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真意


 サイファを奴隷にする。

 マーオがそう言った途端、レイジの身体から冷たい怒気が吹き出した。いや、怒気なんて生温い。それはいっそ、殺気と言ってもいいレベルだ。

「…………どういう意味だ?」

「あ、い、いえね? 勘違いしないで欲しいですが……これもサイファの身を守るためでさぁ……」

 あたふたと言い訳をするマーオに、レイジはじっと冷たい視線を注ぐ。

 レイジは何も言わない。もしかすると、湧き上がる怒りを必死に押さえ込んでいるのか。

「あ、あのですね……これから俺様たちが向かう人間領では、魔族は『ヒト』とは認められていないんですよ。そんな所へあの娘を連れていけば、早々に攫われて奴隷に売られるのがオチってもんで……」

 人間領における魔族の立場は極めて低い。いや、低いなんてものではない。マーオが言ったように「ヒト」とは認められていないだの。

 そのことを、レイジはサイファの故郷の村である程度理解している。そのため、マーオの言いたいことは大体推測することができた。

「……つまり、表向きだけでも俺の奴隷ってことにしておけば、逆にサイファの身を守れるっててことか?」

「その通りです。いくらアニキや精霊の姐御でも、四六時中サイファにつきっきりってわけにはいきませんでしょ?」

 人間領で見かけられる魔族は、そのほとんどが奴隷である。奴隷は所有者の財産であるため、他者が勝手に奪うことはまずない。だが、そうでない魔族は、心ない人間からすれば絶好の「獲物」でしかないのだ。

 野生の野牛を狩っても誰も文句は言わないが、牧場で飼われている牛を傷つければ罪に問われる。それと同じである。

「マーオの言いたいことは理解した。でも、こればっかりは俺が勝手に決めるわけにもなぁ……後で、サイファとチャイカに相談してみる」

「ええ、そうしてみてくださいや」

 実を言えば、サイファの影の中にはマーオが使役する使い魔が忍び込ませてある。もちろん、その目的は彼女の身の安全のためであるが、それだけでは完全とは言い難い。身を守る手段があるのなら、一つでも多く構じるべきだろう。

「それでですね……もしもサイファ表面上だけの奴隷にする時は……」

 もじもじ、と。巨漢のマーオが異様なまでに似合わない仕草で、身を捩らせつつレイジを見る。

 その瞳に、ある種の期待を滲ませながら。

「…………俺様もアニキの奴隷ってことで、ひとつ!」

「どうして、おまえまで奴隷にする必要があるんだよっ!?」

「俺様だって魔族っすよ? ほら、人間領に入り込んだ魔族は奴隷にされちゃうじゃないですか! ここは俺様の身の安全のためにですね……」

「お前より強い人間がどれだけいるんだ?」

 仮にも、マーオは元魔王である。つまり、魔族最強。そんな存在を奴隷にできるような人間がごろごろいたら、魔族と人間の戦争は人間の勝利という形でとっくに決着が着いているだろう。

