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そして今



「……とまあ、そんな理由で俺は今、ここにいるわけだ」

 ぱちぱちと焚火にくべられた枝が燃える音をBGMに、レイジは己のこれまでのことをサイファに説明した。

「星々の向こうから……」

「ああ。俺はあの宇宙の向こうから来たんだよ」

 そう言いつつ、レイジは夜空を見上げる。

 無数の星々が輝くそこは、レイジにとっては故郷にも等しい。

 しかし、その故郷は彼以外には誰もいない寂しい故郷だった。

「この星に降り立って、俺はサイファを始めとした多くの人たちに出会った。まあ、中には腹立たしい奴もいたけど、俺が出会った人たちの多くはいい人たちだったよな」

 サイファの故郷の村で出会った人々。そして、その村を襲撃した魔族たち。

 その後は魔族領へと入り、なぜか魔王に祭り上げられてしまったが、それもまた出会いの一つだとレイジは思っている。

 穏やかに微笑むレイジの横顔を、サイファはじっと眺めていた。

「レイジさんは……レイジさんはやっぱり……」

「ん? 俺がどうかしたか?」

「はい! レイジさんが勇者様だということを、改めて実感しました!」

 ぎゅっと拳を握りしめつつ、サイファは尊敬と憧憬の混じり合った視線をレイジへと注いでいた。

「い、いや、待ってくれ、サイファ。今の俺の話を聞いていただろ? 俺は単に宇宙から来たのであって……」

「私には『ウチュウ』がどのような所なのか判りませんが、星々の向こうと言えば神々がおわす神界だと聞いています。そこから来たと言うレイジさんは、やっぱり神々が遣わした勇者様だったんですね!」

「だから違うんだって!」

 いくらレイジが否定しても、こればかりは常識の相違だった。

 この星の外側には無限の宇宙が広がり、幾つもの天体が存在していることを知っているレイジと、この世界の向こうには神々のいる場所があると信じているサイファとでは、どうしたって考えることに違いが出てしまう。

