29 出立と未来の目標
「すでに早馬を使いに出したが、仔細伝えるため俺も国に帰ることにした。十分な詫びは追ってバルバザードから知らせが来るだろう。俺達の争いごとに、巻き込んでしまって本当にすまない」
わたくしの方を見ながら、殿下が再度頭を下げた。
「謝るなら、次いらっしゃるときは美味しいものをお土産に。それでよろしいかしら、クリス?」
「そうだな。あとメルティへの贈り物に何か細工の綺麗な、髪飾りを見繕って持ってきてくれ」
「クリス、メルティ……」
「メルティアーラと呼べよ、愛称呼びは俺だけの特権だぞ」
「……嫉妬は見苦しいぞクリス、メルティアーラが魅力的だからと」
にやりとしながらグルマト殿下が言う。
クリスはカチンと来たらしく少し眉間に皺が寄る。
「うるさい」
男子二人が言い合いを始めてしまった。
けれど、雰囲気が少し戻ったようで、安心してまだ少しくすんくすんしているベル様の頭を撫でた。
「仲直り、しましたの?」
「ええ。もとより喧嘩なんてしてませんから」
「わたくしはまだ怒っていてよ、大切なお姉様ですもの」
泣いた目を擦り、頬を少しばかり膨らませたベル様が言う。
「その怒りも自由ですわ。存分に怒って、それから許すか許さないか考えてみてください」
「許さなきゃダメ、かしら」
「グルマト殿下とこれからもお話がしたいなら、ですかしら」
「……もう少ししたら、考えておきますわ」
「それがよろしいかもしれませんね」
クリス達は言い合いから世間話へと、話のタネを切り替えたようだ。
机の上のティーカップを持ち上げながら、わたくしは騒動の収束するだろう空気に、ほっと一息ついて安堵したのだった。
数日後。
「あまり一緒に学院生活を送れなかったけど、お姉様の知らない顔も見れたりして楽しかったですわ。学友の皆さんにも良くしていただいて、感謝しているの」
そう言いながら城へと帰っていった未来の妹は、よほど楽しかったのか、学院生活のことをなにくれと書いた手紙が届いた。
あれからグルマト殿下と仲良くなったらしく、二人してクリスに悪戯を仕掛けたりして遊んだらしい。
準備に色々かかってしまったようだけれど、今日は殿下がバルバザードへと帰る日だ。
見送るため迎えの馬車に乗って登城した。
城門近く。
殿下を見送るためわたくしと王族の方々が集まっていた。
急を要する帰国の為、その数は両手に満たない。
移動の為の列は、わたくしが想像するより遥かに大掛かりだった。
万が一の強襲に備えないといけないのだろう、馬車の台数も護衛も見たことないくらいの数で。
「……やっぱり、遠いのね」
と思わず呟いてしまっていた。
「なんだ、寂しいなら連れてってやるぞ?」
「殿下」
声のした方を向くと、旅装に身を包んだグルマト殿下が立っていた。
一礼し見送る口上を述べようとしたのを手で制される。
「いい。堅苦しい仲じゃないだろう?」
ウィンクのおまけ付きだ。
「あっこらちょっかいかけるな!」
そこへ城の方からクリスが走って近づいてきた。
わたくしの腰に腕をまわすと、油断も隙もないやつめ、とぶつくさ言っている。
「嫉妬もここまでくるとあっぱれだな」
殿下は呆れた表情をしながらも、声が楽しそうだ。
「それにしても……君から番の気配が消えているな」
「え?」
わたくしはその言葉に驚いて、殿下の顔をまじまじと見た。
「いや。言い伝えによると番というのは、マーキングみたいなものであるらしい。選ばれなければ、次に合う相手のところへと飛んでいくそうだ。……心底、こいつに惚れてるんだな」
殿下が眩しそうに目をすがめた、気がしたけれど。
今はもういつもクリスにするような、意地の悪い顔になっている。
「不思議なものだ。もう番の気配がないというのに、君の姿を見つけると駆け寄ってしまいたくなる。これが恋というなら、ままならないものだな……。もしもクリスに愛想が尽きたら我が国に来ると良い、歓迎するよ」
「なっ……! グルマト!!」
「ははは! 冗談だよ怒るなよ。……じゃないかもだけどな」
殿下はそう言うとわたくしの頬をするりと撫で、踵を返すと馬車に乗り込み、その一団は遠ざかっていったのだった。
クリスが怒りながら、わたくしの頬を優しく擦っている。
「メルティは一人でそっちなんて行かないからな! 行くとしたら二人でだ、ふ・た・り・で!!」
クリスがその一団に向かって叫んだ。
伝わったかはわからなかった。
「賑やかな方だったわね」
「あいつはうるさすぎだ、メルティに許可なくベタベタするし」
クリスは余程腹が立ったのか、腰に回された腕がさらにかっちりとし、顎が肩に乗ってくる。
「……メルティ、あのさ」
「なあに? クリス」
彼が言い淀んだ。
わたくしは静かに次の言葉を待つ。
「俺力が欲しい」
「力?」
「そう、メルティを守る力、国を守る力。今回のことで思ったんだ。大事に思ってるけど、口だけにまだまだ近いなって。だからもっともっと実力をつけて守れるようになりたい」
「それは素敵ね」
「家を興すなら守る力のある家にしたい。……たとえば裏からだとしても」
後ろにいるからクリスの表情は窺えない。
けれど、きっとその瞳は今とても力強いんだろう。
「俺と一緒に頑張って?」
わたくしはその声かけに、自分の気持ちをわかってもらえたような気がして。
だから彼の両腕を振り解いて振り向き、大胆にも自分から抱きつき返した。
「……勿論よ!」
「えっ、ちょ、メルティ?!」
彼の驚く声がする。
もうそろそろ風は冷たく、秋の終わる気配だ。
けれどこれまでのどの冬よりも暖かく過ごせそうな、そんな気持ちになったのだった。
お読みいただきありがとうございました!
二章連載中、不定期にも関わらずポイントやブクマ、外部ではありますが感想等いただいたりもし、とても励みになりました。
重ねてにはなりますが、厚く御礼申し上げます。
これにてまたメルティたちのお話はおしまいですが、またどこかのお話でお目に書かれましたらとても嬉しいです。
また忌憚ないご意見ご批評、ご感想や★1〜のご評価お待ちしておりますので、よろしくお願いいたします。




