オペレーション・メテオ
ガールガンド要塞の前方の広がる、ガールガンド平原。そのガールガンド平原に展開した、十万の魔族軍。
そしてその魔族軍を率いる魔王は、目の前に立つ一人の青年と、その横に浮かぶ透き通った身体を持つ女性を凝視していた。
「……言われた通り、要塞から全ての人員を退去させた。今、あの要塞は完全にカラだ」
「お手数をおかけして、申し訳ありませんねー」
「なに、ガールガンド要塞を僅かな時間で破壊できるって言うのが本当なら、人員を避難させないと危険だからな。その代り……」
魔王の瞳が鋭く光を放ち、レイジとチャイカを見据える。
「もしもおまえらの言葉が嘘であれば、その時は俺の部下になってもらう。なに、おまえらの実力に見合った階級をくれてやる。だから、我ら魔族のために忠誠を尽くせよ?」
にやり、と凄味のある笑みを浮かべる魔王。
だが、レイジとチャイカは特に気にしたふうもない。
パジャドクやラカーム、サイファたちは平原の端で待機しているため、彼らのやり取りを知る由もないだろう。
「では、いきますか、レイジ様?」
「ああ。さっさと片付けて、サイファやパジャドクさんたちを安心させてやらないとな」
レイジはちらりと背後を振り返る。
おそらく、今頃サイファは自分のことを心配しているだろう。パジャドクだって、きっと状況がどう動くかでいらいらしているに違いない。
レイジは一刻も早く仲間たち──既にパジャドクたちは仲間と呼んでも差し支えないとレイジは思っている──の元へ戻るため、傍らのチャイカにGoサインを出す。
「やってくれ」
「了解ですー。では、『オペレーション・メテオ』、スタートっ!!」
チャイカが、その透き通った腕を高々と振り上げた。
最初にそれに気づいたのは、魔王の傍らに控えていた白極元帥だった。
彼は視界の端に何か輝くものがあることに気づく。
「……星?」
思わず、空を振り仰ぐ白極元帥。
今は真っ昼間だ。こんな時間に星が見えるはずがない。
そう思いつつ目を凝らせば、確かにそれはそこにあった。
赤く輝く大きな星。その星が徐々に大きくなってくるように彼には思えた。
「ま、まさか…………ほ、星が……星が落ちてくる……のか……?」
蒼穹に赤く輝く巨大な星。
この時、既に彼以外にも、その星の存在に気づく者が現われ始めた。
その中には、黒極元帥や魔王も含まれる。
「ほ、星が落ちる……? そ、それはまさか……神話に登場する……で、伝説の魔法……」
「……りゅ、流星…………召喚……」
魔族軍十万が見つめる中、天空より飛来した赤い星は、真っ直ぐにガールガンド要塞目がけて落下していく。
天空より飛来した赤い星。
その正体は、大気圏突入用の耐熱カプセルだ。
ガールガンド要塞の上空の一定の高度まで降下した時、カプセルはその腹の中に抱えていたものを解放した。
カプセルから蒼穹に解き放たれたもの。それは対地攻撃ミサイルである。
ミサイルの数は六。カプセルから離脱したミサイルは、すぐにブースターに点火、事前にターゲットとしてロックされているガールガンド要塞へと遮るものの何もない空を突き進む。
六本のミサイルは、まさに天から落ちる流星となって標的であるガールガンド要塞に激突した。
閃光。爆発。そして、轟音。
それらと共に目の前で崩れ落ちるガールガンド要塞を、魔王を始めとした魔族軍十万は呆然と見つめていた。
魔族軍は静まり返っている。誰一人として、一言も言葉を発しようとしない。
それほど、ガールガンド要塞が一瞬で崩れ落ちる光景が衝撃的だったのだろう。
「さて、これで納得していただけましたか?」
そんな彼らに、笑顔を浮かべたチャイカが語りかける。
「ちなみに、要塞を破壊したあの赤い光ですが、数はまだまだたくさんありますよ? あれを魔族軍の頭上に落とせば……どうなると思いますー?」
ちなみに、実際に魔族軍の頭上にミサイルの雨を降らせば、当然ながら近くにいるレイジも無事では済まない。
しかし、目の前の衝撃に我を忘れている魔王以下魔族軍は、誰もそこまで気が回らない。チャイカはそれを理解して敢えてそこには触れないでおいた。
