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蠢き出す魔族



 広い広い、空間。

 高い天上を支える幾つもの柱には、全て細かく美しい彫刻が施されている。

 窓のないその空間は、本来ならば一日中暗い。だが、魔術による灯りが幾つも灯されており、闇は全く存在を許されない。

 その空間に、幾人もの人物たちが集まっていた。

「……なに? パジャドクが生きていただと?」

「はい、《(はく)(ぎょく)元帥》様。人間領に潜り込ませておいた私の『目』が、人間領から魔族領へと移動する《灼熱》のパジャドクの部隊を発見いたしましてございます」

 白い軍服を着た人物にそう報告したのは、枯れ枝のように痩せ細った老人だった。

 はげ上がった頭頂部を取り囲むように、白く長い髪が背中の中ほどまで伸びている。

 髪と同じ色の髭は複雑に編み込まれ、老人がこれまで歩んできた歳月までをも寄り合わせたかのよう。

 たくさんの皺が刻まれた顔は意外と整っており、若い頃は間違いなく美形であったことを思わせる。

 そして、長くて尖った耳。いくつもの耳飾りで装飾されたその耳は、間違いなくエルフ族のもの。

 エルフ族と言えば、魔族の中でも長命種として有名だ。

 そのエルフ族の老人。一体、その老人の年齢はいくらほどであろうか。

「くくく。先の戦で行方不明となり、てっきり死んだとばかり思っていたが……あやつめ、なかなかしぶといな」

 白い軍服の《白極元帥》と呼ばれた人物は、畏まるエルフの老人尾前で実に楽しそうにそう零す。

「それで《(てん)(がん)》。《灼熱》と……パジャドクとは接触したのか?」

「いえ、それが……」

 《白極元帥》の隣にいた、黒い軍服の人物が《天眼》と呼ばれた老人に問う。

 その人物の問いかけに、《天眼》は僅かに言い惑う様子を見せた。

「……パジャドクが率いる部隊の中に人間が一人、紛れ込んでおりまする。その人間の詳細が判明せず、敢えて接触を避けましてございます、《(こく)(ぎょく)元帥》様」

 黒い軍服の人物──《黒極元帥》は、《天眼》の言葉にその整った眉を僅かに寄せた。

「人間だと? 《灼熱》が捕えた捕虜じゃねえのか?」

「いえ、それがどうも捕虜とは思えない扱いでありまして。我が『目』を通して観察いたしましたところ、特に戒めを受けるでもなく、部隊のゴブリンやコボルトたちとも親しげに接しており、当のパジャドク自身もその人間には一歩引いた態度で接しておりました」

「ふぅむ、あの《灼熱》がねぇ。あいつぁ、ちょっと脳筋ぎみだが、魔族に対する……いや、魔王様に対するその忠誠は本物だ。その《灼熱》が単なる人間に理由もなく靡くとは思えねぇ。その人間……一体何者だ?」

 そう発したのは《黒極元帥》だが、その思いはこの場に集っている人物たち共通の思いだった。

 武を重んじ、忠誠篤き者。それが八魔将の一人、《灼熱》のパジャドクなのである。

 そのパジャドクが一歩引いた態度で接するという人間。そんな人間に心当たりのある者は、この場には一人もいなかった。

 この空間に居合わせた者たちは、手近な者どうしでざわざわと言葉を交わす。

 と、そんなざわついた空間に、凛とした女性の声が響く。

「《白極元帥》様、そして、《黒極元帥》様。その人間の見定め、どうかこの《(らい)(ろう)》にお任せいただけませんでしょうか?」

 そう申し出たのは、鮮やかな青に染められた革鎧を着た女性だった。

 鎧と言っても胸や肩、腰や手足といった部分的なものでしかなく、それ以外の箇所は鎧どころか服さえ存在せず、形の良い臍などは丸見えだ。

 更には、その女性の頭部からは犬科の動物を思わせるような耳が飛び出し、尻の上辺りからはふさふさとした長い尻尾も覗いている。

 獣人。そう呼ばれる種族が、魔族の中には存在する。

 この女性は間違いなく、その獣人に属する者なのだろう。

 片膝をつき、黒白と色こそ違えど同じ拵えの軍服を着た二人に、《雷狼》と名乗った獣人の女性は願い出た。

「……よかろう」

 そして、《雷狼》の申し出に、諾と答える声がした。

 しかし、彼女の申し出に許可を与えたのは、白と黒の二人の元帥ではない。

 この広い空間の最奥。そこに据えられた、豪華な玉座。

 その玉座に腰を下ろした人物こそが、《雷狼》の申し出に許可を与えたのだ。

「魔族軍八魔将の一、《雷狼》のラカームよ。ただちに《灼熱》のパジャドクと接触し、奴と同行している人間の素性を探れ。そして、その人間が我ら魔族に仇なす者であれば────」

