バーランとの再会
「いやぁ、何となくだが、勇者様とまた再会できるとずっと思ってもいたんだぜ」
クローリア男爵家の使用人に案内され、レイジたちのいる席へと連れてこられたバーランは、そこにレイジがいることに目を見開いて驚くも、すぐににやりと男臭い笑みを浮かべた。
そんなバーランを見てレイジも楽しそうに笑いながら、彼に同席を勧めてアーベルやクローリア男爵にバーランを紹介する。
「こちらは、以前に俺やサイファがお世話になったバーランさん」
「よしてくれよ、勇者様。俺は別に勇者様を世話した覚えなんてないぜ?」
「でも、バーランさんのお陰でサイファは無事だったんだろ?」
「あれだって精霊様の言いつけでやっただけさ」
照れ臭そうに頭を掻きながら、バーランはレイジの背後で微笑んでいるサイファを見て、僅かにその頬を緩ませた。
「なるほど……今のサイファは『勇者様の奴隷』ってわけか」
「ま、そういうことだよ」
レイジとサイファのことをよく知るバーランは、どうしてサイファがレイジの奴隷として扱われているか、その真意をすぐに悟ったようだ。
奴隷は立派な財産である。その財産である奴隷を他者が無闇に傷つければ、当然法によって罰せられる。
単なる「半魔族の娘」という立場より、「勇者の奴隷」という立場の方がサイファにとっては安全なのだ。特に、魔族に対して冷たい人間領の中では。
バーランはサイファに向けて微笑みながら、その隣に立つマーオへと目を向けた。
「で、こっちの大男の奴隷は何者だ? パジャドクの奴はどうした?」
「パジャドクさんなら、魔族領で元気にやっているはずだよ。で、こっちはマーオ。詳しいことは言えないけど、今の俺の旅の同行者さ」
レイジがマーオを紹介すると、マーオは黙ったままバーランに頭を下げた。どうやら、従順な奴隷を演じているらしい。
「それで、バーランさんはどうしてここに?」
「そりゃもちろん、炎亜竜の素材が目当てさ」
「でも、バーランさんはあの村に詰めている兵士だろ? こんな所まで来ていいのか?」
「いや、実はな……」
バーランの話によると、彼は兵士を辞めて傭兵に転職したらしい。
あの村の村長であったバモンは、勇者であるレイジに対するあまりにも私欲丸出しの態度が村人たちから不興をかい、それが原因で人知れず村から出ていった。
その後、新たに村人の中から村長を選び出したのだが、結局バモンと変わらないような人物だったとか。
新たに村長となった人物は、パジャドク率いる魔族の襲撃がトラウマレベルの恐怖だったらしく、バーランたち国の兵士に四六時中警備するように言いつけたのだ。
村の警備と守護は、国から与えられたバーランたちの仕事である。村を警備すること自体に、バーランたちも文句はない。
だが、新村長が命じたのは、村の警備ではなく村長自身の警備だったのだ。
昼も夜も村長宅周辺だけを警備し、村長宅から外出する時は常に兵士の誰かを伴う。
これでは、「村の警備」というバーランたち本来の仕事に支障をきたしたのは言うまでもない。
俺たちは村全体を守るのが仕事であって、あんた個人の用心棒じゃない。
バーランは何度も新村長にそう言ったが、魔族の襲撃がとことん恐ろしかった村長は、バーランの言葉は全く聞き入れなかった。
結局、バーランは国の中央になんとかしてもらおうと現状を書状で知らせたが、辺境の寒村にまで関心を示さないのか、中央からは何の連絡もない始末。
「……で、さすがに頭にきてな。部下全員を引き連れて兵士を辞めちまったってわけだ」
「それは……思いきったことをしたなぁ。じゃあ、今のバーランさんは兵長ではなく、傭兵団の団長ってわけか」
「団長っつっても、俺を含めて十人もいないちっちぇえ傭兵団だけどな」
がははと豪快に笑うバーラン。彼のそんな様子を見て、以前の彼と何も変わっていないことをレイジは確信し、同時に安心もした。
「そんなわけで、傭兵団の箔付けにでもなればと、炎亜竜の素材で何か武器を作ろうかと思ったわけだ。もっとも、先立つモノがないから、実際に買えるとは思っていないけどな」
炎亜竜の素材を入手することは不可能でも、せめて珍しい炎亜竜の素材の実物を見てみたい。そう思って、バーランはわざわざこのゲンガルの街まで足を運んだとのことだ。
「できれば、剣の一本も作りたいってのが本音だな」
「それぐらいなら、何とかなると思いますよー」
突然、レイジの隣にチャイカの姿が現れる。突如現れた半透明の美しい女性の姿に、会場に居合わせた者たちから驚きの声が上がる。
