助け船
結果、怪我一つなく門番を撃破? した。
第四階層に到達し、新たに気持ちを引き締めて次の扉を目指す。
――扉に着きました。
ええもう、あっさり。全く苦戦することなく……どころか、戦闘一つなく森林浴を楽しみながら散歩した記憶しかない。なぜ、こんなことになったのか思い返してみる。
ここは木々が密集している森林エリアで、贄の島の内陸部に似ていて懐かしい気持ちにさせてくれた。
自然を利用した罠が仕掛けられていたのだが、紐や落とし穴を扱うトラップは、お手の物なので見抜くのも楽で、罠を発見するのは容易だった。
それはまあいい。この階層の一番の問題は敵が全部――ゴブリン族だということだ。
ホブやらマジシャンやらヒーラーやらファイター、三階層の門番で見た連中もちらほらいる。多種多様なゴブリンを取り揃えていたが、所詮ゴブリン族。
さっきの門番と同じく相手ではない。というか、相手もしてくれない。
俺の姿を確認すると半狂乱で逃げ出すか、その場に崩れ落ち震える敵を殺す気にもなれなかった。門番のゴブリン軍団を自害させた後味の悪さが残っていたのも大きい。
手出しを一切しないで罠を避けながら最短コースを選択した結果、今に至る。
「土屋……あんた、ゴブリンに何したんだ?」
「あの驚き方は尋常ではありませんよ……」
二人が、門番を倒して四階層に入ってからよそよそしい。
今も、いつもより距離が空いている。
「ゴブリンに嫌われる体質でね。体臭が原因らしい」
軽く冗談めかして言ってみた――二人との距離が広がった。
「冗談だよ。称……いや、隠していたギフトの一つに対ゴブリン用のものがあるんだよ」
称号と口にしようとしたが、やめておいた。遠回しに二人へ訊ねてみたことがあるのだが、異世界で『称号』は存在を知られていない。
ゴブリンデストロイの称号は完全にゴブリン退治専用。
この称号がダークゴブリンにも影響を与えられるのなら、この大陸での戦いがかなり楽になる。
そんなことを考えていると、いつもの魔法陣が現れ、門番らしき二体の魔物が湧きだしてきた。
「どうする。俺がやろうか?」
「土屋さんは下がっていてもらえますか……弱い者いじめしているようで……」
「ああ、こいつらの目に入らないところに隠れていてくれ」
ため息交じりに二人が零す。
隙だらけの姿を二人が晒しているというのに、門番は攻撃をしてこない。
理由はわかりきっている――怯えているからだ。
何故……また出てきたゴブリンジェネラルよ。それも二体に増えて。
他のゴブリンと同じく、俺と目を合わせようとしない。よく見ると、ゴブリンジェネラルたちの肩が上下に揺れている。そこまで嫌われると、心にくるものがあるな。
俺は大人しく木陰に座り込み、二人の戦いを眺めていた。
一人で一体ずつを相手にしていたのだが、ショミミは余裕で完勝。ジョブブは少し苦戦しながらも問題なく倒せた。
ちなみに、第四階層で俺の出番は0である。
五階層に到達は達成した。後はこの階層を突破すれば当初の目的は完了となる。気を引き締めなおさないとな。
ここで気が逸って初歩的なミスを犯してしまっては、今までの苦労が水の泡だ。こういう時こそ、注意と観察を怠らずにいたい。
ざっと見回した感じだと、この階層は床も壁も天井も石のタイルがはめ込まれている。ギリシャの神殿にありそうな柱が何本も等間隔に立っていて、まるで通路のように並んでいる。
巨大な大広間が今いる場所で、部屋の脇に幾つか扉が見える。門番が守っている扉と違い、この扉は人の大きさに合わせたサイズだ。
柱は俺を誘うように奥へと並んでいる。だが、まだ奥に進む気はない。
扉で隔たれている部屋は何かあるというのがゲームの定番だ。罠があるとしても、ここは調べておきたい。
「扉の先を調べてみたい。二人はどう思う?」
「俺は賛成だぜ。迷宮のこういう部屋は宝箱があるってのが相場らしいしな」
そうなのだ。迷宮には宝箱が存在し、金貨や魔法具等が入っていることがある。それも不思議なことに、誰かが宝箱を開けて中身を取ったとしても、一定時間が経つと中身が復活する仕組みになっている。
魔物が補充している説や、迷宮で死んだ冒険者の持ち物が、迷宮中の宝箱の中に転送されるという胡散臭い噂話まである。真相は未だに解明されていないのだが、宝箱が存在し運が良ければかなり高価なアイテムが入っている可能性もある。とのことだ。
「冒険に役立つアイテムが手に入るかも知れません。私も賛成です」
