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女だけのやりとりとマーオの提案



「は……はい?」

「ですから、服を全部脱いで裸になってくださいって言ったのですよー」

 突然チャイカにとんでもないことを言われて、サイファは目を白黒させながら戸惑った。

 場所はキャンピングユニットの中。当然ながら、この場にいるのはサイファとチャイカのみ。

 レイジとマーオ、そしてラカームは、四輪車(ヴィーグル)が停車している近くにある森の中に、食料を探しに行っている。

「大丈夫です。レイジ様はしばらく帰ってきませんから」

「え、えっと……は、裸になって一体何を……」

「いえ、サイファさんの身体をちょっと調べさせていただくだけですー」

 立体映像のチャイカが、実に慈愛に満ちた笑顔を浮かべる。

 その神秘的な姿も相まって、宗教関係者ならばその場に跪きそうな光景だ。

 だが、裸になれと言われた当事者のサイファは、それどころではない。

「どうも、レイジ様の本命はサイファさんみたいですからねー。サイファさんがレイジ様のお子を身籠ることができるかどうか、医学的に調べたいんですよ。協力してくれませんか?」

「れ、れれれレイジさんの子供……っ!?」

「そうですよー。レイジ様の子供は〈アルカディア〉の民の悲願ですからねー。何としても、レイジ様には子供を設けていただかないと」

 立体映像のチャイカが、音もなく──当然だが──サイファへと近づく。

「あははー。痛くしませんから、大丈夫ですよ? 医療ポッドに入って検査するだけですから。ささ、大人しく服を脱ぎましょうねー」

 もちろん、立体映像でしかないチャイカに、強引にサイファの服を脱がす手段はない。そのため、チャイカは言葉でもってサイファを追い詰める。

「もしかして……サイファさんはレイジ様のこと、お嫌いなのですか?」

「そ、そそそそそそんなことは──っ!!」

 顔を真っ赤に染め上げながらも、サイファはチャイカの言葉を否定──しようとして思わず口を閉じた。

 そんなサイファを見て、チャイカはもうひと押しとばかりに攻め込む。

「この前、マーオさんがサイファさんに変身した時、それはもう、レイジ様はサイファさんに変身したマーオさんを熱心に見入っていましたからねー」

「そ、そのことは忘れてくださいぃぃぃぃぃぃぃっ!!」

 真っ赤に染まった顔を両手で覆い隠しながら、サイファはその場にしゃがみ込む。

 確かに自分の裸をレイジに見られたわけではないが、マーオが変身したサイファは寸分違わない姿をしている。つまり、レイジに自分の裸を見られたのも同然なのだ。

 そのことを思い出して、激しい羞恥がサイファの全身を焼き焦がしていく。

「女性に変身したマーオさんの時より、サイファさんに変身した時の方がずっと熱心に見入っていましたからね、レイジ様は。まあ、これまでずっと一人だったレイジ様は、ご自分の気持ちをよく理解していないのでしょうが……あんな姿を見れば、少なくともわたくしにはまるっとお見通しですよー」

 なぜか、チャイカは虚空にびしっと人差し指を突きつけた。




 結局、チャイカに押し切られたサイファは、言われた通りに服を脱ぎ捨て、得体の知れない物──サイファの感覚で言えば、棺桶が一番近いかもしれない──に横たわった。

「じゃあ、しばらくそのままでいてくださいねー」

 棺桶──医療ポッドの蓋が閉じ、暗闇の中にサイファの声が響く。

 (ダーク)エルフの血を引き、闇視能力のあるサイファにとって暗闇は恐怖ではない。だが、得体の知れない物の中に入っているという恐怖が、彼女の心の片隅に蟠っている。

 それでも、サイファはチャイカに言われた通りにするしかない。再びチャイカの声がするまで、とサイファは観念して目を閉じた。

 うぃぃぃん、という何かが小さく低く唸る音だけが聞こえてくる。

 どれくらい暗闇の中で目を閉じていただろうか。ようやくチャイカの声が再び聞こえ、同時にポッドの蓋が開いて光が差し込む。

「はい、お疲れさまでしたー。もう起き上がって服を着てもいいですよー」

 サイファはほっと安堵の溜め息を吐き出し、ポッドから出るといそいそと服を着る。

「ふんふん……多少の差異はあれど、肉体は地球人類とほぼ同じ構成ですねー。ここまで生物学的に近いと、レイジ様じゃありませんけど何か作為的なものを感じちゃいます」

 聞こえてくるチャイカの呟き。サイファには理解できない言葉も多いが、言っていることは何となく判る。

「え、えっと……それで……」

 何かを期待するかのように、おずおずとサイファが切り出す。おそらくは彼女自身、何を期待しているのか完全には把握していないのだろう。

「検査の結果、レイジ様とサイファ様の間に子供はできますよー。おめでとうございますー」

 チャイカにはっきりと宣言され、サイファは恥ずかしいような、それでいて期待するような、複雑な表情を浮かべながら顔を赤らめた。




 一方その頃。

 森の中を流れる清流。そこで、レイジとマーオは釣竿を手に魚を釣っていた。

 狼形態のラカームは、いつものようにレイジの傍で気持ち良さそうに居眠りをしている。

「お、来た来た」

 手元に伝わる手応えに素早く反応して合わせを行い、レイジは魚を見事に針にかけた。

 ぐいぐいと竿を引き込むほどに魚は暴れるが、レイジは巧みにに竿を操ってその勢いを吸収する。

 やがて銀面を割って、全長三十センチほどの魚が飛び出した。危なげなく釣り糸をキャッチし、レイジは満面の笑みを浮かべた。

「ほー、上手いモンですね、アニキは」

「まあな。釣りに関してはサイファに教えてもらったからなー」

 釣り針から外した魚を、レイジは持参したボックスの中に放り込む。今、そのボックスの中には五匹ほどの魚が入っていた。

「こいつは俺様も負けていられませんね」

 気合いを入れて、マーオも竿を操って針を川に流す。

 二人が使っている釣具は、サイファの意見を元にチャイカが改めて作り出した特製のものである。カーボン製の竿やナイロン繊維の釣り糸、カラフルで鋭い毛針など、当然ながらこの惑星の文化レベルではあり得ないものばかりだ。

