二階層
二階層は岩肌がむき出しで、自然の洞窟に近い。
ここは魔法系の攻撃には弱いが物理耐性が高い、つまり硬い敵が多いエリアだった。
甲羅の代わりに大石を背負った亀の魔物――ガカメ。
縦2メートル横1メートルの岩板に短い手足が無数に生えている、日本の妖怪塗り壁を気持ち悪くしたような魔物――ロックバン。
あと、懲りずにゴブリンとホブゴブリンも存在している。
ゴブリン、ホブゴブリンは俺に近寄れないので無視して進んでいるが、硬い敵というのは物理攻撃重視の面子ではかなり厄介な存在になる……筈だった。
「うらああっ!」
「ふうううっ、はあっ!」
ガカメがサッカーボールのように蹴られ、先で待ち構えていたロックバンに命中して粉砕されている。
ガカメもロックバンも確かに低ランク魔物にしては硬いのだろう。
しかし、二人の破壊力を上回る防御力ではなかったようで、動きの鈍さもあり、いい的になっているだけだ。
二人は脚甲があるので全力で蹴り込んでも自分が痛むことが無い。なので、躊躇うことなく蹴り飛ばしている。
何体か斧で叩いてみたが、いとも簡単に両断できた。
このメンバーは魔法が使えないので、魔法しか効かない相手が出てくるとかなり厄介だ。この敵も、硬度がもっと高ければ苦戦していただろう。
「この迷宮探索が終わったら、冒険者ギルドでカードの更新をしてもらえやすか。皆様方が最低ランクのGって、ありえやせん」
自分の出番はないと悟ったのだろう。迷宮の通路に座り込み顔を洗っている。その仕草は完全に猫のそれだ。
二階層も何の問題もなく攻略できている。
FGランク向けだそうなので、こんなものだろう。俺は罠と索敵に集中して、戦闘の殆どを二人に任せっきりだ。勿論、初めての敵は『捜索』リストに入れることを忘れていない。
順調に二階を突っ切り、三日かからずに次の扉へと到達した。
『捜索』のスキルが上がったおかげで、自分の中で方向感覚が鋭敏になってきているのがわかる。その方向感覚で割り出したのだが、どうやら階層の扉は入り口と出口が反対の位置にあるようだ。
それに、迷宮の階層は一、二階に限ってのことかもしれないが、円状になっている気がする。これが下の階も続くなら、距離を短縮することが可能かもしれない。
「さて、二階層の門番か。どんな敵が教えてもらえるかい」
「へえ、ここの敵はロックゴーレム系でやす。ゴーレム系は基本、鈍重で力があるというのが相場なんでやすが……ちょいと特殊でして、ゴーレムとは思えない身軽さを見せつけてくれやす」
身軽なゴーレムか。力よりも素早さを選んだゴーレム。面白そうな相手だ。
「じゃあ、ハルクロは後方で控えてくれ。今回は俺一人で戦うよ」
「わかりました」
「んじゃ、任せたぜ」
二人は俺を信用してくれているので、黙って後方へと退いてくれた。
ある程度門まで近づくと、一階と同じ演出方法で魔物が召喚される。
白い陶磁器のような肌の人型。目鼻口は無く、体の関節部分には球状の関節がある。
これは、白いマネキン以外の何ものでもないな。
「そいつが二階の門番でマヌカンと呼ばれていやす」
特に注意事項もないということは、俺の実力なら問題ないということだろう。
俺が無造作に歩み寄ると、相手も同様に歩み寄ってくる。
距離が7、6、5メートルと狭まっているのだが、相手は攻撃に移る気配がない。相手の考えは読めないが、背負っていた斧を取り外して構える。
目の前のマヌカンが背中に手を回して、元の位置に腕を戻すとその手には、白い両刃の斧が握られていた。
その斧は俺が手にしている斧と形状が瓜二つで、マヌカンの構えも俺と全く同じだ。
これは相手の動きをトレースして戦うのか。武器も同じものが出現すると。
「ハルクロ、この敵は三人で挑むと三体に分かれるのか?」
「もう見抜かれやしたか。その通り、相手と同じ数に分裂する厄介な敵でさあ」
一人で挑むと宣言した時に忠告がなかったわけだ。一人だろうが複数だろうが難易度が変わらない仕組みか。
物は試しだな。
まだ斧の範囲には届いていなかったが、俺は斧を振り下ろした。
マヌカンも同じモーションで誰もいない空間に斧を振り下ろす。時間差も殆どないな。
意味もなく柄を握っていない左手を掲げてみると、マヌカンも手を挙げている。
俺が下がると相手も下がり、接近すると同じく間合いを詰めてくる。オリジナルの動きは一切入ってこない。
大体わかった。この敵……雑魚だ。