二人も同意してくれた。ならば、男として行くしかあるまい。
ゲームでボスまでのルートがわかっていながら、宝箱は全部回収していた俺としては、やはり、少々危険でも探索したいというのが本音だ。
それに、古代文明のアイテムが見つかり、能力が桁外れな武器や便利な魔法具があるかもしれない。
一説によると、この迷宮は古代人が作り出したものらしく、極まれにレアなアイテムが見つかるとのことだ。少しでも可能性があるなら調べる価値はある。
「扉と周辺に罠が無いか調べるから、二人は扉から離れて魔物が来ないか警戒しておいてくれ」
二人が柱付近まで下がったのを見届けると、俺は扉に――近づかず糸を伸ばした。
普通なら罠の付近まで近づいて、解除をしなければならないのだが、俺にその必要はない。安全な場所から糸を伸ばし、扉前の床やドアノブに糸を這わす。
床をノックしてみたが下に空洞がある感じはしない。ドアノブは握って回すタイプのようで円形をしている。中心部に空洞があり、鍵穴のようになっているようだ。
『糸使い』が10まで上がった恩恵で更に細かい動作が可能となり、指先より器用に操ることができる。『気』も通しているので自分の指で触れているかのような触感もあり、まるで至近距離で見ているかのように、色は無いが脳内に精密な画像が送り込まれてくる。
「どうですか、罠はありそうですか」
「んー、鍵穴の中に出っ張りがあるな。ここを刺激すると扉が開くか、罠が発動するかの二択ってところかな」
遠くから様子を窺っているショミミに状況を説明しておく。
さてどうするか。ここで俺が盗賊で罠解除の技能があるなら実行するのだが……そんなものは持ち合わせていない。
となると、悩むことはないな。
糸に気を通し、先端だけ針金のようにピンと伸ばし強化すると、鍵穴の出っ張りを押し込んだ。
カチリと何かが作動したような音がすると、鍵穴から緑の霧が吹き出してきた。
扉付近が緑に染まる。目の前で解除作業をしていたら、もろに浴びていた事だろう。
「うおっ、変なの吹き出しているぞ」
「多分、毒じゃないか。成分は不明だけど」
「え、えっ、大丈夫なのですか」
「これだけ離れていたら全く影響ないと思うよ。こんなに広い空間だから、直ぐに霧散するんじゃないか」
この方法は『糸使い』と『気』を併用できる自分だから可能な方法だ。盗賊稼業を真面目に営んでいる人が見たら激怒するかもしれないな。
罠の発見、解除というのは盗賊の人が命懸けでおこなうというのが冒険者の常識だ。危険なポジションだからこそ、ハルクロさんのように能力の高い者は重宝されている。
罠を解除する技能が無い俺は、安全地帯から罠を発動させてから進む、邪道とも呼べる方法でやるしかない。
暫く待って、毒の霧が完全に消えたのを確認すると、ノブに糸を巻き付け捻ってみる。
罠が作動することで鍵でもかかるのかと少し不安だったのだが、そんなことはなかったようだ。
開け放たれた扉の先は三畳もない小さな部屋で、部屋の真ん中に蓋つきで木製の箱が置かれている。俗に言う宝箱だと思う。
「おっ、宝箱だ! 何が入ってんだっ」
「ジョブブ、止まれ! 部屋に入るな。宝箱と部屋に罠があるかも知れない。その場で待機だ」
宝箱に駆け寄ろうとしたジョブブを制すと、まずは小さな部屋中を糸で弄る。
天井に穴が無数に開いているな。液体や気体が噴き出してくるか、槍のようなものが飛び出してくるというのが定番か。
次に宝箱を入念に調べる。
鍵穴は無い。箱の縁が金属製だが、他は少し頑丈な板だな。他には……おっ、宝箱底が少し地面に埋まっている。石床に重みでめり込んだとは考え難い。
良くあるパターンだと、宝箱の重みで下のパネルが押されている。中身を取り出すと宝箱が軽くなり、パネルが浮き上がって罠が発動する。という流れか。
その罠は上の穴からの液体か槍のようなモノが降ってくる。もしくは、液体や気体なら扉が自動的に閉じた方が効果的だよな。
「二人ともまた罠が起動するから、そこから動かないように」
念の為に二人に釘を刺しておくと、扉のノブに糸を巻き付けて、閉じないようにその糸を柱に括りつけておいた。
さて、問題は宝箱なのだが、糸を宝箱の下に無理やりこじ入れて、パネルを押さえ続けるという手も考えた。俺の能力ならそれぐらいは可能だ。
だが、ここは手っ取り早い手段でいくことにしよう。
糸を宝箱の側面に巻きつけ、全力で一気に手繰り寄せる!
