アーベル同行
年内の更新に間に合った(笑)!
境界線に築かれた要塞と城壁を通り抜け、再び人間領へと足を踏み入れたレイジたち。
レシジエル教団の高司祭であるアーベルの案内で、レイジたちは「境界線の町ゾイラス」で一夜を明かした。
そして翌朝。ゾイラスの町の入り口に、早朝だというのに多くの人が詰めかけている。
彼らの目的は、町の入り口に停められた見慣れぬ乗り物。噂によるとあれは魔族領に棲息する魔獣であるとか、はたまた神が遣わした神獣であるなど様々な憶測が飛び交っていた。
もちろん、それはレイジの電動四輪車に他ならない。
レイジたちは今、その四輪車に牽引されるキャンピングユニットのトランクに、この町で買い込んだ旅に必要な食糧などの物資を積み込んでおり、それをゾイラスの人々が遠巻きに眺めているのだ。
「あれが……昨日から噂になっている勇者様か?」
「確かに金色の髪をした人間なんて、初めて見たな」
「それに、勇者様が所有する奴隷たち……二人とも魔族のようだが、噂によると魔族領は既に勇者様が平定なされたらしいぞ」
「それが本当なら、もう魔族と戦争しなくてもいいってことか?」
「もしも戦争が終わったら……この町はどうなるんだ?」
住民たちは近くに居合わせた者同士、ぼそぼそと囁き合う。感覚強化されているレイジの聴覚はそれらを明確に拾っているが、あえて何も言わない。
「あ、あのー、勇者様? そのような作業は、奴隷にやらせておけばよろしいのでは……?」
奴隷──表向きは──であるマーオやサイファと一緒になって、旅の物資をキャンピングユニットに運び込んでいるレイジ。
そんなレイジの姿を見て、アーベルが遠慮がちに提言した。
アーベルの感覚で言えば、このような肉体労働は奴隷にやらせる仕事だ。当然ながら、その主人が奴隷と一緒になってやるようなものではない。
しかし、レイジにとってサイファやマーオは、表向き奴隷であってもやはり仲間という意識が強い。そのため、彼らと一緒になって作業していたのだが、アーベルのように身分の高い者からすると、どうしても異質に思えるのだろう。
ちなみに、ラカームはいつもように狼形態で、日当たりのいい場所で寛いでいる。
「だけど、人数が多い方が早く済むだろ? だったら俺も手伝った方がいいじゃないか」
「……はあ。まあ、勇者様ご本人がそうおっしゃるのであれば、私にはこれ以上は何も言えませんが……」
口ではそう言いながら、やっぱり納得していない様子のアーベル。
と、そこへチャイカが突然姿を現した。
〈ですが、アーベルさんの言うことももっともですよー。これからもサイファさんとマーオさんを表向き奴隷とするなら、それらしい扱いをした方がいいと思いますー〉
〈なあ、チャイカ……脳内で直接会話するなら、わざわざわ姿を投映する必要ないだろ?〉
レイジは周囲を見回しながら、重々しい溜め息を吐く。
突然現れた、半透明の美しい女性。集まっていた町の住民たちからすれば、それは伝説の「精霊の乙女」の降臨に他ならない。
「あ、あれは……精霊様……?」
「精霊様が姿をお見せになったということは……やはりあの方は本物の勇者様なんだ」
チャイカの姿を見て、住民たちが再びざわざわとざわめく。中にはその場に跪き、祈りを捧げている者もいた。
〈あははー。それが最近、『精霊の乙女』とかって騒がれるのがちょっと楽しくなってきまして〉
〈頼むから、もう少し自重してくれ……〉
自分の隣で神秘的な微笑みを浮かべる女性──の立体映像──を見て、レイジは再び溜め息を吐いた。
レイジからそれを聞かされたアーベルは、思わずぽかんとした顔を晒した。
「は……はいっ!? わ、私にこの魔獣に同乗せよ……と?」
アーベルの視線は、目の前のレイジとその背後に停車している四輪車の間を何度も行き来する。
「そうだよ。アーベルさんは俺たちの案内をしてくれるんだろ? だったら四輪車に一緒に乗ってくれないと」
レイジたちの四輪車と、アーベルがゾイラスまで乗ってきた馬車とでは、その速度に違いがありすぎる。
馬車の速度に合わせればいいだけの話だが、それだと四輪車の速度に慣れたレイジにはちょっとゆっくり過ぎるのだ。
そのため、案内人を買って出たアーベルを四輪車に同乗させ、残りの側近や護衛たちは後からゆっくりと追いかけてくればいい。
旅の道中の安全性から見れば馬車よりも、しっかりと防弾処理も施されている四輪車の方が安全なのは言うまでもない。
最初こそぽかんとしていたアーベルも、その顔に歓喜の表情を浮かべ始める。
「お……おお、勇者様の使役するこの魔獣……いや、もう魔獣と呼ぶのは相応しくありませんな。ここは神獣と呼びましょうか」