これだけの攻防で幾つか倒す策が浮かんだ。というか、力任せに戦っても勝てそうな気がする。形だけ真似るのなら、その威力はどうなるのか。
それに、相手の武器はマヌカンの体と同じ材質のようにみえる。だとしたら、ミスリル製の鎌でも鍬でも出して、お互いの武器を打ち付けたら破壊できるだろう。
それに武器を真似ると言っても何処まで可能なのか……負ける要素が無いように思えるのだが。
「土屋さん、手伝いましょうか?」
「いや、大丈夫だ」
動かないのでショミミが心配したようだ。
こちらが何もしなければ相手が動かないとわかっているので、目の前で呑気に作戦を練ることもできる。
武器を真似ることができても、相手は魔法を模倣することはできないのだろう。魔法を使用して倒す。たぶん、これがマヌカンを倒す正しい攻略法だ。
この階層の仕組みとして魔法使いが活躍するステージだと思われる。
「糸を模倣できるのか試してもいいが、さっさとケリをつけるか」
俺はフードの中に手を入れアイテムボックスから久しぶりに拳銃――S&W M29を取り出して照準を相手の額に合わせる。
「何でやすかそれ」
「見たこともない武器だな」
「柄のついた筒?」
三人は拳銃に馴染みがないどころか、この異世界に存在していないのだろう。
武器屋、道具屋を覗いた際にも、銃は見当たらなかった。
俺はそのまま引き金を引く。銃口から飛び出した弾丸が狙いを違わず、相手の頭に命中する。衝撃で頭が仰け反り、弾丸がめり込んでいるが破壊には至らない。
ちなみに相手も同じ行動をしているが、相手の白い拳銃から弾丸が飛び出してくることは無い。所詮形を真似ているだけだ、火薬まで作れるはずがない。
そのまま、更に三発、両肩と左足に撃ち込む。破壊しきれてはいないが、大きく体勢を崩したマヌカンに俺は斧を振り下ろす。
相手も真似ようとしているようだが、着弾の衝撃でまともに動くことができず、斬撃を躱す余裕はなかった。
刃はマヌカンを切断して、地面へとめり込む。思ったよりも硬度が低かったな。
「扉が開いたぞ。次に行こうか」
「お、おう。それ魔道具か? ちょっと見せてくれよ」
「魔法も使わずに、弓よりも速かったです! どういう仕組みなのですか!」
興味津々と言った二人に弾丸を抜いてから手渡す。
「弾を抜いておいたから、好きに弄っていい」
「うおっ!? 熱っ!」
まだ熱を帯びている部分に触れたのだろう、ジョブブが拳銃を落としそうになり、慌てて掴んでは、また熱がっている。
「っと、ハルクロはここまでになるか。一週間の契約だが、残り二日もない状態で次の扉に到達するかは怪しいからな。今まで世話になった、感謝している」
「おう、冒険者として学ばせてもらったぜ!」
「はい、勉強になりました! またご縁がありましたら、よろしくお願いします」
俺たちが礼を述べると、ハルクロは照れたように耳の裏を掻いている。
「いえ、あっしこそ、勉強になりやした。それに、将来有望な皆様方とお知り合いになれたのも大きな収入でやす。五階層までは大丈夫やとは思いやすが……くれぐれも気を付けておくんなさい。それでは、またお会いしやしょう」
ハルクロが扉に手を添え「帰還」と口にすると、体が白い光に包まれ、瞬きをする間に消えてしまった。
ああやって、地上に戻ることができるのか。
一応五階層を目指してはいるが、無理を感じたら直ぐに引き返す予定にしている。帰還のやり方もこれでわかった。地力を上げる為に少々の無理は覚悟の上だが、鍛錬目的で命を落とす気はない。
「二人とも行くよ。扉を抜けたところで晩飯にして休もう」
扉は一定時間――5分程度、経過すると勝手に閉まり、再びボスが現れる。なので、さっさと抜けるに越したことは無い。
次の階層に到達すれば扉の前は安全地帯となっている。余程急いでない限り、ここで休憩してから先を目指すというのが、冒険者の決まり事のようだ。
ただし、次の冒険者が直ぐにやって来る場合もあるので、少しだけ距離を取るというが迷宮のマナーらしい。
となると、迷宮の扉近くで潜み、疲労している冒険者を襲う輩が出そうなものだが、この町の厳格な法を恐れてルールを厳守している。
以前、その手口で荒稼ぎしていた冒険者チームがいたようなのだが、悪事がばれて公衆の面前で公開処刑されたらしい。それ以来、迂闊な真似をする馬鹿はいなくなったそうだ。
本当に法整備が行き届いているらしく、ちょっとした傷害事件でもかなりきつい罰が与えられるので、無法者でもこの町で暮らす間に法を厳守するまともな人になる、というのがこの町の常識だ。