宝箱が床から離れた瞬間、扉が閉まろうとするが糸のせいでミシミシ音がしているだけだ。室内は上から降ってきた木の杭のようなものが、所狭しと突き刺さり、中にいたら串刺しになっていただろう。
勢いよく滑空している宝箱は、糸を操り予め製作しておいた網にキャッチされている。我ながら強引な方法だと思う。
「おおっ、これが宝箱か。初めて見たぞ」
「うんうん、私も初めて!」
「二人とも落ち着けー。まだ、宝箱に罠があるかも知れないから、近づかないように」
興奮を隠そうともしない二人に注意をして、宝箱の蓋を開ける。言うまでもないが、遠距離から糸で。
部屋にあれだけ罠を施していたので、宝箱には罠を仕掛けてなかったようだ。あっさりと開き、安全を確信したジョブブとショミミが駆け寄って覗き込んでいる。
遅れて俺も中身を確認する為に歩み寄った。
「何だこれ、瓶か?」
「ラベルが貼っていますよ。ええと、解毒薬って書いています」
扉の罠にかかった人への対策か。親切設計のようにも見えるが、あの杭は凶悪すぎるだろ。俺の頑強さなら、あっさりと耐えられたかもしれないが、試す気にはなれない。
瓶が割れてなくて良かった。もう少し、宝箱を慎重に扱うことにしよう。
「こんな感じで、全部の扉を開けていくよ」
「了解だ!」
「わかりました!」
元気のいい二人の返事が迷宮に木霊する。
「もう少し静かに。魔物が寄って来るぞ」
陰気な対応よりは遥かにましだが、もう少し緊張感を持たないと足元をすくわれかねない。それは、俺にも言えることだが。
さあて、気合を入れなおして扉と向き合うか。
扉を全て開け放ち、何もない部屋が三。罠と宝箱が同居していた部屋が二。開かない扉が一。
宝箱は傷薬とショートソードが入っていた。どちらも、あまり価値がなさそうなのでアイテムボックスに放り込んでおいた。後で換金しよう。
問題は開かない扉だ。扉に罠があったのだが、それをいつものように発動させると、扉に鍵がかかってしまい、開けることが不可能となってしまった。
鉄製の分厚い扉なので、破壊することは無理……だと思う。
「ここ何か怪しい気がするんだが、どうしようもないよな」
「だね、お兄ちゃん。もう、どうやっても開かないよ」
ジョブブが扉に蹴りを入れているがびくともしない。
一応、試しておくか。
「二人とも離れて。これで試してみる」
斧を大きく振りかぶると全力でドアノブに叩きつけた。
ドアノブは根元からあっさり切断されて、地面にカランカランと良い音を立て転がっている。これで扉が開いたりは……していない。それどころか、当たり前だが開ける為のノブが無い。
「一生開閉不能な扉ができあがったな……」
「ええと……」
どうすんだこれ、と言いたげな視線を向けられたが目を逸らす。
「さあ、先を目指そう」
強引に誤魔化してみたが、二人は特に突っ込まず小さく息を吐いたのみ。
更に何か言い訳を追加するべきか思案中だったのだが、それは途中で妨げられることになった。
「きゃああああぁっ」
「くそおおおおおっ」
遠くから誰かの叫び声が微かに響いてきた。
他の冒険者がいるのか。この声からして、危機的状況のようだが。
「ショミミ、助けに行くぞ!」
「はい、兄さん!」
俺の判断も待たずに、二人が飛び込んでいく。
打算や計算もない無謀な行動だが、そんな二人を俺は咎める気はない。俺だって、悩みながらも既に体が動いていた。
こんな二人だからこそ、俺は安心して背を預けられる。全てを疑うのは俺の役目だ。この二人には大事な心を失わずに生きて欲しい。
「二人とも無暗に飛び出すな。迷宮に声が反響して正確な場所が掴めていないだろ。ポイントに反応がないということは、今まで出会ったことのない魔物だ」
「ええと、突き当りの右に大きな反応が幾つかあります!」
「俺も気をそこから感じる。かなり切羽詰まっているようだ、危険かもしれないが一気に飛び出すぞ!」
「おうさ!」
「はいっ!」
