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魔族の処遇

 人々を救うために、神が遣わした勇者ランド。

 その勇者が、厳しい表情を浮かべて神の宝剣を村人へと向けている。

 その事実に、村人かちから急速に狂気と熱が奪われていった。

「……ゆ、勇者ランド様……ど、どうして我々に神の宝剣を向けられるのですか……? あ、あなた様は我らを救うために神に遣わされた勇者様では……?」

 困惑しつつ、それでも愛想笑いを浮かべながらそう言ったのは、村長のバランだった。

「村長さん。あんたらは一体、何をするつもりなんだ?」

 吹雪のような冷気を含んだ、とても冷たい声。

 神の使いである勇者からそんな声が聞こえただけで、所詮はただの村人でしかない村長は震え上がった。

「な、何をとおっしゃられましても……も、もちろん魔族を生かしておくわけにはいきません……しょ、処刑するのが当然でしょう……」

 この状況においても、尚も愛想笑いを浮かべることができるのは称賛してもいいだろう。

 レイジは心の片隅でそんなことを考えながら、ゆっくりと首を横に振った。

「それは認めない。俺はあいつらと約束したからな。降伏すれば、絶対に虐殺は行わないと」

「ゆ、勇者ランド様……? な、何をおっしゃっておられるのです? まさか、勇者様は魔族を助けるとおっしゃるのですか?」

「そうだよ」

 平然と魔族を助けると言い切る勇者に、村長の背後の村人たちがざわつき始める。

「そもそも、俺が一人で魔族と戦い、それに勝ったら魔族の処遇は俺に一任するって約束でもあったよな。そうだな、バーランさん?」

「お、おう。確かに兄ちゃん……じゃねえ、勇者様とそんな約束もしたっけな」

 名前を呼ばれて、ちょっとバツが悪そうにバーラン兵長がレイジと村長の元へとやって来た。

「ば、バーラン兵長っ!? 村長である儂の知らないところで、そんな勝手な約束をしたのかっ!?」

「いやー、だってよ? その兄……勇者様が一人で魔族と戦うなんて言うもんだからよ? 普通、一人で三十体以上いる魔族に勝てるなんて思わないだろ? ま、そこを勝っちまったんだから、さすがは勇者様ってところだな! いやー、お見逸れしました」