〈落ち着てください、レイジ様。少しずつ、サイファさんやマーオさんたちには、わたくしたちの知る知識を教えていけばいいのではありませんか?〉

 脳内に響くチャイカの声。

 この星の文化レベルは基本的に「3」なので、突然宇宙のことを話しても理解できないのも無理はないのだ。

〈……そうだな。これからゆっくりいろいろと教えていこう。そして、逆にこの星のことをサイファやマーオから教えてもらえばいい〉

〈その通りですよー〉

 脳内に響く気楽な声に、レイジはちょっとだけ疲労感を感じつつ、自分をじっと見つめるサイファに優し気な微笑みを浮かべた。




「話は聞かせてもらいやしたぜ!」

 レイジとサイファの間に、穏やかで優しい雰囲気が流れていた時。

 不意に聞き覚えのある野太い声が、どこからともなく聞こえてきた。

「ま、マーオ? どこにいるんだ?」

 レイジはセンサー類を確認しながら、きょろきょろと周囲を見回す。しかし、当のマーオの姿はレイジの目にも各種センサーにも反応していない。

「はははは。俺様はここですぜ、アニキ!」

 声が聞こえると同時に、焚火が作り出すレイジの影の中から、腕組みをした巨漢の男がずもももっとせり上がって来た。

「うわあああっ!?」

 突然のことに、レイジは驚きの声を上げながらその場を飛び退く。

 もちろん、影の中から出てきたのはマーオそのヒトである。

「いやあ、アニキの育った場所って所に興味がありやしてね。悪いとは思いましたが、聞かせてもらいやした」

 悪びれた風もなく、腕組みをしたマーオはにやりと笑う。

 2メートル近い巨漢の男が薄暗い炎の中でそんな笑みを浮かべると、正直もの凄く恐い。

 思わず及び腰になるレイジに、マーオがずいっと迫る。

「つまり……アニキはアニキの子供を生める女を探しているわけですな?」

「い、いや、俺が探しているというよりは、チャイカが……」

「何も言わなくてもいいですよ、アニキ。男が自分の子供を生む女を求めるのは本能ってモンです。決して恥ずかしいことじゃありやせんぜ?」

 にっこり、というよりはにたりと笑うマーオ。おまけに彼はぐっと自分の右手の親指をおっ立てていた。

「ここはアニキのために俺様が一肌脱ぐとしやしょうや」

 そう言うやいなや、マーオはその場で実際に服を脱ぎ始める。

「お、おい、マーオっ!? どうしておまえが服を脱ぐんだっ!? ってか、本格的に言葉使いがおかしくなっているぞっ!?」

「言葉使いに関しちゃ、こっちが地ってモンで。魔王なんて立場にいると、こういうしゃべり方はできないでやしょ?」

 確かに、魔王という立場にいる以上は、ある程度威厳というものも必要になるだろう。

 マーオは魔王という立場から解放されたことで、本来のしゃべり方に戻ったということか。

 レイジがそんな取り止めもないことを考えている内に、当のマーオはすっかり全裸になってしまった。

 巨漢の体躯としっかりと鍛え込まれ、絞り込まれたその肉体は、ある種の美しさを感じるほど完成されている。

 唖然としているレイジに向かってにやりと笑みを浮かべたマーオは、くるりと振り向いてレイジに背中を向けると、そのままその引き締まった尻をくりんと差し出す。

 そして──

「さあっ!!」

「さあっ!! じゃねえっ!!」

 尻を突き出されてようやく我に返ったレイジは、その尻を手加減抜きで思いっ切り蹴り上げた。




 強化されたレイジの筋力は、ちょっとした樹木をへし折ることもできる。

 そのレイジに思いっ切り蹴り上げられたマーオは、相当尻が痛むようで全裸のまま上半身を地面につけ、尻だけ突き上げた姿勢で悶絶していた。

 いや、全力のレイジの蹴りを食らってその程度で済んでいるとは、元魔王の防御力を誉めるべきか。

 そんなマーオを、レイジは半眼で見つめる。その傍らでは、サイファが真っ赤になった顔を両手で覆っていた。

「一体、何の真似です? レイジ様を同性愛なんて不毛な道へ誘い込むようなことは許しませんよ?」

 レイジの横──サイファとは反対側──には、その神秘的な美貌を怒りの形に歪めたチャイカの姿が浮かんでいる。

「い、いや、スンマセン、精霊の姐御。ちょ、ちょっと手順を間違えやして……」

 ようやく上半身を地面から引き剥がしたマーオが、にやりと再び微笑む。

 すると、その姿が見る見る変化していく。

 がっしりとした巨躯が、どんどん小さくなり、そして身体の線が柔らかくなる。

 呆気に取られるように見つめるレイジたちの前で、それまでそこにいたはずの巨漢の男性の姿はなく、代りに長く真っ直ぐな黒髪が印象的な、極めて妖艶な美女がいた。

 全裸で。

「────────へ?」

 思わず間抜けな声を漏らすレイジ。

 レイジの身長と遜色ない身長は、女性にしては長身だろう。二つの胸は大きく張り出し、逆に腰はきゅっと括れている。豊かな腰から足にかけてのラインは、男なら誰もが目を奪われるほどに艶めかしい。

 頭部には短くなってはいるものの、見慣れた形の角がある。レイジはその角から、目の前の全裸の女性が誰なのかを何となく悟った。

 思わずじっとその女性を見入るレイジ。そんな彼に、女性はうっふんと流し目をくれる。

「ま、まさか……マーオ……なのか……?」

「その通りでございますわ」

 全裸の身体を恥じるどころか誇示するかのように見せつけながら、マーオ(女版)は何とも色っぽい笑みを浮かべた。




「私の種族は魔人族……それも変幻魔人(ドッペルゲンガー)ですの」

「ど、ドッペルゲンガー……?」

「はい、アニキ様。変幻魔人はその身体を自在に変化させられます。こうして女になれば、アニキ様の御子を生むことだってできましてよ?」

 と、妖艶に微笑む全裸のマーオ。

 思わず呆然とマーオに見入るレイジとサイファ。そして、チャイカは「これは思わぬ伏兵が……」とかぶつぶつと呟いている。

「何でしたら……このような趣向はいかがでしょう?」

 そう言ったマーオの身体が、変化を始める。

 そしてその変化が終わった時、そこには妖艶な美女ではなく、浅い褐色の肌と宵闇の髪を持った少女の姿があった。

 もちろん、全裸で。

「さ……サイ……ファ……?」

 レイジは目の前の全裸のサイファと、自分の隣に立つサイファを何度も見比べる。

「うふふふ。こんな趣向もおもしろくはないですか、アニキ様? ちなみに、身体の作りは本物と全く同じでしてよ?」

 控え目な胸を持ち上げるようにして、サイファの姿となったマーオが誘うようにポーズを変える。

「ひぃぃぃややぁぁぁぁぁぁっ!! な、なんてことするんですかぁぁぁぁぁっ!?」

 突然素っ頓狂な声を張り上げたのは、顔を真っ赤にした本物のサイファだ。彼女にしてみれば、自分の裸をレイジに見せているのと変わらないので、その恥ずかしさは口で説明できるようなものではない。

「は、早く服を着てくださいぃぃぃぃぃぃっ!!」

「あら、アニキ様はお気に召しているようよ?」

 ちらりとマーオがレイジを見る。サイファも釣られてそちらを見れば、食い入るようにサイファの裸体を見入るレイジの姿があった。

「うふふふ。あんなにじっと見て……ちょっと妬けますわねぇ」

「焼けても燃えてもいいですから、ふ、服を着てくださいっ!!」

 サイファの姿で全裸のままひらひらと逃げるマーオと、その後を真っ赤な顔で追いかけるサイファ。

 当然ながら、逃げるマーオの身体は全てレイジの目に晒されているわけであり、レイジはそれから目が離せない。

「れ、レイジさんもそんなにじっと見ちゃだめぇぇぇぇぇぇぇっ!!」

 夜の森の中、少女の羞恥に満ちた声が響き渡った。




 そんなやりとりを繰り広げる一行のすぐ傍では、一頭の銀色の狼が地面に臥せって気持ち良さそうに寝入っていた。


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