そしてチャイカの言葉を聞いた魔族たちは、あの流星が自分たちの頭上に落ちる光景を想像して震え上がる。
難攻不落のガールガンド要塞でさえ、一瞬で破壊した流星群。そんなものが自分たちの頭上に落ちれば、例え十万の魔族軍でもあっと言う間に全滅するだろう。
からん、と兵士の一人が手にしていた武器を地面に落とした。
それは思わず手から武器を取り落としただけだったが、その兵士の近くにいた同僚たちは、彼に続いて次々に武器を放り出す。
からん、がらんという音はどんどん続き、やがて兵士たちは先を争うように武器を手放していく。
武器の放棄は戦意の放棄。すなわち、十万の魔族軍の士気は、この時ぽっきりと折れたのだ。
天空より流星を召喚した、たった一人の青年が原因で。
「参りましたっ!!」
今、レイジの眼前で、魔王率いる十万の魔族軍が一斉に土下座していた。
全裸で。
武器を手放し戦意がないことを示した魔族軍たちは、次いで着ている鎧を脱ぎ捨て、その下に着ていた鎧下や下着までをも脱ぎ去ったのだ。
そして、全裸になった彼らは一斉にレイジに向かって土下座した、という訳である。
「どうして全裸土下座……?」
「それはですな、ランド殿。魔族において全裸で土下座するということは、最大級の謝意の表れなのです。また、全面降伏という意味合いもあります」
顔を真っ赤にして視線を彷徨わせるレイジに、そう説明してくれたのはパジャドクである。
轟音と共に崩れ去ったガールガンド要塞。その光景を、パジャドクたちも遠目ながら見ていた。
そしてレイジのことを心配した彼らは、慌ててこの場に駆けつけ、そして目にしたのだ。
十万の魔族軍が、たった一人の青年に一斉に全裸土下座している光景を。
十万の魔族軍の先頭で深々と土下座しているのは、魔王その人と二人の元帥。当然、彼らも全裸である。
「恐れ入りました。まさか勇者様が伝説の神話級魔法、《流星召喚》の使い手だったとは……神から遣わされたという噂は本当だったのですな!」
魔王は伏せていた顔を挙げると、盛大な愛想笑いを浮かべた。
「いや、あれは魔法じゃなくて、単なる高々度からのミサイル爆撃……」
「いいじゃないですか、レイジ様。大気圏外からのミサイル攻撃って説明しても、きっと理解されません。それならいっそ、神話級の魔法ってことにしておいた方が、魔族の方にも理解しやすいと思います。それに何より、神話級魔法の使い手って格好いいじゃないですかー」
「…………いいのか、それで……」
片手で顔を覆いながら、レイジは彷徨わせていた視線をちらりと魔族たちの方へと向ける。
すると、偶然にもその先に一人の女性兵士がいた。
どうやらその女性兵士はサキュバスか何かのようで、その豊満な肢体をレイジに見せつけるようにくねらせ、誇示している。
レイジは目のやり場に困り、急いで再び視線を移動させる。と、今度は獣人らしき女性兵士が目に入った。
その女性兵士は牛か何かの獣人らしく、たわわな乳房が六つ、ほどぽよんぽよんと揺れていて別の意味でレイジは目のやり場に困ってしまう。
「と、とにかく、これで俺が魔族に敵対するつもりはないって、信じてもらえましたか?」
「はい、それはもう!」
「勇者様がその気であれば、我々の全滅は必至。それを痛感いたしました!」
二人の元帥が頭を下げたまま、自分たちの敗北を認めた。
「魔王の名に賭けて、勇者様を我々魔族の賓客として迎え入れることを、ここにお約束致しますです。いや──」
ふと何かに思い至ったのか、魔王は急に言葉を途切れさせた。
「既に『魔王』の位は勇者様のものですので……どうか、ご自由にこの国を統治してください」
「え? お、俺が魔王……?」
きょとんとした顔で、自分自身を指差すレイジ。
そして、そんなレイジに向かって、魔王──いや元魔王と二極元帥、そしてパジャドクやリーンまでもが、改めて深々と頭を下げ、恭順の意を示した。
「お、俺が魔王って……どういうことだ?」
「え、えっと……私にもよく判りません……」
状況を理解できていないレイジとサイファは、ぽかんとした表情で顔を見合わせたのだった。




