19 空腹と用足し
改めて見渡してみると、部屋の角に簡易的なトイレとその隣にはベッドがあった。
そしてそのベッドの脚へと二人の足についた鎖は続いていて、自由に部屋の中を歩ける長さがあるようだ。
扉の前に見張りはいない。
明かりとりの炎が常に灯っていることから、ここは地下で、地上の入り口に人がいるのだろうとはクリスの予測だった。
あれからわたくしとクリスはベッドを背にして隣同士に座り、お互いに何があったかを話し合っていた。
「じゃあ、囮としてあの女子へ接近を?」
「ああ。一番挙動がおかしかったから何かあるかもしれないと思って。けどあの子自身が何かするとは思ってなかったんだ、普通の子だったしな。……油断して恥ずかしいな俺」
二人肩が触れ合う距離で、クリスは苦笑した。
「怪我はない?」
「ああ。この通り。眠り薬のような物を嗅がされただけだったみたいだ」
「それならよかった」
怪我がないと知ってわたくしはほっとした。
いつ医療にかかれるかわからないこの状況だから、ないに越したことはない。
横並びに座っているのを良いことに、クリスの肩へと頭を傾けた。
「…メルティ?」
「ほんとうに心配したのよ。お父様たちと何かしてらしてなのは知ってたから……クリスのお仕事は、表のものはともかく裏のものは危ないのでしょう? 覚悟を、したかったのだけれど、ダメだわ……だって知らないのよあなたが何をしているか。わからないのが一番怖くて……だから。生きてて、よかった」
泣きたくなって、けれどグッと我慢する。
「俺もさすがにもうダメかと思った……本当にごめん」
「話せることは、話してね。無理なことまで話せとは思ってないわ」
「わかった、次はきちんと話す」
彼が自身の頭をわたくしの方へ傾ける。
「そもそもがバルバザードの皇子が留学してくるってのが発端だったんだ」
「そうなの?」
「ああ」
わたくしは傾けた頭を戻してクリスの方を見た。
彼も頭をもたげて正面を見ながら話す。
「バルバザードはどうも、新興宗教『深淵の光』とやらが国家転覆を目論んで内乱寸前になったらしい――という話だったけど実際はほぼ内乱状態だったみたいだ。国側が勝ったは良いが残党が散り散りに逃げたようで、うちの国にも皇子がやってきた頃合いにどさくさで難民の中に潜り込んで入ってきたみたいだな」
「そういえば……ここのところあちらの国からの転入が、学院でも増えてましたわね」
クリスは一度ため息をつくと、また話しだした。
「そう、そしてその生徒の一人が深淵の光メンバーだった」
「えっ」
「メメットが調べていたのはその生徒だ。噂を聞いて心配になったらしい、メルティの存在を煙たく思ってたようだから危害を加えられるかもしれない、と」
「心配されてたけれど、そこまで深刻だとは思ってなかったわ……」
「俺も初めはこの国の法を知らぬだけだろうと思ってた。だが違ったんだ」
「違った?」
とそこで、コツコツと靴が鳴る音が遠くから響いてきた。
「しっ……時間切れだな、そろそろ夕ご飯の時間のようだ」
「時間がわかるの?」
「いや、全く。ただ朝夕ご飯が出て、夕どきに寝ておけよって声かけられたから」
「いつからここに?」
「俺もまだ二日目だな。一応衰弱死させたりするつもりはないみたいで、食事は美味しいから安心してくれ」
クリスが言ったと同時に、ドアの下にある隙間から食事が入ってきた。
湯気が出ていて美味しそうだ。
ぐぅ。
ふいにわたくしの腹の虫が鳴いた。
……恥ずかしい。
「……そこのお嬢さんには食べさせてやれ。食べたら寝ろ」
見張りはそれだけ言うとまた足音をさせて遠ざかっていく。
……
今、食べさせてやれ、って言ったかしら?
確かに、今のわたくしは後ろで手を縛られているから何もできない。
そういえば、下着、下ろせるかしら……。
「みっ、見張りさん!! ちょっとお待ちになって、わたくし手が後ろに縛られてて用を足せませんの!!」
恥をしのんでクリスがいようと他の異性だろうと、扉に近づいて大声を出す。
これが解消されなければ、わたくしの心は死んでしまう!!
どうにか届いたのか、踵を返してやってきたらしい見張りは、上に聞いてみると言って去っていった。
……クリスの顔が見れない。
「ふっ、ははははは!!」
「しょ、しょうがないじゃないの!!」
ベッドそばで笑う彼に少し腹が立ってしまって、顔を上げる。
クリスは見事に大笑いだ。
わたくしは少しむくれてしまう。
「笑いたいんじゃなくて、や、笑ってしまってるが……っふっふはっ。……やっぱり、メルティは最高だなって」
「笑った後で言っても説得力がないわっ」
「ごめんごめん」
言いながら彼がわたくしに近づく。
「真剣に聞こえない」
つい、可愛らしくない返事が出た。
彼がそばまできてくれる。
「本当にごめん、けど好きだ」
「もうっ」
ひとしきり笑い転げた後なのに、すっとクリスの瞳に炎が宿った。
「そのしなやかさが、どれほど俺を助けるかメルティはわかってない」
ちゅっとひとつキスが降って、わたくしもわたくしで「まぁ助けているなら良いかしら」と思うことにした。
なぜ助かってるのかは、わからなかったけれど。




