第24話 幼馴染のラブコメアタックact3(前編)
慎重に階段を上がり、昨日、唯花が飛び出してきた廊下も一応警戒しておく。
だが幸い、何事もなく通過できた。
まあ、体調悪くなるほど無茶すんな、と枕元でこんこんと言っておいたから、さすがに今日は自重したみたいだ。
「はてさて……」
廊下を歩きながら思案する。
ここ数日行われている、唯花からの猛攻。通称『奏太にあたしを好きになってもらうぞ大作戦』。
……聞くだけで頭が痛くなりそうなネーミングなことは勘弁してほしい。考えたのは俺じゃないんだ。苦情は如月家の二階奥の部屋宛でお願いします。あ、それだと結局、俺が苦情のお便りを運んでいくことになりそうだな……。おのれ、万事休すか。
とりあえず、今のところ戦績は1勝1敗というところだろう。
一昨日の白いワンピースで唯花の1勝。
昨日の不意打ちのセーラー服褒めで俺の1勝。
もちろん告白沙汰などにはなっていないので、厳密には勝敗は決していない。
しかし、ただの目安として考えたとしても1勝1敗という戦績はいささか厳しいものだと思う。気を引き締めて掛かるべきだ。
俺は今の状況で唯花になびくわけにはいかない。
他ならぬ、唯花自身の頑張りを応援するために。
……うん、何と戦ってるんだろうな、俺たちは。
争いのむなしさにほろりときつつ、部屋の前にきた。
ぴくっと俺の鼻が動く。
「……お?」
なんだか香ばしくて良い匂いがする。
扉の向こうからだ。
「奏太? 入ってきていいよー?」
「ん、ああ、分かった」
ノックの前に許可が下りたので、扉を開けた。
「いらっしゃい、奏太へのおもてなし第二弾だよっ」
どうだっ、とばかりに両手で示されたのは、焼き立てっぽいクッキー。
ハート形で赤いジャムが塗ってある。
レースのペーパーナプキンにきちんと盛られていて、普通に美味しそうだった。
「これ……え、どうしたんだ?」
「決まってるじゃない。あたしの手作りっ」
「唯花が? 作った? ……それは述べているのですか? 確かな真実を? あなたがわたしに対するものとして?」
「なぜ微妙な英語翻訳のようになっているのですか? そう問う許可をいただけるのですか? 今のわたしの憤りを表現する価値として?」
お怒りの翻訳返しから察するに、どうやら本当に手作りのようだ。
ちょっと驚いた。長い付き合いだが、唯花の手作りなんて初めて見る。
なんせヴァレンタインのチョコレートすら弟の伊織が作ったものを『血を分けた弟が作ったものだから、もはやあたしが作ったものと言っても過言じゃないよねっ』と言って渡してくる唯花である。
引きこもり中の去年今年に至っては、ブラウザゲームのキャラクターがチョコレートを渡してくる映像を一緒に見て、チョコの贈呈完了というワケの分からない事態にまで陥っていた。
その唯花がまさか手作りクッキーを焼いてくれるなんて……。
ちょっと感動すらしてしまいながら、俺はガラステーブルの前に座る。
「でもいつの間に作ったんだ? 夜中に台所にずっといるのもお袋さんと会いそうで微妙って、こないだ言ってたろ?」
「作ったのは夜中だよ? 材料と道具を部屋に持ち込んで型作りして、オーブン使う時だけ台所にいったの」
「じゃあ、この焼き立て感は?」
「御屋形様がくる頃を見計らって、ノートパソコンの熱で温めておきました」
「そんな秀吉の草履みたいに……ノパソ使うとか引きこもりの知恵満載だな」
「でさ、奏太」
「うん?」
「さっきからクッキー見つめるばかりで、なんであたしの方見ないの?」
「う……」
そこに気づくとはやはり天才か……。
正直、部屋に入った瞬間から視界には入っていたんだ。でもやばいと思ってクッキーだけに集中していた。
「ね、こっち見てよ。今日も奏太のために可愛くしてるんだよ……?」
テーブルに頬杖をつき、にこっと見つめてくる。
遺憾ながら、そのセリフと仕草だけでもう百万点を叩き出されてしまっている。
さらには今日の格好。
黒髪はツインテールに結ばれ、元気にぴょこんと跳ねている。
着ているのはやや大きめのオーバーオール。世界一有名なキノコ好きのおっさんが着ているあの服だ。
一見すると男っぽい格好に思えるが、そこは天下のFカップ。Tシャツに包まれた胸がデニム生地のあちこちからはみ出していて、ガーリーかつセクシーな雰囲気になっている。
ツインテールと合わさって、今日の唯花は小悪魔的な完成度を誇っていた。
正直、これはやばい。もし直視したらこっちが赤面してしまいそうなほど可愛いかった。
「ねー、どうして見てくれないのー?」
「や、そのだな……」
「哀しいなぁ。せっかく頑張ったのに……奏太が見てくれないと、あたし哀しくて泣いちゃうかも」
頬杖を突いたまま、小悪魔的に肩をつんつんされた。
くっ、卑怯な……っ。こやつ、分かってて言っておる……!
こっちはなんかもう心臓が跳ね上がりそうだ。
「コスプレを耐える覚悟はしてたんだよ……っ! なのに裏を返してストレートなファッションで攻めてくるとは御屋形様でも思わなんだ……っ」
「つまり今日はあたしの読みが上を言ったわけだ?」
「そうだよ、そうでございますよ……っ」
「じゃあ、読み負けた奏太は大人しく言いなりにならないとね?」
ツインテールを揺らして笑い、直後、唯花はとんでもないことをのたまってきた。
クッキーを指で摘まみ、俺の方へ差し向ける。
そして猫のように目を細めて。
「――はい、あーん♪」
なん……だと……!?
俺が唯花に食べさせることはあっても、その逆はない。
猛烈な恥ずかしさの予感に、俺は戦慄した。