 玉座に腰を下ろした人物が、鋭い視線で《雷狼》のラカームを見つめ、そして言葉を続ける。

「────即刻殺せ」

「御意にございます、魔王様」

 玉座の人物──魔王以外の全ての者が、その場に跪くと魔王に対して深々と頭を下げた。




 ぶん、と空気を引き裂いて振り下ろされる大剣。

 大剣が狙うのは、一人の青年。緑と黄緑と茶色をてんでばらばらに配色した外套を着た、金色の髪の青年だ。

 青年は自分目がけて振り下ろされる大剣を、手にした槍で受け止め、そのまま勢いを横に流すようにして往なす。

 いとも簡単に自分が振り下ろした大剣を、往なされるとは思ってもいなかった大剣の担い手は、体勢を崩して数歩たたらを踏む。

 その好きに大剣の担い手の懐に飛び込む青年。青年は手にしていた槍を放り捨てると、握り締めた拳を、腰の位置から一気に担い手の腹目がけて解き放った。

 どごん、という鈍い音と共に、担い手が悶絶しながら膝をつく。

「ご……おぉ……」

 鳩尾を強打されたため、胃液を吐き出しながら苦しそうに呻くのは、魔族軍八魔将の一人、《灼熱》のパジャドクだ。

 そして、そのパジャドクに一撃入れたのは、もちろん《勇者ランド》ことレイジである。

 二人は今、互いに武器を用いた鍛錬の真っ最中だった。

 パジャドクの本来の得物であるモールは、レイジとの対決の際に破壊されたままなので、旅立ちの際にバーラン兵長より人間用の大剣を一振り、餞別代りに貰い受けていた。

 人間にとっては両手で扱う大剣だが、巨漢であるオーガーのパジャドクにはちょっと大きめの片手剣でしかない。

 そのため、本来の得物に比べるとやや威力に不満があるようだが、他に代りになる武器もないため、パジャドクはこの大剣を当座の得物としていた。

「……大丈夫か、パジャドクさん?」

 苦しそうに踞るパジャドクの背中を、レイジが心配そうにさすってやる。

「な、何のこれしき……この程度の苦痛、せ、戦場での負傷に比べれば……うぶばぁ……」

 盛大に胃液をリバースさせながら、ごほごほと咳き込むパジャドク。

「ごめんな、パジャドクさん……ちょっとやりすぎたよ……」

「い……いやいや……ら、ランド殿が謝るようなことではござらんよ……こ、これは鍛錬ゆえ、このようなことも覚悟のうえでござる……」

「……なんか、言葉遣いがおかしくなっているけど……本当に大丈夫か?」

 踞るパジャドクと、その傍らに座り込むレイジ。

 そんな二人を、部隊のゴブリンやコボルトたちが楽しそうに眺めていた。




「……しかし、ランド殿の力は凄まじいですな。前回の戦いの時も思いましたが、オーガーであるこの私と対等とは、とても人間とは思えませんぞ」

 ある程度打撃から回復したらしいパジャドクが、先程自分が受けた彼の拳を思い出しながら言う。

「一見しただけでは細く見えるその身体で、あれだけの力を発揮できるとは……ランド殿は余程濃密な鍛錬を積み上げたのでしょうな」

 真っ直ぐに自分を称賛してくれるパジャドクに、レイジはちょっと申し訳なさそうな顔をする。

「いや……俺のは鍛錬の積み上げではなく、単なるチートなんだよ」

「ちーと? はて、聞き慣れぬ言葉ですが……それはいかなる意味で?」

「『チート』ってのはさ、『インチキ』って意味なんだ」

「インチキ……ですか?」

 もちろん、パジャドクとて「インチキ」の意味は分かる。

 だが、いかなる「インチキ」をすればあれ程の膂力をその身に宿すことができるのか、そこが判らずにパジャドクは首を捻る。

「ま、俺は単なるチート(インチキ)野郎で、長い歳月をかけて真面目に鍛錬したパジャドクさんの足元にも及ばない素人ってことさ」

「いやいや、ランド殿が素人などありえないでしょうっ!? 確かに最強と名乗るほどではありませんが、それでもこの私と互角に戦えるのですから────」

「だから、それも含めて俺はチート野郎なんだって」

 パジャドクの言葉を途中で遮ったレイジは、自嘲めいた笑みを浮かべてそう呟いた。




