺めて鼻の下を伸ばすような男性は、残念ながらこの場はいない。

 いや、正確に言えば男性はいるのだが、その男性は妖艶な美女に実に冷ややかな視線を注いでいた。

「……どうして、マーオの奴はまた女になっているんだ?」

「サービスです」

「はぁ?」

「あ、いえ、こっちの話ですから、レイジ様は気にしないでくださいねー。あははー」

 デッキチェアの上で胡座をかき、冷たい視線を傍らに浮かぶチャイカへと向けるレイジ。もちろん、チャイカも特別仕様の水着姿の立体映像である。

「マーオさんが言うには、男の格好で水着姿になってもおもしろくないそうですよ?」

「……あいつの考えることはよく判らんな……」

 そう呟くレイジもまた、水着姿である。

 オレンジ色のバミューダタイプの水着を着て、目にはサングラス。そのサングラスに隠された彼の視線が主にどこに向けられているのかは……間違いなくチャイカには筒抜けだろう。

 そして、その彼の隣にはアーベルが立っていた。

 ビーチパラソルが作る日陰の中、彼もまた水着姿だ。

 身体にぴっちりとした競泳タイプの水着──いわゆるブーメランパンツ──を着た彼は、意外と筋肉質でしっかりと引き締まった上半身をどこか誇らしげに晒しながら、興味深そうに浜辺で戯れる女性陣を眺めていた。

「勇者様、それに精霊様。お二人から賜りましたこの『ミズギ』とやら……なかなかに興味深い衣服ですな」

「あ、やっぱり、こっちには水着なんてないんだ?」

「ええ。このように水辺で戯れることはありますが、そのような際は裸で戯れます」

 水着のないこの惑星(セカイ)でも、川や湖などで泳いだりすることはある。しかし、そのような際は裸で行うのだ。

 そうなると羞恥を覚える前の子供や、恥も外聞もなくなった年配の女性ならともかく、年頃の女性は異性と水辺に遊びに行ったりはしない。そのため、今日のように男女が一緒になって水辺で遊ぶという機会は、アーベルも初めてのことだった。

 ちなみに、川や湖で遊ぶことはあっても、海辺で遊ぶことはまずない。これは基本的に海は竜族の領域であることと、広大な海には恐ろしい魔獣や怪物がたくさん棲んでいると昔から信じられているため、漁村部以外ではまず海に入ることはないからだ。

「ところで、勇者様。いつまでここに滞在なさるおつもりですか?」

「そうだなぁ。折角海に来たんだし、今日一杯はここにいて、明日の朝一番で出発しようか」

「左様でございますか!」

 思ったよりも早い出発を提示したレイジに、アーベルは明白(あからさま)にほっとした表情を浮かべるのだった。




 その後、レイジやアーベルが釣り上げた魚や女性陣──女性と呼んでいいのか悩むのが一名ほどいるが──が採集した貝を浜焼きにし、皆で舌鼓を打ったあと。

 のんびりとした雰囲気が漂う中、マーオがサイファの魔法について興味深い話を切り出した。

「え? じゃあ、サイファはもう魔法が使えるってことか?」

「そうですわ、アニキ様。魔族領を発ってから毎日少しずつ修練を重ねた結果、魔法を発動することができるようになりました」

「とは言っても、発動までにまだまだ時間がかかりますし……発動できるようになっただけですけど……」

 マーオに肩を押されたサイファが、照れ臭そうに言葉を続けた。

「そう言えば、以前にサイファさんの魔法の素質は特殊じゃないかって、治癒術師のリーンさんが言っていましたけど、あれはどうなったんですか?」

 魔法を使える者は皆、己の内に眠っている()()を呼び起こす時、それぞれに合わせた象徴的なビジョンを感じるという。

 例えば火系統の魔法の素質を持った者は、自らの内側に存在する魔素を感じ取った時、燃え盛る炎のビジョンを見るケースが多い。

 だが、以前にサイファが己の内側を覗いた時、見えたビジョンはレイジの姿だったと言う。そのことを聞いたリーンは、サイファの素質が特殊なものではないかと疑ったのだ。

「確かに、サイファの素質は特殊というよりは稀少と言うべきものでしたわ」

「へえ。で、サイファの素質って何なんだ?」

「それは実際にご覧になった方がいいでしょう。ほら、サイファ」

 ぽんと背中を一つ叩かれたサイファは、目を閉じてゆっくりと意識を集中させる。

 魔法を使えるマーオには、今、サイファの周囲の空気中に含まれている魔素が、どんどんと彼女の中に吸収されていることが理解できた。

 そして、閉じられたサイファの目が再び開かれた時。魔法の発動を促す一節の魔法語と共に、彼女の中に吸収された魔素が一気に解放される。

 同時に、彼女の目の前には一人の青年の姿があった。金色に輝く髪と紫水晶のような澄んだ瞳を持ったその青年は、間違いなくレイジであった。

「こ、これは……」

「もしかして、幻覚ってやつですか?」

 突然現れたもう一人のレイジを見て、本物のレイジとチャイカが驚きの表情を浮かべた。

「はい、精霊様。サイファの素質は幻術……つまり、彼女は幻術師というわけですわ」

 幻術師。文字通り、幻術を操る魔法師のことである。

 自分が思い描いたものならば、どんなものでも投影できる。だが、所詮は幻であり、物を動かしたり触れたりはできない。

 物理的な影響は全くないが、使い方次第では万能とも言える能力を誇る魔法系統でもある。

 だが、使い方を誤るとまるで役に立たない魔法でもある。その運用性の難しさから、先程マーオが言ったようにこの系統の魔法を好んで使う魔法師は極めて少ない。使うとしても、メインの系統の他に補助的に簡単な幻術を覚える程度だろう。

 そのため、特殊というよりは稀少と言うべき魔法系統であった。




「ねえ、精霊様」

「なんですか、ラカームさん?」

 レイジとサイファ、そしてマーオがサイファの魔法について盛り上がっている一方、こそっとチャイカに近づいたラカームが小さな声で囁く。

「サイファが作り出した幻覚のレイジ様……随分、きらきらしていません?」

「確かに、本物のレイジ様より当社比で二割ほどきらきらしていますねー」

 改めてよく見れば、サイファが作り出した幻覚のレイジは、本物よりも確かに美形になっていた。

 それも「精悍」とか「逞しい」というどちらかというと「男っぽい」方向ではなく、無駄に目や歯が輝いたり、背後に花が咲き乱れそうな、いわゆる「王子様」とか「少女漫画の恋人」っぽい方向で。

「たぶん、サイファさんの目にはあんな感じにレイジ様が映っているんでしょうねー」

「なるほど。いわゆる、乙女的な心情の現れなのね」

「そうそう。乙女補正がかかっているんですよー」

「きゃーきゃー! 恋する乙女ね! お姉さん、応援するわ!」

 と、レイジたちがサイファの魔法について盛り上がる一方で、チャイカとラカームもまた、サイファの魔法について盛り上がっていた。

 別の意味で。



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