 ちなみに、これまで釣り上げられた魚は全てレイジの手によるもの。マーオの釣果はゼロだった。

「今度こそ……今度こそは……」

 厳つい顔に真剣な表情を浮かべて、マーオは川面を流れる毛針に集中する。

 やがて、かぽんという音と共に、毛針が水中に引き込まれた。

「そこぉっ!!」

 気合いと共に竿を振り上げるマーオ。だが、その針先に魚がかかることはなかった。

 空振りなのを確認して、がっくりと肩を落とすマーオ。

「マーオって器用なのに、釣りだけは駄目なんだな……」

「……実は……子供の頃から釣りだけは全く駄目でやして……料理も裁縫も手先を使うことは何でも得意なんですが、これだけはどういう訳か……俺様、ひょっとして魚に嫌われているんですかね?」

 本気でそんな疑惑を抱くマーオに、レイジはくすりと笑みを浮かべる。

「安心しろって。マーオの分も俺が釣るからさ」

「いや、アニキにばかり任せるわけにはいきやせん。せめて……せめて一匹ぐらいは……」

 殺気さえ感じさせるほどに真剣な表情で、マーオが毛針を川に投げ入れる。

 しかしこの日、彼の針にかかる魚は一匹もいなかった。




 日が傾き始めた頃、レイジたちは竿を納めて四輪車へと引き返した。

 結局、釣果はレイジが十四匹ほど釣り上げたので、今夜の食事の分としては十分だろう。

 一匹も釣れなかったマーオはがっくりと肩を落としているが、その彼を元気づけるようにレイジは肩をぽんぽんと叩く。

「元気だせって。マーオは魚を料理する方でがんばればいいじゃないか」

「うう……そう言ってもらえると助かりやす……」

 彼らの足元を歩くラカームまでが、マーオを励ますように尻尾で彼の脛の辺りを叩いていた。

「そういや、そろそろ魔族領と人間領の境界……境界線はもうすぐでやすね」

「そうだな」

 レイジは補助脳にインストールされている地図データを展開し、網膜内に投映する。

 地図には境界線の位置と、彼らの現在位置が表示されている。四輪車の移動速度を考えれば、明日の夕刻には境界線に辿り着くだろう。

「これから、アニキは人間領に踏み込むおつもりで?」

「そうだな。魔族の生活ぶりは実際に目にしたから、今度は人間の方を見てみたいな。俺が知っている人間の集落は、サイファがいた小さな村だけだし」

 レイジたちがここに至るまで、多くの魔族の集落を通りすぎて来た。

 境界線が近いこともあって、それなりに緊張はしているものの、それでも集落に暮らす魔族たちは日常を謳歌していた。

 畑を耕し家畜を育て、時に獣や魔獣を狩って糧とする。

 大きめの町ともなると、商品もそれなりに流通しており、時には人間たちとの戦争を忘れさせるぐらい長閑な所もあったほどだ。

 マーオによると、ここ数年大規模は侵攻は人間魔族双方ともなく、境界線を巡った小競り合い程度の戦闘しか行われていないらしい。

 もちろん、小競り合いと言っても規模はその時々だし、パジャドクの部隊がそうだったように、中には全滅の瀬戸際まで追い込まれる部隊だって存在するし、怪我人や戦死者も決してゼロではない。

「できれば……魔族と人間の戦争を止めさせたいんだけどな……」

「いくら現魔王であるアニキのお言葉でも、それは難しいでしょうな」

 例え魔族側が一方的に戦争を止めると言い出しても、人間側がそれを受け入れるかどうかは全く判らない。

 それぐらい、長い時間を二つの種族は争い合ってきたのだから。

「いっそのこと、アニキが人間領も支配してしまえば、戦争なんてなくなりますがね」

「無茶言うなよな」

 呆れたように返すレイジだが、マーオはそれほど間違った考えだとは思っていなかった。

 勇者は神の使者。それは人間たち──特にレシジエル教を信じる者たちにとって、揺るぎない事実として信じられている。

 その勇者であるレイジが、レシジエル教を味方につけてしまえば。案外、あっさりと人間領もレイジの手中に落ちるのではないか。

 元魔王であるマーオは、そんなことを考えていた。

 もっとも、レイジにその気がない以上、マーオはそれを提言するつもりはない。全てはレイジの思うままに。それがレイジに仕える者のあり方だとマーオは思っている。

「それより、ちょっと俺様には心配ごとがあるんですがね」

「心配ごと?」

「は、サイファのことでさぁ」

 サイファのことが心配だと言われて、レイジは不思議そうな顔でマーオを見る。

「これは提案なんですがね? 人間領へ入る前に、サイファをアニキの奴隷にしませんか?」

 と、マーオは至極真面目な顔でレイジに提案した。


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