曲がり角を鋭角に曲がり、走り抜けた先にはかなり幅のある通路があり、10メートル程先に地面に倒れ込んでいる冒険者が二人、それを庇うように盾を構えている全身鎧の男が一人。その男と背を合わせるようにして、右手にメイス、左手に小さな円形の盾を構えている、白いコートのような服を着こんだ黒髪ロングの女性が一人。
全員がかなり若く見える十代後半ぐらいだろうか。
鎧男の前には牛の頭を乗せた、3メートルはある巨大な体躯の男――たぶん、ミノタウロスだろう。
白コートの女性が対するのは、錆びた剣を手にした人間の骨――スケルトンらしき魔物が四体、左右に揺れながら今にも飛びかかろうとしている。
名も知らぬ冒険者と俺たちでスケルトンを挟み込む形だ。都合のいいことにスケルトンは無防備な背を向ける形になっている。ここは行くべきだな。
「ジョブブ! ショミミ!」
それだけで俺の言いたいことを理解したのだろう。上体をかがめ、溜めこんだ力を床に叩きつけ飛び出すと、空気を切り裂き突っ込んでいく。
後ろから響いてきた足音に反応して振り返ったスケルトンの顔面に脚甲がめり込み、頭蓋骨が粉砕された。
「えっ、誰!?」
女性冒険者が驚いた声を上げるが、二人がそれに答えることはない。
跳び蹴りの勢いがつき過ぎていたようで、着地後、床に手を添えながら数メートル滑っていく。そのまま膝を曲げることで衝撃を緩和しつつ、脚に力を溜め再び床を蹴り込む。
跳び蹴りの往復により追加で二体のスケルトンも粉砕された。
「えっ、えっ!?」
「手を貸す」
状況が掴めず狼狽えている女性の耳元で、簡潔に伝える。
大きく目を見開いた女性と視線が絡み合う。瞳が澄んだ蜂蜜のような金色。見つめられただけで、吸い込まれそうな不思議な瞳だ。
「あ、あの、ありがとうございます」
頭を下げる女性に手を挙げて応えると、ミノタウロスの攻撃を懸命に受け止めている男性の斜め後ろに立つ。
「誰か知らんが、すまん、助かる! 俺が何とか耐えるから、牽制をして注意を逸らしてもらえるか!」
短く切りそろえた金髪の鎧男が礼を言う。
そんな彼に俺は一言、
「もう、終わった」
と戦闘の終わりを口にした。
「ど、どういう……なっ!」
両腕を糸で固定され、天井から首つり状態でぶら下がっているミノタウロスを見て、男が絶句している。
黒髪の女性に話しかけた時に仕込みは終わっていた。彼女に応えるように手を挙げたように見せて、実は天井に武器屋で購入したU字型のロマン武器を投げつけていた。
先端が深く天井に突き刺さり、飛び出した針が天井に固定してくれている。
そこに糸を通してミノタウロスを吊り上げた。正直、この体重を突き刺さったロマン武器が支え切れるのか不安だったのだが、何とか上手くいってくれた。貴重な素材を使ったというのは嘘ではないようだ。
「お、おお、本当に助かった。呆気にとられてしまって、礼を言うのが遅れた。感謝している。私はこのチームのリーダーをしている」
全身鎧男は深々と頭を下げ、感謝の意を示している。
「もう少しで全滅するところでした、ありがとうございますー」
倒れ伏す仲間に魔法を掛けている彼女は手が離せないので、その状態で顔だけをこちらに向けている。
あれは治癒魔法か。そういえば、この世界では神聖魔法と呼ばれる魔法があり、聖職者のみが使用できるとの話だ。
となると、白いコートのようなものは法衣なのか。
「ショミミ、これを使ってあげて」
アイテムボックスから『傷薬』を取り出し、負傷者を心配そうに見つめていたショミミに投げ渡した。
「はい、わかりました!」
『傷薬』の異様な治癒力を理解しているショミミは即座に判断して、中身を負傷者二人にぶっかけた。
「き、傷が見る見るうちに……こんな傷薬見たことも聞いたこともない……」
インパクトを与えたのはいいが、少々やり過ぎた気もする。
この出会いが吉と出るか凶と出るか、それは今後の対応次第か。