「あ、やっぱり奴隷にするなら男より女の方がいいんでやすね? だったら、今すぐ女に変身を……」

「するなっ!!」

 なぜかいそいそと服を脱ぎ始めようとしたマーオを、レイジは思いっ切り蹴り上げた。




 四輪車(ヴィーグル)に戻ったレイジたちは、そのまま野外で食事の準備を始める。

 キャンピングユニットのキッチンを使わず、こうして野外で調理してそのまま食べるスタイルをレイジが気に入っているからだ。

 もちろん、時にはキッチンも使う。事実上、一行の調理主任に収まったマーオなどは、キッチンの使いやすさに驚いていたほどだ。

「じゃあ、俺はさっきの話をサイファとチャイカに相談してくる。マーオは食事の準備を頼むぞ」

「へい、任せてくださいや」

 威勢よく返事をしたマーオは、手際よく手頃な石で即席の竃を組み上げ、魔術で火を熾す。

 釣り上げた魚の腸は河原で抜いてきたので、後は塩でもまぶして焼くだけだ。

 もちろん魚だけでは物足りないので、これまでの道中で狩った動物の肉や、採集した食用の野草や果物、保存の効くパンなども調理する。

「しかし、アニキや精霊の姐御が『レイゾウコ』とか呼ぶあの不思議な箱、ありゃ本当に便利だよな」

 常に冷気を蓄えて食材を長期保存できる不思議な箱のことを思い出しつつ、マーオは足元で自分を見上げているラカームに言う。

 ラカームもマーオの意見には同じ思いなのか、尻尾をぱたぱたと振りながらじっと彼を見上げていた。

「アニキや姐御は魔術じゃないって言うけど、魔術も用いずに肉や果物を長期間保存するなんて信じられねえ。さすがは神々の世界の道具だな」

 そんなことを呟きながらも、マーオは手を休めることなく食事の準備を進めていった。




「…………と、マーオが言うけど……二人はどう思う?」

 キャンピングユニットの中にいたサイファとチャイカに、レイジは先程マーオから提案されたことを話してみた。

 なぜか、サイファが頬を赤らめてちらちらと何度も自分を見ることが、ちょっとばかりレイジには気になったが。

「それは有効な手段だと思いますー」

「わ、私も、そ、その……レイジさんであれば……ど、奴隷になっても……」

「だ、だから、奴隷って言っても表向きだけだからな?」

 話を聞いていたか? と聞き返すレイジに、サイファは赤い顔を更に赤くして何度も頷いた。

「じゃあ、人間領に入ったら、サイファとマーオは表向き奴隷ってことにしておくか」

「あら、マーオさんもなんですか?」

「あいつがそうして欲しいんだってさ」

 肩を竦めつつ、呆れたように言うレイジ。

 そんな彼の様子を見て、サイファとチャイカはくすりと笑みを零す。

「ところで表向きとはいえ、奴隷にするのって何か条件でもあるのか?」

「はい、人間領での奴隷は、その首に奴隷の証である首輪をすることが義務だそうです。この首輪はいわゆるひとつのマジック・アイテムでして、所有者が特定のキーワードを唱えることで奴隷の首を締め付ける効果があるようですねー。そして、奴隷の所有者以外にこの首輪は外せないようです」

「なるほど、奴隷の反乱や逃亡防止ってわけか。でも、サイファやマーオにそんな物を着けさせるわけにはいかないよな?」

「そこはわたくしにお任せください。特別な効果はなくとも外見はそっくりな、ダミーの首輪を用意しましょう」

 どうやらチャイカは、既に人間領におけるいろいろは風習なども調べているようだ。

 ちゃっかりと奴隷の首輪に関する情報も仕入れていたところから、例えマーオがこの件を言い出さなくても、同じことをチャイカが提案するつもりだったのだろう。

「じゃあ、ダミーの首輪の方はチャイカに任せる。もちろん、見た目はともかくただの首輪で頼むぞ」

「承知しました。でも、発信器ぐらいはいざという時のために組み込んでおきますねー」

 そんなことを話し合っていると、外からマーオの声がした。同時に、ラカームの吠える声も。

 どうやら食事の準備ができたようだ。

「話も纏まったし、外に行こうか。さすがに腹が減ったよ」

「えへへ。実は私もです」

 レイジとサイファが微笑み合う。それを、チャイカが温かく見守っている。

 今は夜の闇に包まれて見えないが、森の外に広がる丘陵の向こうには、人工的に築き上げられた長く広がる壁が存在する。

 それは魔族領域の国境を意味する。その壁の向こう側に広がる草原はいわゆる緩衝地帯であり、人間領でもなければ魔族領でもない。

 人間と魔族は、長らくこの草原で争いを繰り返してきたのだ。

 しかし、現在は小康状態が保たれており、小競り合いさえ起きていない。そのため、レイジたちは比較的容易にこの平原を走り抜けることができるだろう。

 最大の問題は、人間側がレイジたちを受け入れてくれるかだ。

 魔族領から見慣れぬ乗り物でやってくることになるレイジたち。人間側からすれば怪しさ大爆発だろう。

 だが、チャイカはその点にも既に何らかの手を打ってあるという。

 彼女が断言する以上は、本当に大丈夫なのだろう。レイジはまだ見ぬ人間の支配する領域に、しらず胸が膨らんでいた。

 この惑星──ファンタジー・アースに降りたってから、まだそれ程の月日が経過したわけではない。

 だが、その僅かな間で、レイジはこれまでの人生では味わうことのできなかった様々なことを体験した。

 友達ができた。仲間ができた。広大な大自然の中を自由に移動することだってできる。

 そして、明日にはいよいよ人間たちが暮らす世界へと入ることになる。

 人間の世界は、これまでに見た魔族の世界とはまた違うのだろう。

 そんな期待を胸に秘めながら、レイジはサイファを伴ってキャンピングユニットの外へと出た。

 途端、食欲を刺激するいい匂いがレイジの鼻を直撃する。

 まだ見ぬ人間領への期待とは別の期待を感じ、レイジは匂いに誘われるようにマーオとラカームが待つ場所へと歩き出した。

 いつの間にか、自分の右手で一人の少女の左手が握り締めながら。





 諸事情──某書籍化作業とか某狩りとか(笑)──あって、今回はちょっと短め。

 次はがんばるよ!


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