驚愕と好奇心の目を向ける人々に愛想のいい笑顔を振り撒きつつ、チャイカはクローリア男爵へと声をかけた。
「剣一本分の素材、都合をつけてもらえます?」
「はい、精霊様。元より、炎亜竜の素材は勇者様のもの。売るのも譲るのも自由でございます」
チャイカにそう応えたクローリア男爵は、すぐに配下の者を呼びつけた。
クローリア男爵が小声で指示を出すと、その者は一礼を残して立ち去っていく。
「炎亜竜の素材で剣を作るとなりますと……やはり、骨を利用されるのが一番かと。牙や爪は鏃には加工できても、剣とするには小さすぎますからな。ですが炎亜竜の骨は頑丈で熱にも強く、加工できる職人も限られておりますので、よろしければそちらもご紹介させていただきますが?」
レイジの知人と紹介されたからか、クローリア男爵は丁寧な態度でバーランに接していた。
対するバーランも、相手が貴族であることは先程レイジから紹介されているので、こちらも失礼がないように心がけている。
「は、そいつは助かります」
「ただし、剣への加工賃はご自前でお願いしますぞ」
「うへぇ、予算よりも高くなったらどうしよう?」
おどけたようにバーランが言えば、レイジたちが楽しそうに笑う。
「その時は俺が貸すよ。炎亜竜を退治した報酬と、その素材を売る報酬。結構、入ってきそうなんだ」
「ほう、やっぱり炎亜竜を倒したのは勇者様だったか。そんな噂も多少は聞いていたから、もしかしたらとは思っていたんだが」
にやりと笑ったバーランは、表情を引き締めるとその場で立ち上がり、レイジに向かって深々と頭を下げた。
「その節は、よろしくお願いいたします、勇者様」
もちろん、その場の全員が笑い声を上げたのは言うまでもない。
オークションは盛況のうちに幕を閉じた。
出品されたのは炎亜竜の素材だけではなく、その他の芸術品や装飾品などもオークションにかけられ、主催者、出品者、購入者それぞれが満足のいく結果だったようだ。
もちろん、中には望んだ品物を入手できなくて、涙を飲んだ者もいただろう。それでも、ほとんどの者たちが笑顔でゲンガルの街を後にした。
その中にはバーランも含まれている。彼は炎亜竜の大腿骨から削り出した剣を手にし、笑顔でレイジたちに別れを告げた。
「ま、またどっかで会えるだろうさ」
バーランは腰に佩いた剣が余程嬉しいのか何度もその剣に触れながら、部下を引き連れてゲンガルの街から去って行った。彼の言う通り、きっとまたどこかで出会うこともあるだろう。
そして、レイジたちもまた、ゲンガルの街を去る時が来た。
「お世話になりました、クローリア男爵」
「こちらこそ、ご滞在中はとても楽しかったですぞ、勇者様。この近くに来られる際は、是非またゲンガルにお立ち寄り下され」
旅立つレイジと見送りのクローリア男爵は、しっかりと互いの手を握り合う。
どうやらクローリア男爵は、レイジやチャイカの話すいろいろなことがとても興味深かったらしい。
いや、レイジたちの話を興味深く聞いていたのは男爵だけではなかった。サイファやマーオ、ラカームはもとより、アーベルもまた興味津々だった。
アーベルにしてみれば、レイジたちの話すことは全て「神の国」の話なのだ。聖職者である以上、それに興味を持たないわけがない。
「では、勇者様。いよいよ帝都に向けて出発ですな」
「ああ。道案内、よろしく頼むよアーベルさん」
「御意」
アーベルはレイジの傍らで片膝をつき、深々と頭を垂れる。
空は澄み渡っており、旅立ちには持ってこい。レイジの頬を撫で、髪を揺らす風は清々しい。
「……やっぱり、自然の風はいいな。ってか、以前は風と言えば空調が吐き出すものだったし」
レイジは全身で風を感じながら、四輪車へと乗り込む。
助手席には、道案内役のアーベル。サイファやマーオたちは、四輪車が牽引するキャンピングユニットの中だ。
レイジが四輪車の運転席に滑り込む際、キャンピングユニットに乗り込むサイファとちらりと目が合う。
相変わらず、彼女を見ると身体のコンディションを示す数値が激しく変化する。
最初はそのことに戸惑っていたレイジも、最近ではなんとなく彼女を見て変化する数字が楽しくなってきた。
まだ、彼はそれがどのような感情から来るものなのか理解していない。だが、それを理解する時はそれほど遠くないだろうと、彼を見守るチャイカは考えていた。
青空の下、四輪車の駆動モーターが静かに唸り、四本のタイヤがゆっくりと回転する。
その回転速度は徐々に速くなり、四輪車はすぐに馬車よりも速く大地を駆け出した。