罪を犯す者の大半が、この町に来たばかりの流れ者か脛に傷がある者ばかりで、長く暮らす者は大人しく良識のある人が多い。
「この町って平和ですよね。昆虫人である私たちを差別する人もいませんし」
「だな。昆虫人は人を見下し、家畜のように扱う輩も多い。反省しないとな……あ、俺たちは違うぞ?」
わかっているよ、念を押さなくても。
晩飯と寝床の準備をしている最中なのだが、大陸に降り立ってからというもの、野営ばかりしていたので、雑談をしながらでも体が勝手に動いている。
寝床と料理……といっても、二人は野菜メインなので煮込み野菜やサラダになる。俺はタンパク質と炭水化物も入れておきたいので、別メニューとなることが多い。
食事をとりながら、目的の確認とおさらいをしておくか。
「ハルクロが居なくなったので、ようやく腹を割って話ができる。今後の目的は覚えているかい」
「ああ、新人としていきなり五階層制覇だろ。確か、五階層を超えたらDかEランクに昇格できるって話だよな」
「今がGなので最低でも2ランクアップですね」
普通は一階層進むたびに町に戻って、充分な休養を取って再チャレンジするのが常識だ。だが、扉を使って帰還するとギルドカードに帰還回数が記録されるらしく、回数を少なく抑えることが、冒険者の中での格付けに繋がるそうだ。
今まで五階層突破の最短帰還回数は三回らしい。ここで、俺たちが帰還0回で踏破することができれば、更に注目を浴びることとなる。
昇格もDランク確実となるだろう。
ただ、この方法は実力もあり野営に慣れきっている自分たちだから可能であって、他の新人冒険者なら無謀すぎる挑戦だ。
「ハルクロには充分に実力を見せつけることができた。これで俺たちが五階層を突破しても、いかさまをしたと疑われることもない……ここからは他人の目もない。本気で行かせてもらうよ」
ハルクロが居たので、アイテムボックスも封印した状態で過ごしてきた。武器を取り出す際も相手の死角になっていることをいちいち確認していた。やっと遠慮なく扱える。
準備万端に見えるように無駄に大きなリュックを背負っていたが、もう必要ないのでアイテムボックスに入れておく。
「五階層を目指してはいるが、無理はしたくない。能力が足りないと判断したら、速攻で地上に帰るから。逆に、五階層以降も余裕があるなら先に進みたい。二人はどう思う?」
「休養を貰えるなら、まだまだいける。ガレー船でこき使われていた時に比べたら、余裕、余裕」
「まだ傷も負っていませんし、体力にも余裕があります。私たちは大丈夫ですが……土屋さんは無理していませんか?」
「それは大丈夫。贄の島で24時間戦い続けたこともあるからね。体力的には余裕があるよ。敵も苦戦してない。急激に敵が強くならない限りは、問題なしかな」
ハルクロの前ではリーダーらしさを出す為に、少し強気な口調を心掛けていたが、二人の前だと気を抜いて話せる。
「飯食ったらとっとと寝て、明日も頑張って探索しねえとな」
「そうだね、お兄ちゃん」
兄妹のやり取りを見ていると思わず頬が緩んでしまう。
殺伐とした迷宮の中だというのに、荒むことなく俺に従ってくれる二人の存在が日に日に大きくなっている。
それだけに――怖い。
俺と親しくなった者の殆どが死亡……そして、桜はあんな姿に。
贄の島から脱出することを決めたとき、権蔵とサウワが一緒にこられなかったのは残念だったが、何処かほっとしている自分がいた。
あの悪魔との会話で、女神が監視をしているという情報も得た。それに玩具という発言。この二つから察するに、あの女神が楽しむ為に裏で糸を引いている可能性だってあるだろう。
ただ、贄の島では自由にできるらしい女神だが、この大陸には影響が及ばない。だとしたら、ジョブブとショミミの二人が理不尽な不幸に遭遇する可能性も減るわけだが……。
駄目だな。確証がないのに憶測で深く考えてしまうのは、いい加減やめたいのだが、まず疑うことが前に来てしまう。
この悪い方向へ考える癖がなくなる日が来るとしたら、それは――
そこで思考を止め、俺は眠ることにした。
どんな困難が待ち受けていようと、それを乗り越える力があれば済むだけの話。その為にはやはり力が必要となる。
このままレベルを上げていれば、いつか届くのだろうか……本当に、俺は運命の糸を手繰り寄せることが……。
急に押し寄せてきた睡魔に負ける直前まで、そんなことを考え続けていた。