 がははははと笑いながら、バーランはレイジに向かって頭を下げた。

「まさか、本物の勇者様だったとは……失礼なことばかり言って、本当に申し訳ありませんでした」

 これで許してもらえませんかね? と、頭を下げたままちらりとこちらを見てくるバーラン兵長に、レイジはちょっとだけ厳しいその表情を緩めた。




 レイジはバーランの謝罪を受け入れることにした。ただし、条件付きで。

 レイジがバーランに示したその条件とは、魔族の手当てを手伝うことだ。

 バーランとしてはその条件を受け入れるしかなく、彼は自分の部下も巻き込んで、魔族の手当てを行うことを承知した。

 バラン村長やグルーガ司祭といった村の代表者たちも結局レイジの言葉を受け入れたので、村人たちは納得はしないだろうが従うしかない。

 そもそも、レイジをすっかりと勇者として認めてしまった村人たちでは、彼の言葉に逆らうことはできないだろう。

「……どうして、俺たちがゴブリンに手当てなんかしなくちゃいけないんだ?」

「仕方ないだろう。勇者様がやれとおっしゃったんだ」

「魔族に手当てをしろと命じる勇者様なんて、聞いたこともねえぞ……」

 兵士のガッドとランガが、ぶつぶつと文句を言いながらもレイジに狙撃されたゴブリンやコボルトに手当てを施していく。

 レイジが打ち上げた照明弾はとっくに燃え尽きているので、レイジが持ち込んだ数個の充電式の照明器具の元、今は簡単な手当てだけを施している。

 夜が明けて明るくなったら、必要があれば改めて局所麻酔などを用いて弾丸の摘出といった、本格的な治療も行う予定だ。

 衛生状態のよくない場所で外科手術めいたことをすることに抵抗がなくはないが、さすがに無菌状態に近い空間を作り出すことは不可能なので、こればかりは諦めるしかない。

 そしてレイジも最初こそは率先して魔族の手当てを行っていたが、今は別のことにすっかり夢中だった。

「おおおおっ!? 本物の生きた犬だよ! 映像じゃない実物の犬なんて、初めて見たし初めて触ったよ! 俺、いつか本物の犬や猫に触れるのが夢だったんだよなー」

 魔族が使役していた狼を見つけて、その頭を撫でたり身体をさわったりと大はしゃぎだ。

 狼の方も近くに自分を使役する魔族がいるからか、レイジの好きにさせていた。もしかすると、レイジに撫でられるのが気持ちいいのかも知れない。

「勇者様よ、そいつぁ犬じゃなくて狼だぜ?」

「細かいことはいいのさ。似たようなものだろ?」

 子供のようにはしゃぐレイジに、傍にいたバーランは呆れたように肩を竦めた。

 にこにことした笑顔で狼の頭を撫でまくるレイジの元に、ようやく動けるようになったのか、パジャドクがやってきた。

「……本当に我ら魔族に人間が手当てを施すとは……」

 パジャドクは手当てを受けている部下たちを見回しながら呟く。

 ちなみに、パジャドクの今の言葉は人間たちの言葉──一般的に交易語と呼ばれる言語である。

 魔族も幹部ともなれば、人間の言葉を操れるようだ。

「……確か、勇者ランド殿と言ったな? 敗北した我らの命を助けてくれたこと、そして部下たちに治療を施してくれたこと、改めて礼を言う」

 それまで笑顔で狼の頭を撫でていたレイジが、ぶすっとした表情でパジャドクを見た。

「俺は勇者でもなければ、ランドなんて名前でもない。俺の名前はレイジ。レイジ・ローランドだ」

 しかし、パジャドクは不思議そうな顔で首を傾げるばかり。

「だから、貴公は勇者ランド殿なのだろう? 我ら魔族とて、敵である人間のことは調べている。また、過去に捕虜とした人間から、その知識も得ている。『レィジィロゥ・ランド』……それは古き神の言葉……古神語で『神の使徒のランド』、即ち『勇者ランド』という意味であろう?」

 パジャドクのその説明を聞いた途端、レイジは叫び声を上げた。

「チャイカああああああっ!! 俺の補助脳には、その古神語とやらのデータはインストールされていないぞっ!? どういうことなんだっ!?」

「あははー。各種族の日常会話に用いられている言語の情報は収拾してデータ化しましたが、さすがに日常的に使われていない古神語までは、いくらわたくしでもデータ化できませんー」

 突然投影されたチャイカの姿にパジャドクが目を丸くするが、レイジはそれどころではなかった。

「そんなことよりも、レイジ様。魔族の方々に治療を施すとなると、手持ちの医薬品だけでは足りませんよ」

 それは、チャイカによる明白な話題の転換だった。

 レイジにもそれは理解できたが、古神語とやらがデータ化できなかったのはチャイカの責任とは言い難いので、敢えてその話題転換に誘導されることにする。

「あ……ああ、そうだな。医薬品の追加を大至急下ろしてくれ。ついでに、魔族の分の食糧と、補充の弾薬もな」

「承知しました。降下ポイントはどちらに?」

「俺が使った降下ポッドの近くでいいだろう。下ろしたら詳細な座標を教えてくれ。後で取りに行くよ」

「では、今夜中に下ろしておきますねー。あ、そうそう、バーラン兵長さん?」

「え? 俺ですかい、精霊様?」

「はい。バーラン兵長さんにお願いがあるのですが、聞いてもらえます?」




 魔族の負傷者に一通りの処置を施し終えたのは、完全に真夜中過ぎ──地球の習慣で言えば、日付が変わってからだった。

 さすがに魔族を村に入れることは村長以下村人たちが了承しなかったため、魔族たちは村の外の空地で野営するに留まっている。

 元々魔族は原野を住み処とすることも多いので、野営してもそれほど問題にはならないらしい。

 一応、兵士たちが交替で魔族の見張りをしていた。

 村のすぐ傍に魔族がたくさんいるとなると、村人たちも安心して眠れないだろう。見張りを立てれば、少しは彼らも安心できるに違いない。

 そして、すっかり勇者として認められてしまったレイジはと言えば、村長の屋敷へと招かれていた。

 時間ももう遅いので、本日はこのまま就寝し、明日は勇者降臨と魔族撃退を兼ねた宴席を設けるとバモン村長はレイジに告げていた。

 もちろん、レイジは何度も自分が勇者ではないと主張したのだが、バモン村長もグルーガ司祭も、そして全ての村人も全く聞き入れない。

 結局、村人たちに言い聞かせることは無理だと悟ったレイジは、もう彼らの好きにさせることにした。

 どうせ、この村に長居するつもりはないのだ。自分がいなくなれば、勇者だなんだと村人たちが言い張っても、この村の住人以外は誰も本気にしないだろう。

 幸い、この村はかなり辺境にあるようなので、仮に自分のことが噂になったとしても、その噂が他に届くには時間がかかるし、噂の内容も大幅に変質しているに違いない。

 と、レイジは与えられた客室のベッドに寝転びながら、気楽にそう考えていた。

「……そういや、サイファはどうしているかな? 村長さんは、明日になったら会わせるとか言っていたけど……」

 サイファも今はこの屋敷のどこかにいるのだろうか。いっそのこと、彼女のことを探しに行こうかとレイジがベッドから身体を起こした時。

 不意に、部屋の扉がノックされた。

「もしかして、サイファかな?」

 若い女性が若い男性の部屋を訪ねるような時間ではないが、これまで「他人」との交流が全くなかったレイジには、その辺りの感覚が今一つ希薄だ。

「勇者様……まだ起きておられますか?」

 だが、扉の向こうから聞こえてきたのは、村長のバモンの声だった。

 村長さんが何の用だろう?

 首を傾げつつレイジが扉を開けると、そこにはやはりバモンがいた。

 だが、バモンは一人ではなかった。その背後に、レイジが見たこともない一人の少女を伴っていたのだ。


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