 風に乗って聞こえてくる楽しそうな声に、サイファは思わず頬を緩ませた。

 しかし。

「集中が乱れています。もっと深く集中しなさい」

「は……はい、済みません、リーンさんっ!!」

 エルフの治癒魔術師であるリーンに注意され、サイファは再び己の中へと意識を埋没させていく。

(ダーク)エルフの血を引くあなたは、人間より遥かに()()との親和性が高い。今からでも魔術を学ぶのも決して遅くはありません。そして魔術を駆使できれば、あなたがランド様の助けとなることも可能でしょう」

 リーンの言葉を聞きながら、サイファはゆっくりと自分自身へと潜り込んでいく。

 魔術の基本中の基本。それは自分自身が宿す魔素を正確に把握することだ、とリーンは語った。

 この世界の生物は、原則的にその身体に魔素を有している。種族によって宿す魔素には差があり、同じ種族の中でも個人によっても差が出る。

 例えば、人間よりも魔族の方が魔素量は高く、魔族の中でもエルフは特に魔素量が高い種族の一つである。

 そのエルフの亜種である闇エルフの血を引くサイファは、当然ながら人間よりも遥かに高い親和性と魔素量を持っていた。

 レイジと一緒に旅をすることになったサイファは、自分が彼のために何ができないかと考え、そしてそのことをリーンに相談したのだ。

 サイファが相談相手にリーンを選んだのは、一行の中で唯一の同性であることと、エルフという種族に親近感を持っていたからである。

 ちなみに、同性と言えばチャイカもそうだが、サイファの認識では彼女は精霊であり、精霊であるチャイカには相談しづらかったのと、チャイカに相談したらそのままレイジにも筒抜けになりそうで、そのことが何となく恥ずかしかったのだ。

「ならば、魔術を覚えるのはどうでしょう? 魔術を覚えれば、勇者様の手助けもきっとできるのでは?」

 というのが、相談を受けたリーンの答えであり、それ以来サイファはこうしてリーンに師事して魔術を学んでいる。

「…………自分の中にある魔素が感じられますか?」

 自分の中の魔素を感じ取る方法は人によって様々らしいが、サイファが最も理解しやすかったのが、網のようなものを自分の中に広げるイメージだった。

 そのイメージを構築して以来、サイファはいつも己の中に感覚の網を伸ばすことにしている。

 ゆっくり、ゆっくり。サイファは自分の中に網を広げていく。

 すると、その網の端っこに何かが引っかかるような感触があった。

 リーンに師事してから今日まで、そのような感触を感じたことはない。初めての感覚に、サイファの中で歓喜が湧き上がる。

「…………今何か、確かに何かを感じました。もしかして、これが魔素なんですか?」

「自身の内側にある魔素をどのように感じるか。それもまた人それぞれです。私の場合は流れる水のように感じられますが、光のように感じたり、大きな岩のように感じる者もいます。サイファさん。あなたが今感じたのは、具体的に何ですか? あなたが感じたものにもっと意識を集中させてください」

 リーンに言われて、サイファは目を閉じて再度意識を集中させる。

 自分自身の中は、まるで真っ暗な洞窟のようだ。その中を、ゆっくりとサイファの意識は進んでいく。

 と、前方に何か変化が感じられた。

 その変化を確かめようとすると、暗闇の中で何かがぼんやりと湧き上がり、やがて一つのものを形作る。

「…………見えました……」

 ゆっくりと目を開き、呟くようにサイファが告げた。

「そうですか。それで何が見えました?」

 にっこりと微笑むリーンに、サイファもお返しとばかりに笑顔を向ける。

 そして、自分が見たものを正直に口にした。

「レイジさんです。レイジさんが見えました」

「……………………………………………………え?」

 端整な顔の上に間抜けな表情を浮かべ、リーンは思わず呟いた。


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