アーベルは四輪車をじっと熱の篭った視線で見つめ、恍惚とした表情を浮かべる。
「このような神獣に同乗させていただけるとは……このアーベル、栄誉の極みであります!」
その場に跪いたアーベルは、レイジに向かって深々と頭を下げた。
改めて立ち上がったアーベルは、彼の背後に控えていた側近たちに振り返る。
「聞いての通りだ。私は勇者様のご厚意に従い、この神獣に同乗させていただこうと思う。君たちは馬車で後からゆっくりと追いかけてきたまえ」
「あ、あの……アーベル様? ほ、本当にお一人だけで大丈夫なのですか?」
側近の一人が心配そうに尋ねれば、アーベルは鷹揚に頷く。
「なに、勇者様とご一緒なのだ。どんな危険があろうとも、この神獣の中ほど安全なところは他にあるまい」
「い、いえ、私が言いたいのは……」
その側近は、アーベルの向こうにいるレイジとその奴隷たちを、どこか胡散臭そうに見つめる。
彼女にしてみれば、突然現れて勇者を名乗るレイジを、完全に信じられないのだろう。
アーベルの側近として、主人の安全を第一に考えなければならない立場からすれば、その用心は当然と言える。
だが、彼女も実際には半信半疑なのだ。
レイジの傍に現れた、神秘的な女性。あのような存在を見せつけられた以上、レイジが勇者であることを疑うのは、彼女が信仰する神に対する冒涜だろう。それでもレイジを勇者であると断言できないのは、やはり主人を第一に考えるからだろうか。
「君が私を心配してくれるのは嬉しい。だが、それは杞憂というものだよ」
アーベルやそっと側近の女性の肩に手を置くと、蠱惑的とも言える笑みを浮かべた。側近の女性は、その笑みを見て陶然とした表情を浮かべて頬を赤く染める。
「考えてもみたまえ。この世に勇者様のお傍ほど安全な場所はないだろう? 私はあの方が紛れもなく本物の勇者様だと感じた」
夕べ、神獣の内部へと招かれた時に見た、この世の物とは思えない品物の数々。あれを見せられては、レイジが本物の勇者だと信じる他ない。
「だから君たちは、何も心配することも憂うこともなく、後からゆっくりと私たちを追いかけてくればいい。判って……くれるね?」
アーベルは、側近の女性の髪をそっと撫でる。
そして、彼の指先は静かに彼女の髪を掻き分け、その奥に隠されていた耳に触れる。
アーベルの指先がそっと耳朶を上で踊ると、側近は僅かだが明らかに色のついた吐息を漏らした。
「……判ってくれるね?」
そんな彼女の耳元で、もう一度優しく囁くアーベル。
この時既に、側近はアーベルに逆らうことはできなくなっていた。
……いろいろな意味で。
「うーん……あのアーベルさんって方、随分と女性の扱いに手慣れているようですねー」
まるで側近の女性を抱きしめ、愛撫しているかのようなアーベル。その様子をチャイカはまじまじと見ていた。
その隣ではサイファも顔を赤くしつつ、目の前で展開されるラブシーンもどきから目が離せないようだ。
「さすがにあの領域に達しろとは言いませんが、あの半分くらいはレイジ様にも女性の扱い方を覚えて欲しいものですねー。サイファさんだって、レイジ様に優しく抱きしめて欲しいですよねー?」
「は、はい……私もレイジさんにだき………………」
と、そこでサイファは我に返った。思わずチャイカの誘導尋問に乗せられそうになったと気づき、そして自分が何を言おうとしていたかにも気づいて、彼女の顔色が見る間に赤く染まっていく。
「わ、私……い、今……何か言いました……?」
ぎぎぎぎとオイルの不足している機械のようなぎこちない動きで、隣に浮かぶチャイカへと振り返るサイファ。
「いいえー、サイファさんは何も言っていませんよー? ええ、全部は言っていませんけど、サイファさんの気持ちは大体判っちゃいましたー」
「ひぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
サイファは素っ頓狂な悲鳴を上げ、顔を覆ってその場に座り込む。
当然、レイジやマーオ、そしてアーベルや村人たちの視線を集めるが、彼女人してみればそれどころではない。
「安心してくださいね、サイファさん。これは私たちだけの秘密にしておきますからー」
とっても「イイ」笑顔を浮かべながら、びしっと親指をおっ立てるチャイカ──の、立体映像──。
もちろん、今のサイファにそんなものを見ている余裕はない。
そしてそんな二人の様子を、不思議そうに首を傾げながら見つめていた。
今回の更新をもって、年内の更新は終了。
新年は1月11日以降に更新の予定です。具体的な日付はちょっと不明だけどな!
今年は本当にお世話になりました。
来年もまた、引き続きよろしくお願いします。




